以下の内容はhttps://ioritorei.com/より取得しました。


今すぐ誰かに話したくなる知的雑学【知識の泉】「CDが74分になった本当の理由は、一人の指揮者の "遅すぎる第九" にあった」

 

知識の泉

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学

 

 

CDが74分になった本当の理由は、一人の指揮者の「遅すぎる第九」にあった

 

 

 

 

 

 

知識は力なり

 

 

かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。

「知識は力なり」と。

この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。

雑学も同様だと思う。

実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。

それが雑学という分野といえるだろう。

しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。

普段の話のネタに困っている人。

トーク力を上げたい人。

飲み会やデートなどで知識を披露したい人。

知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。

そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。

純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。

当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。

その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。

さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。

 

 

 

同じ楽譜なのに20分も差が出る?指揮者が変える演奏スピードの魔法

 

 

クラシック音楽って、どれも同じ速さだと思っていませんか?

CDの標準収録時間が「74分」になった背景には、ベートーヴェンの交響曲第9番が深く関わっているというのは有名な話。

1980年頃、ソニーとフィリップスがCDの規格を策定していた際、当時のソニー副社長(後の社長)で声楽家でもあった大賀典雄氏が「第九が1枚に収まらなければ意味がない」と主張した。

その結果、CDの標準収録時間は「74分」に決まったという。

ここまでなら、よく知られている話。

だがその際、2つの演奏が検討材料になったというのは、あまり知られていない事実である。

なぜか?

すべてが同じ速さで演奏されていると思われがちだが、 クラシック音楽は楽譜が同じでも、指揮者の呼吸ひとつで演奏時間がドラマチックに変わるからである。

だから、指揮者が誰かによって終わる時間がバラバラなのだ。

だから検討材料には2つの演奏が必要だった。

CDの標準収録時間を検討する材料の一つは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーによる超名盤、1951年バイロイト祝祭管弦楽団の演奏。

もう一つは、 開発のアドバイザーを務めていたカラヤン1962年盤の演奏だった。

フルトヴェングラーの演奏はおよそ74分。

対して、カラヤンの演奏時間はおよそ67分。

この7分間の差がどこから来るのか?

それは一音の余韻を大切にするフルトヴェングラーと、機能美を追求したカラヤンのスタイルの違いが、この7分に凝縮されているからである。

どちらもそれぞれの趣があって、甲乙つけがたい名盤である。

しかし結局、最も遅い部類の名演であるフルトヴェングラー盤を基準に据えたことで、現在の12cm・74分という規格が誕生したのである。

重厚で地を這うようなフルトヴェングラーの74分。

颯爽と駆け抜けるようなカラヤンの67分。

 

 

フルトヴェングラー

 


www.youtube.com

 

 

カラヤン

 


www.youtube.com

 

 

どちらを基準にするかで、世界中の音楽メディアのサイズが決まる――。

まさに芸術がテクノロジーの限界を決めた瞬間だった。

もしカラヤンの67分に合わせていたら、CDの直径は現在の12cmではなく、11.5cm(あるいはもっと小さく)なっていたかもしれない。

今、我々の棚に並んでいるCDのサイズは、フルトヴェングラーの溜めと余韻が生んだ、芸術的な必然だったのである。

 

 

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

 

 

カラヤンの遺産 ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 [Blu-ray]

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

QuizKnock

QuizKnock

  • baton Inc.
  • 教育
  • 無料

 

 

 

 

正論を捨てて、俺を認める。――自分を諦めきれない奴のための【開き直り論】。

 

正論を捨てて、俺を認める。――自分を諦めきれない奴のための【開き直り論】

 

 

 

 

 

 

 

自分を諦めきれない奴のための【開き直り論】

 

 

「現実を見ろ」

「いい加減、諦めろ」

誰かが無責任に吐いたそんな正論に、あなたの心は何度殺されかけただろう。

世間が言う現実は、他人が決めた限界値に過ぎない。

あなたがもし、今もなお「自分はこんなはずじゃない」と苦しんでいるのなら、"おめでとう" と声を掛けたい。

その苦しみは、あなたが自分を諦めていない、何よりの証拠である。

本稿では、理想を守り、自分を試し、今を爆発させるための「三つの開き直り」を紐解く。

魂を再起動させる、三つの哲学。

今、ここで、昨日までの続きを終わらせる覚悟はあるか?

 

 

 

固定観念を壊し、魂を再起動

 

 

現実逃避は理想を死守するための「進軍」

 

 

俺の話をひとつする

 

まず断言するが俺には天性の才能がある

もちろん走りの才能だ

それも短距離に特化している

 

ガキのころは負けなしだった

地元でも県でもな

 

全国に出てから鼻を折られたりもしたが

努力して

さらに速くなった

 

そしてインハイで初の優勝が狙えそうだった高3の夏

15歳の財津が現れた

 

そこから15年

 

俺は現実ってやつを見せられ続けている

一歩先に常にあいつがいる現実だ

 

いつも最後の最後で負ける現実

万年2位なんて呼ばれる現実

一秒一秒老いていく現実

小宮なんて若手が台頭してきた現実

 

ハッもう若手でもねえか

 

生まれる時代が違えばなんて腐るほど言われた

 

不思議なことに

この世は俺が勝てない現実であふれている

 

…が

これも不思議なことに

当の俺は次こそは自分が勝つと信じきれている

 

なぜだかわかるか?

