本日は、自分の気づかない気持ちに偶然気がついたお話しです。
私は専業の僧侶ではなく、日頃は対人関係の仕事に就いています。
先日面会した方は、漫画やテレビで見るような霊体験が沢山ある方で、直接豊富な心霊体験談を聞く事は私には初めての経験でした。
その中で神仏の罰は恐ろしいと言う話になりました。
お話の概要は数年前建設現場で働いていたころ、現場で年を越し初詣をすることになりました。近くに適当な神社がないかと探したところ、近くに小さな祠がありました。ただその祠は誰も管理もしていないのかぼろぼろの状態で、つい初詣にはふさわしくないと思い手も合わせずに別の神社に行きました。
で、1月1日の仕事始めクレーン車の中で電気ストーブから出火してその日の仕事ができなくなりました。翌日別の会社からクレーン車を都合しましたが、時間になっても現場に来ません。実は来る途中に事故を起こしてその日の仕事もできなくなりました。
これはおかしいとその方は気づいて、あの祠に謝りに行きました。改めてよく見ると祀られている神様は、東北のある有名な霊山の神様でした。
その数日後その神社のお守りを道端で拾ったのです。その神社は関東にはなく、お守りを偶然拾ことはほぼあり得ません。
そのお守りをどうしてよいか分からずに今でも持っていると、お守りの実物を見せてもらいました。アドバイスとして神社のお守りなので近隣の神社に納めたらと伝えましたが、、、ここまで強いとそれでよいのかどうか。
その方は、神仏にある程度詳しいのでその神様が山の神様ということは知っており、感想として山(修験)の神様は恐ろしいからと。
私はその話を聞いてとても共感同意して、そこで気づきました。修験の神は恐ろしいと心の底で思っていたことを。
日頃は恐ろしいなどと思うことはないのですが、何故恐ろしいと思っていたか自分でも分からないのに、不思議ですね。
手を合わせるのは自由ですが、一旦信仰し始めたらおろそかにすると恐ろしい神仏はいらっしゃいます。是非お気をつけください。
