夏の盛りに、どういう経緯か過去のエントリが再発掘され、それを踏み台に多少なり話題が広がっているのを蚊帳の外で見ていた。
もともと内輪ノリで書いたものなので、言及の仕方が偉そう。当時としても今見返してもいささか不適当で、もうちょっと表現を改めたほうがいいだろうというようなところはあるのだが、とりあえずそのままにしている。2つ目のエントリの「学者に翻訳をやらせるなっ」などというタイトルなど、学者の人が見ればむっとするところはあるだろうし、このあたり批判的に見る人はいるだろうなあ、と覚悟はしているが、いまのところ特になにもない。みんな心が広いのか、あるいはとるに足りなすぎて見逃してもらったということだろう。
(いちおう補足しておくと、「○○に○○を与えるなっ」というのは、『美味しんぼ』の尊大な美食家・海原雄山が渋滞にイライラしたあげく発した「馬鹿どもに車を与えるなっ!!」のパロディで、その不可能な無茶ぶりに、立場上「ははっ」としか答えようのない部下・中川のなんとも言えない困惑の面白さを利用しようとしたものであり、どうぞ悪しからず)。
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例によって唐突だがトランスフォーマーの話をしよう。
ハリウッド版映画最新作『トランスフォーマー/ロストエイジ』の公開がもう間もなくで、これをTF者としてステルスマーケティングしないわけにはいかない。たとえマイケル・ベイ映画であろうとも。たとえアメリカ軍ばんざいうさうさ映画となろうとも*1*2。
「トランスフォーマー」というのは、この作中では「惑星サイバートロン」を出自とする機械生命体で、「地球人」と対比するなら「サイバートロン人」"Cybertronians"という。我々が一般的に想像する「ロボット」とは異なり、それぞれ人間同様の人格や個性、主義主張を持っていて*3、神秘主義者もいれば超合理主義者もいるし、自民族中心主義者や差別主義者(差別の対象は様々で、弱っちい人類だったりもする)もいる。
そうした性格付けを端的に表しているのが、玩具についてくるカードなどに記載されている、自分の主義や好みを語った「モットー」である。「科学の神秘の中に勝利の鍵がある」*4、「勝利ってのは敵の残骸でできるんだ」*5とかそんなの*6。トランスフォーマー玩具はすでに百や二百ではなく千種類以上の数が出ていて、おそらく中には「モットー」が設定されていないキャラクターもいるだろうし、重複していたり、あるいは考えるのも大変だろうから「それ"モットー"と言えるのか?」というようなものも混じっているが、見ているだけでなかなかおもしろい。
このトランスフォーマーの中でもとくに代表的なキャラクターであるオプティマスプライム(コンボイ)のモットーは、こう。
自由とは、全知的生命体の権利である
彼はそのように主張して、「圧政による平和を」などと、全宇宙を力によって支配しようと考える敵方のリーダー・メガトロンを相手に、終わることのない戦いを、この先このコンテンツが消費者に完全に見放されるまで延々と繰り返すのである――
(ちなみにこんど、オプティマスはプレイステーションになり、メガトロンはメガドライブになります)
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ところで、もし僕が自分で自分の"モットー"を選ぶとしたら、「死を逃れることより、悪徳から免れるほうが難しい。それは死より速く駆ける」とか、そのあたりにしたいなあと思う。これは『ソクラテスの弁明』にある哲学者の言葉のパクリなのじゃが、僕もまあこの言葉を知ってさえ悪徳から逃げ切ったり追いつかれたり色々ありましたよ。
さあ話を戻そう。
『弁明』をはじめ、家には岩波文庫がそれなりの数ある。岩波文庫が大衆に向けて手軽な形で廉価に古今東西の名著を揃え、この国の文化に寄与してきたことに疑いの余地はなかろう。親が出版業界にいた我が家でも、高度な学術書といったようなものはせいぜい数十冊。あとは親の職業に関する専門書・技術書や、一般的な教養書、そして文庫や新書である。岩波文庫の占めるウェイトは必然高いものであった。
その中の一つである『自由論』については、このダイアリーでもなんとかの一つ覚えのように度々触れているが、それは要するに、岩波文庫版の塩尻・木村訳『自由論』こそ、僕がもっとも読み返している一冊であるからに他ならないし、その著者ジョン・スチュアート・ミルに対し僕が並々ならぬ思い入れを抱いているからである(ちなみに現行の光文社古典新訳版は、ケータイ小説かよ…というくらい勝手に改行を入れて読みやすくしたり、やや読者サービスのやりすぎ感があるきらいが)。
吉野源三郎が、その計画性のなさのために岩波版自由論の発行を30年も遅らせたことにより、僕とは違いその恩恵に浴せなかった人というのは間違いなくいるし、それは批判的に見ざるを得まい(岩波書店だって企業なのだから、出版を遅らせようが早めようが、そもそも出版自体しようがしまいが、何をしようが自由だという意見はあるだろうけれども)。塩尻公明は1950年の時点で「いろいろあったけど、これが世に出るのはよかったなあ」的なことをあとがきとして書いているだけに、それをそのまま放置されて、出版されるのを見る前に亡くなっているというのも、あまりにも気の毒である。