 

現実は逃避できるからだ

 

俺の勝利が非現実的なら

俺は全力で現実から逃避する

 

現実逃避は

俺自身への期待だ

 

俺が俺を諦めていないという姿勢だ

 

たとえ周りがどんな

正論

洞察

真理

啓蒙を振りかざそうと

 

俺は俺を認める

 

それこそが

俺の使命

仕事

生きる意味

走る理由

 

いいかトガシ

 

何のために走ってるか分かってりゃ

現実なんていくらでも逃避できる

 

 

ioritorei.com

 

 

 

「不安」は自己信頼の証

 

 

不安は対処すべきではない

 

人生は

常に失う可能性に満ちている

 

そこに命の醍醐味があります

 

恐怖は不快ではない

安全は愉快ではない

 

不安とは

君自身が君を試す時の感情だ

 

栄光を前に

対価を差し出さなきゃならない時

 

ちっぽけな細胞の

寄せ集めの人生なんてくれてやればいい

 

 

ioritorei.com

 

 

 

「今」に全てを注ぐ爆発

 

 

俺はいつの間にか

明日生きるために死んでました

 

次のレースは俺の25年

そして今

 

昨日までの続きをこの先も生きるくらいなら

今 全力で走れなくなります

 

 

ioritorei.com

 

 

 

自分という非現実を、生きろ。

 

 

正論や真理は、他人が作った安全な道の標識。

だが、あなたが望む栄光や理想は、その道の外側、いわゆる非現実の中にしかない。

逃げてもいい。

不安に震えてもいい。

過去を投げ打ってもいい。

ただ、目を見開き、自分が自分に期待していることを、その執着を、絶対に手放さないでほしい。

ー 俺は俺を認める ー

その開き直りから、あなたの本当の人生は動き出す。

さあ、昨日までの続きを終わらせよう。

あなたの非現実が、新しい現実として立ち上がるその瞬間まで、目を見開いて全力で走り抜け。

 

 

ひゃくえむ。新装版 上 (マガジンポケットコミックス)

 

 

ひゃくえむ。新装版 下 (マガジンポケットコミックス)

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

Dモーニング(漫画雑誌アプリ)

Dモーニング(漫画雑誌アプリ)

  • Excite Japan Co.,Ltd.
  • ブック
  • 無料

 

 

 

 

【Prime Original映画『沈黙の艦隊 北極海大海戦 〈Prime Video特別版〉』】戦争とは?平和とは?政治とは何かについてを改めて問う、全世界が今観るべき問題作。

 

Prime Original映画

沈黙の艦隊 北極海大海戦〈Prime Video特別版〉

※本稿はネタバレを含みます。ご注意下さい。

 

 

戦争とは?平和とは?政治とは何かについてを改めて問う、全世界が今観るべき問題作

 

 

 

 

 

 

Prime Original映画『沈黙の艦隊 北極海大海戦 〈Prime Video特別版〉』とは

 

 

物語は、第二章へ―――

 

シーズン1のドラマシリーズはAmazon MGMスタジオが日本で手掛けた作品の中で歴代1位の国内視聴数を記録した、『沈黙の艦隊』

待望の続編は、至高の潜水艦バトルアクションを余すところなく楽しめる映画として公開される。

描かれるのは、原作漫画随一のバトルシーン〈北極海大海戦〉と、連載当時にテレビ特番が組まれるほどの社会現象となった〈やまと選挙〉

冷たい北の海で繰り広げられる緊迫の魚雷戦。

砕ける流氷を回避しながら、最新鋭潜水艦同士の戦いが激しく加速する―――。

シリーズ随一の見所が詰まった、極上のアクション・ポリティカル・エンターテインメント。

新たなる戦いがはじまろうとしている。

 

 

「大沢たかお主演沈黙の艦隊 北極海大海戦」日本語音声と日本語字幕付き

 

 

原作:かわぐちかいじ「沈黙の艦隊」(講談社「モーニング」)

 

『沈黙の艦隊』は、漫画家・かわぐちかいじ先生の作品であり、同作者の代表作の一つに数えられる。

「モーニング」(講談社)にて、1988年~1996年まで連載された。

単行本は全32巻。

1990年に第14回講談社漫画賞一般部門を受賞している。

発行部数は3200万部であり、大人やティーン世代の間で大人気となり社会現象とまでなった。

それと同時に展開をめぐって外交問題にまで発展したケースさえあったが、あくまで本作はフィクション作品である。

潜水艦戦がメインという作風や核戦争と平和、政治問題などの様々な要素が含まれており、各方面から注目を集め、国会でも話題になるなどの社会現象を起こした。

連載は冷戦の頃で、物語でもそれに即した設定であったが、連載途中でソ連崩壊や冷戦終結となり、色々な変更があったという。

 

 

沈黙の艦隊 全32巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]

 

 

 

あらすじ

 

 

氷の海の奥底で、死線を越えることができるか。

 

冷たく深い北の海を、モーツァルトを響かせながら潜航する〈やまと〉。

〈大〉いなる平〈和〉と名づけられた原子力潜水艦は、米第7艦隊を東京湾海戦で圧倒し、ニューヨークへ針路をとった。

アメリカとロシアの国境線であるベーリング海峡にさしかかったとき、背後に迫る一隻の潜水艦……。

「核テロリスト〈やまと〉を撃沈せよ―」

それは、ベネット大統領が送り込んだ、〈やまと〉の性能をはるかに上回るアメリカの最新鋭原潜であった。

時を同じくして、日本では衆議院解散総選挙が行われる。

〈やまと〉支持を表明する竹上首相は、残るも沈むも〈やまと〉と運命を共にすることとなる。

海江田四郎は、この航海最大の難局を制することができるのか。

オーロラの下、流氷が浮かぶ北極海で、戦いの幕が切って落とされる―。

 

 


www.youtube.com

 

 

 

登場人物

 

 

海江田四郎

演 - 大沢たかお

 

本作の主人公。

海上自衛隊二等海佐・潜水艦「やまなみ」艦長→同海将補(偽装工作で殉職扱いとなり二階級特進)。

海自始まって以来の英才と呼ばれ、卓越した潜水艦戦闘スキルを持つ。

その操艦能力は敵対する海軍に「海の悪魔」「モビーディック(白鯨)」などと呼ばれ恐れられるほど。

また、政治や国際情勢にも明るく、自らが宣言した「独立国家:やまと」の国家元首として各国の首脳とも会談や交渉で渡り合うほど。

クラシック鑑賞が趣味でお気に入りはモーツァルト。

「やまなみ」の乗員とともに死んだ事にされ、秘密裏に「シーバット」の艦長として着任し、アメリカ海軍の指揮下に入るが、逃亡。

「シーバット」は潜水艦を領土とする独立戦闘国家「やまと」であると宣言する。

その後、迫り来るアメリカ、ソ連海軍の猛攻をその鬼才と「やまと」の性能を駆使することで退け、自らの思想表明とその実現に向けて「やまと」を世界に発信していく。

 

 

山中栄治

演 - 中村蒼

 

「やまと」副長。

階級は三等海佐。

「やまなみ」の副長でもあり10年間同乗している。

真面目で海江田からの信頼は非常に厚い。

海江田が国連総会出席中に「やまと」が奇襲を受けた際、海江田が唯一依頼したのは山中の安否確認のみであり、「彼(山中)が無事であれば、全乗組員が無事です」と発言している。

操艦能力も深町が認めるほど堅実で優秀。

 

 

竹上登志雄

演 - 笹野高史

 

日本国内閣総理大臣。

「外交オンチ」「ボケガミ」などと酷評されていた人物だったが、「やまと」事件をきっかけに政治家として成長し、首相としての力を身につけていく事になる。

反対論が強い中で「やまと」との友好条約を結んだ上、「やまと」に浮きドック「サザンクロス」を提供するなどした。

さらには国連決議で「やまと」独立が承認されるまで陸上自衛隊・海上自衛隊・航空自衛隊及び原潜「やまと」の指揮権を国連に委ねるといった外交策をも採るなど、大胆さを持っている。

英国風ではあるが、英語が堪能で通訳無しでの会談ができる程。

なお現実の外交においては要人の会談は、たとえ外国語に堪能な人物でも通訳を介するのが普通である。

 

 

海原渉

演 - 江口洋介

 

日本国内閣官房長官。

莫大な資産と人脈を有し「影の総理」と呼ばれる日本政界の黒幕であり、シーバット計画の黒幕でもある海原大悟の実子。

竹上派のサラブレッド。

計画が露見したときの影響を考え、父・大悟の判断により、「シーバット」計画には不参加であった。

やまと問題の処理においては、かなり強硬な姿勢でアメリカと交渉した。

政界再編においては竹上の新民自党を結成に参加、外務大臣となる。

 

 

曽根崎仁美

演 - 夏川結衣

 

原作では曽根崎登という名で登場する日本国防衛庁長官。

シーバット計画に関わった人物のひとりで、「シーバット」完成式に参加する。

実写版では女性の曽根崎仁美として登場。

大吾派で原作と同じくシーバット計画に関与している。

なお、実写版での設定年代に合わせて役職は防衛大臣とされている。

 

 

海渡真知子

演 - 風吹ジュン

 

日本民自党幹事長。

原作では海渡一郎という名で登場する。

名前と容姿のモデルは海部俊樹氏と小沢一郎氏。

民自党最大派閥に所属。

政治家としては「他人の尻拭いばかりして民自党幹事長に就任した」と語っており、「やまと」の処理問題は自分の一世一代の尻拭いであると考えている。

「やまと」政策を巡って竹上と対立し、竹上の離党及び新民自党結成後、彼に代わって民自党を率いる。

「やまと」を巡って対立しているものの、竹上への政治家としての評価は高い。

竹上再選後は連立政権に加わることを拒否、公民クラブなどを吸収合併し、巨大野党となった民自党を率いる。

実写版では女性の海渡真知子に変更され、女性の民自党幹事長になっている。

テレビ討論会に出席した際には、テレビ側の台本にない質問に対して「政治をバラエティーにしようとしている」と不満を漏らしていた。

 

 

大滝淳

演 - 津田健次郎

 

民自党のハト派派閥である「鏡水会」の幹事。

後に鏡水会ごと民自党を離党し、政党化した「日本鏡水会」の党首に就任する。

政軍分離・軍備永久放棄・常設国連軍創設を政策として主張。

「やまと保険」を提唱し、北極海沖でACNテレビ・クルーと共に海江田と会見し、海江田から「やまと保険」の了承を得た後、独断専行でライズとの交渉まで行う。

総選挙後は自ら新民自党の幹事長を要望した上で新民自党に合流し就任。

さらに、国連の「沈黙の艦隊実行委員会」委員長も自薦し、就任した。

 

 

 

他のどの作品より平和を願う戦争映画

 

 

未だ終わる気配を見せないウクライナ戦争。

人々の中から危機感が失われつつあるなか、新たに開戦したイラン戦争。

世界に紛争をばら撒き続ける大国の権力者。

我が国、日本も他人事ではない。

政府は第9条の改悪を目論み、さらに日本は死の商人に成り下がろうとしている。

本作が、なぜ話題作ではなく問題作なのか。

それは、劇中中盤の党首討論で語られた「嫌われようとも真剣に闘う」「立場を超えていかなくてはならない」という言葉にある。

この言葉は今の日本、そして世界の政治の在り方に鋭いナイフを突きつけているからだ。

平和維持のための武力は、本当に平和をもたさらすのか?

真の平和とは?

戦いたがっているのは誰?