しかしなんにせよ、とりあえず版を重ねている岩波版の『自由論』は、学術的に何かの役に立ったかどうかは定かでないが、少なくとも僕を多少なり教化したのであるし(教化されてこれかとかそういうことは言われそうだが、読んでマイナスということはあるまい)、もちろんおそらく僕だけではなく少なからぬ人に何がしかの影響を与えたであろう。そして、それらの人々がまた少しずつ誰かに影響を与え――ソクラテスにも影響を受けたミルの、ミルに影響を受けてこれを岩波文庫に入れることで広めようと思った吉野源三郎と塩尻公明の、そして塩尻訳を通じて見るの影響を受けた少なからぬ日本人の……といった具合に脈々と受け継がれているものが間違いなくあるのだということをもって、自分の訳した自由論の行く末が気になってしょうがない塩尻さんがお盆に岩波書店に化けてたりしないよう慰めたいとか思っているのであった。
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ミルは、論理学と古典経済学、そして政治哲学という三分野において特に重要な役割を果たした偉人ではあるが、高校倫理課程だとベンサムの付属物程度にしか扱われていない。また、なにやら「過渡期の思想家」的な扱いも受けているそうな。僕は経済学のことはまったくよくわからないが、「古典経済学」などというくらいだから、おそらく今の経済学の基礎には成り得ても、全てをカバーすることはできないのじゃろうかなとも思うし、政治哲学はミル以降(ミルの蒔いた種もあって)大きく展開し、それに政治が対象とする社会も19世紀からは大きく変質したので、まあ「過渡期」ってのもしょうがないのかもしれない(想像で適当に言ってるだけなので真に受けないで)。
だが『自由論』を読むと明らかにひとつわかることがある。
まちがいなく民衆の知識は増大した。
しかしメンタルがまったく発達していない。
(そもそもどうかすると『ソクラテスの弁明』の時点から変わっていない)
ミル自身『自由論』の中で、冷静に考えて処刑すべきではないように思えるソクラテスを死刑にしたギリシア市民の思考を批判的に見つつも、「しかし、われわれがその時その立場にあれば、彼らと同じことをしかねないであろう。考える力を持ちえなければ」といったようなことを述べている。
ミルが重視したことのひとつは、単純に言えば、そうした「考える力」を抱き続けること。自ら世の中を批判的に捉え、また、誰か世の中を批判的に捉える者がいたとき、その批判を向けられた側が大きな力で批判そのものを封じてしまいがちであることを戒め、力なき意見を特に擁護することにある。それは社会そのものの矛盾を見つめなおし、よりマシな状態で維持するということにつながる。多数者が、専横によって少数者の異議を聞きいれないような社会はかえって活力を失い、瓦解すると考えるゆえだ。
その前提で、これらを包括してバランスを考えつつフェアな調整を図ろうと志向することは、けっきょく社会共助の観念からいって穏当なものであり、立場を超えて合意できるものであると信じる。
今の社会――とくに、言論で成り立つこのWebのコミュニティ――は、はたしてどうか。どうも少数派の意見が尊重されないどころか、"少数派"というか"自分とは異質なもの"が完全に蔑ろにされ、"他者"がその意見を述べるという、ただそれだけのことにすら、刺々しい圧力がかかるような具合だ(はてなブックマークのホットエントリーを1週間くらい見てるとそんな感じだし、Yahoo!ニュースにつくコメントとかもそう)。もちろんそうした偏ったやりとりが我々のすべてではないが、そういう主義の"一大共同体"ができあがってしまっているようには感じる。
そのような振る舞いが目につけば異議を差し挟む、それが、知性に関しては明らかに足元にも及ぶべくもないとはいえ、もはや黙して語ることのなくなった哲学者から時代を超えて薫陶を受けた者の、そしていちおう"自由"という権利を生得的に獲得していると思われる(宇宙からやって来た金属生命体が言うところの)自由なる知的生命体の、一種の義務ではあろうとは思う。
そしてまた、自由論はまだ十分に読まれていない、もっと広く読まれなければ、と、いうこともあわせて主張してきたいと考える次第じゃ。
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冒頭の過去エントリの話にまで戻ると、「2020年に続編のエントリを発表しようかな」とか言って、なんともう4年も経ってるのですが、なにか目に見えたことをしているのかというと、全然していない。恐ろしい。吉野源三郎に偉そうに文句言ってる場合ではなかった。
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*1:中国大好き!映画になりそう→ http://miyearnzzlabo.com/archives/19222
*2:2014年9月1日追記:2回鑑賞しましたが米軍まるで出てこなかった。今度の敵はCIAだ!
*3:人間の創作作品なんだからそりゃあたりまえだが。
*4:Jetfire http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%BC
*5:スタースクリーム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0
*6:もともと戦闘民族なので戦いに関する事柄が多い。