本作は、そう問いかけている。

本来なら、潜水艦同士の緊張感溢れる戦闘シーンや、魚雷が迫る潜水艦の中のあの逃げ場のない沈黙や、大艦隊を突破していく勇壮な「やまと」の姿に手に汗握る作品なのかもしれない。

実際、それらのシーンはどれも見応えがあり、どれも圧倒されるものばかりだった。

だが、最も目を奪われたシーンはそれらではない。

党首討論、そして選挙。

平和について、真剣に語り合う政治家の姿。

考え方は様々だが、皆一様に、「戦争はしない」という強い信念と正義があった。

「戦争はしない」という共通のゴールを持ちながら、その手法を巡って火花を散らす党首たちの姿。

これこそが、今の現実世界に最も欠けている対話による戦いである。

対話のなかには、厳しい言葉もある。

夢物語のような甘い言葉もある。

が、それは政治家が、国民の代表であることを意味していた。

政治家の声は、国民の声の代弁であることを意味していた。

選挙が単なる手続きではなく、国民一人ひとりの意思表示であることを意味していた。

サナ活などと推し活気分に浮かれるバカどもに、この意味がはたしてわかるだろうか。

本作で描かれる海江田含む権力者、指揮官たちの苦悩と決断。

彼らは常に自問自答しながら、それぞれの立場で、それぞれの責任で、それぞれに信念を持ち、貫き通している。

我々現代日本人に、それがあるだろうか?

それが出来るのだろうか?

日本は二度と戦争をしない。

してはいけない。

どんなに無能であろうと、戦争を起こす、戦争に加担するようなトップを、我々は選んではいけないのである。

第9条は護られなければならない。

護らなければいけない。

本作を観て、改めて強くそう思った。

世界平和。

それは日本人のみならず、全世界の人間が望んでいることである。

だからこそ、全世界の人が観るべき作品だと思う。

他のどの作品より平和を願う戦争映画。

今、このタイミングで本作を観られたことに心から感謝する。

戦争はしない、加担もしない。

言葉でいうのは簡単だ。

平和を願うことは、誰でもできる。

だが、平和を選ぶためには覚悟が必要だ。

海江田の覚悟が、我々にあるか?

 

 


www.youtube.com

 

 


www.youtube.com

 

 

【チラシ付映画パンフレット】 『沈黙の艦隊 北極海大海戦』 出演:大沢たかお.上戸彩.江口洋介

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

Netflix

Netflix

  • Netflix, Inc.
  • エンターテインメント
  • 無料

Amazon Prime Video

Amazon Prime Video

  • AMZN Mobile LLC
  • エンターテインメント
  • 無料

 

 

 

 

【歴史の闇に葬られた真実】織田信長に先んじた戦国最初の天下人「三好長慶」。

 

歴史の闇に葬られた真実

 

 

三好長慶

 

 

 

 

 

 

歴史は勝者によってつくられる

 

 

我々がよく知る歴史の記述は、必ずしも客観的な事実の記録ではなく、勝者の視点や都合の良いように解釈・再構成されることが多い。

歴史は、過去の出来事を単に記録するだけでなく、その出来事をどのように解釈し、どのように伝えるかによって、人々の認識や価値観を形成する力を持つ。

そのため、勝者が自らの正当性や優位性を強調するために、歴史を都合よく書き換えることがあるのだ。

たとえば戦争や革命などの歴史的な出来事では、勝者が自らの行為を正当化し、敗者を悪として描くことで、自らの立場を強化しようとすることがある。

また、国家の成立や発展の過程でも、建国の英雄や偉人たちの物語を美化し、都合の悪い事実を隠蔽することがある。

このことから歴史の解釈や記述において、権力や支配者の影響がいかに大きいかがよくわかる。

だが歴史の解釈はひとつではない。

歴史を鵜呑みにしていいのか?

勝者の言い分は、本当に正しいのか?

教科書に書かれたことを疑うことで、初めてみえてくるものがある。

そのためには、敗者や弱者の視点から歴史を再考することが肝要だ。

歴史を多角的に捉え、様々な視点から検証することで、より客観的な歴史認識に近づくことができる。

 

 

 

勝者=善と単純に結びつけてしまう思考の危険性

 

 

特に中学・高校の日本史の教科書は政治史が中心で、必然的に勝者の歴史が描かれ、それが日本史の流れとして理解される。

勝った側が善とされ、敗者は悪とされることで、結果的に「正義は勝つ」と教え込まれる。

勝者が善で、敗者が悪という歴史観の極致が「征伐」という言葉である。

たとえば豊臣秀吉の天下一統の流れを追う時、無意識のうちに四国征伐、九州征伐、小田原征伐、さらに朝鮮征伐という言い方がされてきた。

これは敗者は悪とされ、悪人だったために、正義、すなわち勝者によって滅ぼされたという論理の組み立てで、勧善懲悪という考え方を深くすり込まれてきた。

そのせいで、現代日本人は多角的な考え方が苦手になってしまったように思えてならない。

勝者=善という決めつけは、思考の柔軟性を奪ってしまう。

敗者=悪という決めつけが、同調圧力を生み出す。

敗者にも成したことがあり、言い分だってあるのだ。

固定観念ほど怖いものはない。

歴史の闇に葬られた真実に目を向けることで、固定観念にとらわれない、柔軟な思考を手に入れる。

本稿がその一助になれば幸いだ。

 

 

 

「理世安民」の限界と「天下布武」の胎動

 

 

まず、有名な桶狭間戦を眺めておきたい。

少し前までこの戦いは、京に旗を立てるべく西上した駿河の大守・今川義元が、途中、織田信長の急襲を受けて敗死したものだと考えられていた。

急襲も敗死もその通りだが、京に旗を立てるために西上したのかどうか。

大体、京に旗を立てるとは、将軍家を打倒し、自分が将軍になり替わろうというのではない。

将軍を擁立し、実権をふるうこと、つまり所詮、体制内改革といっていい。

後の武田信玄の西上もそうだし、上杉謙信の志向していたのも同じことである。

それ自体、俗にいえば天下取りといえなくもない。

それにしても、今川軍の人員が少ない。

実数2万5千がいいところで、仮に伝えられる4万であったとしても、京への道のりは遥かに遠い。

ちなみに、後年の秀吉による小田原攻撃は、約25万の大軍だった。

これが天下人の催す軍勢である。

なにも無人の野を進軍するのではない。

義元はなるほど、駿・甲・相の三国同盟を結び、背後は確保したものの、行く手に実際に戦った織田氏の他、美濃斎藤、近江六角、越前朝倉といった大名が蟠踞している。

これらと事前にどう話し合ってあったものか、何一つ伝わっていない。

仮にそれらと戦い、勝ち抜いたとして、おいそれと畿内に入るわけにいかないだろう。

そこに三好長慶の大軍団が控えているからである。

長慶は当時、摂津・河内・和泉・山城・大和・丹波・淡路・阿波・讃岐にまたがる9カ国を勢力下に収め、もはや〈三好政権〉といっていい実権を握っていた。

この大勢力と戦わねばならない。

定説通りもし京を目指していたもしたら、義元はどうするつもりだったのだろう。

が、案ずるまでもなく、義元は敗死した。

そして天下を震撼させた大事件のようにして伝えられている。

信長のデビュー戦としてはそう評したいところだが、そのために今川氏は崩壊し、領国が侵され、信長の地位が即座にどうなったというわけでもない。

この頃、主将が戦場で落命する例は、そう珍しいことではない。

一局地の一勝負にすぎないのである。

三好方では、たぶん、

「駿河の大守が、信長と田舎大名に討たれたそうな」

という程度の認識だったに違いない。

我々は歴史の経過を知っている。

戦国史といえば、織田ー豊臣ー徳川という流れを大筋のように考えてしまう。

事実、その通り徳川幕藩体制が後々まで続くのだが、信長台頭の頃の本筋は、あくまでも畿内の足利将軍家、ないしその亜流の幕府体制だったのである。

知られる通り足利将軍家そのものは、大層無力、無能で、政治らしいものは細川・畠山・斯波三家による、いわゆる管領政治によって執られていた。

応仁の乱以降は細川氏だけが勢力を持ち、将軍の首のすげ替えも自由で、ほとんど独裁といってよかった。

その細川家の被官から起こった三好氏が、やがて実権を握る。

これが、

〈下剋上〉

ということの典型であり、三好長慶はその代表人物である。

下剋上というからには、単に立場の転換があっただけで、土台は変わらない。

変わるには、土台ごと入れ替える男(信長)の登場を必要としたが、旧体制型武将ながら、最も天下人に近接した三好長慶という人物の存在に、もっと注目してよい。

三好氏は小笠原氏である。

鎌倉時代の初め、小笠原長経が阿波に封ぜられ、三好郡に居住したことからその名を名乗り、阿波の大族になった。

室町時代に入り、守護の阿波細川氏の被官となり、次第に地歩を確立する。

応仁の乱では当主・之長が三好勢を率いて出陣し、東軍(細川氏本家の勝元)のために大いに働く。

これが、三好氏が畿内に進出するはじめだった。

威をふるった細川勢とは、所詮三好軍団に他ならない。

細川氏としては、犬馬とも思っただろう。

が、犬馬はいつまでも犬馬ではなかった。

之長はさらに、跡目相続で揉めていた細川本家へ、阿波細川から澄元を入れて嗣がせる。

図式でいえば、

【将軍・義澄ー管領・細川澄元ー実権者・之長】

というふうになり、畿内の成敗はすべて之長の手で行なわれるほどになった。

はげしかりし嵐の風は音絶えて

今は盛りの三芳野の花

という落首は、之長の勢威を詠んだものだが、思い上がりがあり、専横の沙汰も少なくなかったようだ。

擁立される澄元でさえ嫌気がさし、本国阿波へ帰ろうとしたほどだった。

様子を窺っていた別系の細川高国が、反澄元派を糾弾して起ち、之長を討つ。

澄元も敗走中に死ぬ。

そこで高国は中国の大内氏に身を寄せていた前将軍・義稙を引き出してきて、将軍職に返り咲かせ、自分は管領になった。

戦争を経ているものの、すなわち、政変である。

権力を握った高国も、やはり専横になる。

将軍に重任した義稙は、京を出奔してしまった。

高国は前将軍・義澄の子を立てる。

これが義晴である。

一方、義晴の弟・義維、並びに細川澄元の遺児・晴元は、阿波で三好党に養育されていたが、之長の跡を継いだ元長は、二人を擁立して攻め上る。

そして、高国を討って実権を握る。

義維は正式の将軍になれなかったが、どうやら堺で幕府に準ずる体制を持ったらしい。

いわば堺御所だが、その図式は、

【公方・義維ー管領・晴元ー実権者・元長】

というふうである。

晴元にすれば、元長は功臣であり、恩人である。

が、恩人という立場はしばしば好ましくない存在となる。

いざこざを重ねた末、ついに一向一揆の力を借りて元長を攻め、自害させるのである。

長慶はこの元長の子である。

自害の直前、逃れて阿波へ帰り、成長すると阿波勢を率いて畿内に攻め上る。

再三の経過を辿る政変だが、ちょっと違うのは、宿敵・晴元を倒すことなく、ある時期まで協力しながら権勢を拡大していったことだった。

が、怨念や力関係の入り乱れる世界で、信はいつまでも続かない。

長慶に反目した晴元は、義晴の後将軍になった義輝を担ぎ、戦いを続ける。

1559(永禄2)といえば、桶狭間の前年だが長慶は義輝と和睦し、京に迎え入れた。

ただし、晴元を隠居せしめ、摂津富田荘に置いた。

その政治生命を経ったのである。

長慶はそして、河内飯盛山を居城に定め、9カ国を傘下に置く大実力者として坐った。

これがごく大雑把な三好氏の足取りである。

実情はしかし、複雑、混乱を極めた。

裏切り、反逆は日常茶飯事で、思いがけない者が力をつけてくる。

とても一筋縄ではいかない。

こんな中で、再三に渡る三好党の甦りは、ひとえに本国が京から離れた阿波だったことによる。

海を隔てているので、兵は都会風に染まることはない。

質朴で団結力が強く、それでいて一航海で上方へ達する。

さらに重要なのは、弟たちが皆、長慶に力を尽くしたという、この時期稀な事実である。

すぐの弟・三好義賢(のち実休)は、本国阿波を固めた。

次弟・冬康は、淡路の安宅氏を相続することにより、淡路を手中にした。

安宅氏は由良・洲本城に拠る水軍である。

淡路は瀬戸内の要だから、安宅水軍はとりも直さず、瀬戸内の制海権を握っていた。

末弟・一存は、讃岐の豪族・十河氏を継いだ。

讃岐衆も三好一党に加わったばかりでなく、一存自身、鬼十河といわれるほどの猛将で、しばしば著功を立てた。

勢力扶植はそれ以前からあり、いざと言えば彼らは協力して、すぐさま畿内へ攻め上ることが出来た。

戦国大名としては、長慶は類い稀なスケールといわねばならないが、皆々こんな背景があったからこそである。

長慶の掲げた旗印を、

『理世安民』

という。

〈道理を以て世に処し、人民を安んずる〉というくらいの意味だろう。

が、短期間で長慶の政権は崩壊する。

元来、教養人である。

学を修め、禅学に参じ、キリシタンを保護し、連歌に親しむ。

この期最高の紳士の姿であり、幕府の役職や位階(それもそう高くない)を貰って喜ぶようなところがあった。

性も温厚で、二代に渡り煮湯を飲まされた旧主・晴元の始末も出来ず、隠居させておきながら、その哀れな姿を見て涙する、という風である。

が、天下は治ったわけではなく、長慶の周辺も安定していたわけではない。

こうした中途半端な中に、長慶は政治に飽きる。

せっかく得た実権を旧幕府に戻すなど、酷く退嬰的になるのである。

大将がこれでは崩壊もやむを得ない。

足下から松永弾正(久秀)などが台頭する。

『理世安民』という綺麗事より、まだまだ『天下布武』の荒々しさを必要とする時代だったのである。

 

 

※.京に旗を立てるべく西上した駿河の大守・今川義元

今川義元の西上は、駿河・遠江・三河を制した強大な国力を背景に、尾張の織田信長を討ち、幕府の要職に就いて天下に号令する「上洛」が目的と一般に認識されている。

今川家は足利将軍家と血縁の近い名門であり、源氏の末裔として「源氏の棟梁」の復権と上洛を目指していたという。

だが近年の研究では、同時代の書状に「上洛」の意思が明記されていないことから、明確な上洛目的ではなく、尾張の国境地帯における領土拡大や、三河の安定化を目的とした「局地的な軍事作戦」であったとする説も補強されている。

 

 

三好長慶:諸人之を仰ぐこと北斗泰山 (ミネルヴァ日本評伝選)

 

 

三好一族―戦国最初の「天下人」 (中公新書)

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

日本史一問一答(解説付き)

日本史一問一答(解説付き)

  • StudySwitch, Inc.
  • 教育
  • 無料

世界史一問一答(解説付き)

世界史一問一答(解説付き)

  • StudySwitch, Inc.
  • 教育
  • 無料

 

 

 

 

饅頭怖い

 

落語『饅頭怖い』は政治家の二枚舌とそれに釣られたと愚かな国民

 

 

 

 

 

 

落語『饅頭怖い』

 

 

友人が集まってくだらない話をしているところへ、遅れた男が真っ青になって飛び込んできた。

聞くと、途中で蛇と出会したのでびっくりして、走ってきたという。

いったいどんな大蛇だったのかと尋ねると、ほんの一尺(30cm)ばかりの、しかもよくよく見てみると古縄だったという話。

なんでもその男、赤ん坊の頃からとにかく長い物が苦手らしい。

蛇だけじゃなく、鰻もドジョウも駄目だし、蕎麦やうどんも怖いという。

一同、そんなこともあるのかと感心し、それをきっかけに自分の怖いものは何かという話になった。

ナメクジが怖い。

別の奴は蛙が怖い。

オケラに蟻。

蜘蛛にナンキン虫。

なかには女房みたいに俺を蹴るから、馬が怖いなんて奴もいる。

だったら本当に怖いのは女房じゃないか、なんてそれぞれが話し合っている。

ところが松公の番になると、急に喧嘩腰の啖呵を切り始めた。

「黙って聞いてりゃ、馬鹿じゃねえか」

俺だったら蜘蛛やナンキン虫ぐらい食ってやらあ。

蛇だって鉢巻代わりに頭に巻いてやらあ。

こんな調子で、全員をこてんぱん。

この松公。

普段から兄貴風を吹かせているだけに、言いたい放題だ。

他の奴が、

「それでも一つぐらい怖いものがあるだろう?」

としつこく食い下がると、妙に弱気な感じになって、恥になるから言えないという。

それでも教えろと詰め寄ると、

「実は饅頭が怖い」

と打ち明けた。

はじめはピンと来なかったが、アンコの入った食べる饅頭のことだとわかって皆で大笑い。

松公があんまり嫌がるものだから、図に乗っていろいろな饅頭の名前を並べ立てる。

唐饅頭、栗饅頭、蕎麦饅頭。

そのうち松公の顔色が変わってきた。

本当に具合が悪くなった様子で、

「ちょいと横になってきていいかい?」

と、隣りの部屋で布団を被って寝てしまった。

そこで残った面々が悪だくむ。

饅頭を沢山買い込んできて、生意気な松公を懲らしめてやろうと話がまとまる。

そうと決まれば話は早い。

てんでに買いに出掛け、山のように饅頭が揃った。

唐饅頭、酒饅頭、蕎麦饅頭、栗饅頭、中華饅頭。

これを寝ている松公の枕元に並べ、隣りの部屋にこっそり戻ってから松公に声をかけた。

ムクっと起き上がった松公。

饅頭の山を見て泣き出してしまった。

それを見て、してやったりと皆、大喜び。

ところが、よく見るとどうもおかしい。

「なるほど怖い。やっぱり怖い。おお怖い」

松公は泣いているふりをしながら、美味そうに饅頭をパクついている。

なんなら残りを風呂敷に包もうとまでしている。

騙された!

気づいた一人が松公に訊ねる。

「おめえの本当に怖いのは、いったいなんなんだ」

「へへ、ここらで濃ーいお茶が一番怖い」

 

 


www.youtube.com

 

 

これまた誰もが知っている有名な噺の一つ。

サゲのパターンには「熱いお茶」「渋いお茶」等いくつかのバリエーションが存在するが、個人的に一番好きなサゲを今回は選んでみた。

「熱い」もいいけど、甘い物にはやっぱり濃いお茶。

季節次第では「熱くて濃いお茶」もいいサゲになる。

ところで、この噺によく似た現象を我々はよく知っている。

最初は減税が怖い怖いと言いながら、こともあろうか選挙中に掌を返して物価高が怖いと言い出したどこかの首相。

そしてそれに餌に釣られた愚かな国民。

結果は自民党の歴史的な圧勝。

元の暗い未来に逆戻りした感しかないが、多くの国民はどうやら明るい未来を想像しているらしい。

だが、現実はどうだろう。

なんだかよくわからない社会保障国民会議、通称「国民会議」なんてものをつくってみたものの実際に野党で参加したのはチームみらいのみ。

参政党と共産党にはそもそも声すらかかっていない。

現在(2026年3月現在)衆議院は自民党だけで316議席。

連立を組む維新を合わせれば350議席超。

定数465の3分の2を悠に超える優に超えている。

仮に参院で否決されたとしても、衆院で再議決できる。

つまり、現政権が本気で消費税減税をやりたければ、政府・与党で制度設計を詰め、閣法として国会に提出し、国会で適切かつ必要な審議を経て堂々と議決して、さっさと消費税減税を実現してしまえばいい。

それだけの数の力を、有権者は2026年2月8日の衆院選で、皆が望むと望まないに関わらず、現政権に与えたはずである。

そもそも消費税減税が物価高対策になるかという疑問はさておき、選挙圧勝を後押しした大きな要因のひとつは間違いなく消費税減税。

はなからその気がないのはわかっている。

だが、大半の国民はその言葉を信じ、期待している。

落語のようにはいかないのである。

問題は「終わらない物価高」だけじゃない。

上がる一方の社会保険料、裏金問題、対米、対中。

今、日本を取り巻く状況は非常に厳しい。

そんな厳しい時代の舵を取る現政権。

おめえが本当に怖いものは、いったい何なんだい?

今は「苦〜い増税」が怖い。

 

 

落語絵本 二 まんじゅうこわい

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

ゆっくり落語

ゆっくり落語

  • Ahwin Co., ltd.
  • エンターテインメント
  • 無料

古今亭志ん彌の集会所

古今亭志ん彌の集会所

  • CRAYON INC.
  • エンターテインメント
  • 無料

 

 

 

 

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学【知識の泉】「もし彼が潔癖症で、旅行前に完璧に掃除をしていたら、今も我々はただの風邪で命を落としていたかもしれない」

 

知識の泉

今すぐ誰かに話したくなる知的雑学

 

 

もし彼が潔癖症で、旅行前に完璧に掃除をしていたら、今も我々はただの風邪で命を落としていたかもしれない

 

 

 

 

 

 

知識は力なり

 

 

かの有名なイギリスの哲学者、フランシス・ベーコンは言った。

「知識は力なり」と。

この言葉には、読んで字の如く「知識は自身の力になる」という意味とは別に、「経験によって得た知識を、いかにして実践的に使用することができるのか」という意味も込められている。

雑学も同様だと思う。

実際には、生きていく上で何の役にも立たないと思われている、どうでもいい情報群。

それが雑学という分野といえるだろう。

しかし雑学で得た知識を、どのように使うのかは人それぞれ。

普段の話のネタに困っている人。

トーク力を上げたい人。

飲み会やデートなどで知識を披露したい人。

知識を吸収したいけどあれこれ調べるのが面倒な人。

そして、物事の本質や奥深さを知りたい人。

純粋に「なるほど!」と思いたい人まで。

当たり前に感じていたことも、角度を変えた視野からみることで、別の面があることに初めて気付かされる。

その知識を他人にひけらかすだけでなく、その知識をもとに、固定観念から解放され、世の中の見え方を変えようではないか。

さすれば、「知識は力なり」の言葉の意味を実感できるはずである。

 

 

 

物臭な博士が人の平均寿命を20年延ばす

 

 

1928年のロンドン。

細菌学者であるアレクサンダー・フレミングは、夏休みを終えて自分の研究室に戻ってきた。

戻ってきた彼が目にしたのは、不潔な実験室の惨状だった。

休暇前、実験台の上にはブドウ球菌を培養していたシャーレ(実験皿)が、洗われずにそのまま放置されていたのだ。

「あぁ、窓を開けっ放しにしていたから、カビが生えて台無しだ」

彼は決して整理整頓が得意なタイプではなかった。

凡人なら、ため息をついてゴミ箱に捨てる場面である。

しかし、彼がシャーレを片付けようとしたその時、奇妙な現象に目が止まった。

カビが生えた場所の周りだけ、びっしり生えていたはずのブドウ球菌が、きれいに溶けて消えていたのだ。

「このカビは、細菌を殺す成分を放出しているのではないか?」

フレミングは、この偶然の産物を「ペニシリン」と名付けた。

それまでの世界では、小さな傷口からの感染や肺炎、破傷風は、そのまま死を意味していた。

しかし、この「窓から飛び込んできた青カビ」が、人類に細菌と戦うための最強の武器を与えたのである。

第二次世界大戦中、ペニシリンは大量生産され、戦地で数え切れないほどの兵士を救うことになる。

そして戦後、現代医療の基盤となり、人類の平均寿命を一気に20年以上も引き上げるという、不可逆な進化をもたらした。

すべては、一人の学者が「窓を閉め忘れ、皿を洗わずに、旅行に出た」という、些細な不注意から始まったのだ。

事件が会議室ではなく現場で起きているように、世界を救う発見も、いつも清潔な実験室で生まれるとは限らない。

一見すると汚い失敗の中に、未来を救うヒントが隠されていることもある。

あなたの「ついうっかり」も、もしかしたら数十年後の世界を救う、偉大なバタフライエフェクトの第一歩かもしれない。

 

 

感染症と人類の歴史 治療と医療 (第2巻)

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

QuizKnock

QuizKnock

  • baton Inc.
  • 教育
  • 無料

 

 

 

 

【心に沁みる名言『千木良遥(日曜劇場「御上先生」より)』】今日を精一杯生きるために…。#225

 

#225

心に沁みる名言

 

 

 

 

 

 

 

今日を精一杯生きるために…

 

 

明日ではなく今日。

今、この時を精一杯生きるあなたのために素敵な言葉を綴ろう。

 

 

 

千木良遥(日曜劇場「御上先生」より)

 

 

日曜劇場『御上先生』Last Episode 「-Puppets can't control you-」でのヒトコマ。

千木良(髙石あかり)は自分が不正入学者であることを知っており、誰よりも勉学に励むも自身を受け入れられず罪悪感に押しつぶされそうになっていた。

しかし、妹をはじめ他の在校生の影響を考え真実を言い出すこともできなかった。

そこで御上は、大人たちが自分たちの利権欲しさに踏み躙ってきた子供たちの未来を取り戻すべく、生徒たちと考えることに。

御上の言葉に心を動かされた千木良は席を立ち上がり、クラスメイトに父の犯した不正を打ち明け「苦しいよ…。この話をしているこの瞬間も家族を売っているっていう罪悪感で消えてなくなりたい。辛すぎて…息ができない…」と呼吸が乱れていく。

しかし、親友の椎葉(吉柳咲良)に手を握られ、落ち着きを取り戻した千木良は「でも私のためにこの事実を揉み消されても同じだけ苦しいのもわかってる。逃げ場なんてない。だとしたら逃げないしかない」と懸命に言葉を紡ぎ、「私にはできないことをやって。報道はなにかってことだけ考えて」と不正の内容を記事にしようとしている報道部・神崎(奥平大兼)へ思いを託す。

椅子に座った後には、大粒の涙を流していた。

そして千木良は、卒業を見送り高等学校卒業程度認定試験を受けることを決意。

「大学、自分の力で合格して、みんなと、椎葉と正々堂々同期になりたいです」と言うと、晴れやかな笑顔を見せた。

 

 

逃げ場なんてない

 

だとしたら

"逃げない" しかない

 

 


www.youtube.com

 

 

窮鼠猫を噛む。

一般的にこのことわざは、追い詰められた弱者の火事場の馬鹿力を、強者へ警告する言葉として遣われる。

だが、その渦中にいる鼠の心境は、決してそんな客観的なものではない。

背後は壁。

目の前には圧倒的な捕食者。

どこをどう見渡しても逃げ場はない。

その絶望の淵でたった一つ、唯一無二の真理に到達する。

逃げられないのなら、怯えている時間は無駄だ。

どうせ逃げられないなら前に出るしかない、と。

生き延びるための唯一の道は、震える足で一歩前へ踏み出し、目の前の自分を害する者に牙を剥くことだけ。

すなわち、「 "逃げない" しかない」という決断だ。

しかし、これは捨て身の暴走ではない。

生きることを諦めない人間が、最後に辿り着く究極の生存戦略なのである。

逃げ道を探しているうちは、意識の半分は後ろ(過去や安全圏)に向いている。

だが、逃げ場を失い、自ら "逃げない" と決めた瞬間、意識の100%が前方(未来と突破口)に集中する。

そうなると強い。

その境地に辿り着けさえすれば、弱者はもはや弱者でなくなる。

圧倒的強者をも凌駕し得るする、孤高の挑戦者へと変貌するのだ。

外から見れば窮鼠かもしれない。

しかし革命は内側からしか始まらないのだ。

絶体絶命は、覚悟の別名である。

追い込まれた時こそ、本当の自分が目を覚ます。

絶望を認め、向かい合い、脱ぎ捨て、自分の意志で戦場に立つ勇気を持つことこそ、自らを革命する第一歩なのではないだろうか。

 

 

御上先生 Blu-ray BOX [Blu-ray]

 

 

 

☆今すぐApp Storeでダウンロード⤵︎

 

ペンギンの島

ペンギンの島

  • HABBY
  • ゲーム
  • 無料

猫とスープ

猫とスープ

  • NEOWIZ
  • ゲーム
  • 無料

 

 

 

 




以上の内容はhttps://ioritorei.com/より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14