
仕事ではじめてパリに行くことになった。
面倒なことになったな、と思った。
他にやるべきことは山のようにある。
なのに、移動を含めると一週間近く、日本にいないことになる。
パスポートの期限は切れているから発行し直さないといけないし、飛行機に乗り込むまでの煩雑な手続きは何度やっても覚えられない。
パリについて知っていることもほとんどない。
ちなみに、帰国してから冷静に考えてみたところ、学生時代にジャン・レノさんが好きで、彼が出演しているフランス映画をいくつも観てたなーとか、『女警部ジュリー・レスコー』というドラマもずっと観てたなあとか、そういえば辻仁成さんって今パリに住んでおられるのではとか、色々と思い出してきたが、その時はそんなこと考える余裕なんてまったくなかった。
とにかく、無事にたどりついて、無事に用事をすませ、無事に帰国する、それだけで頭がいっぱいだった。
なので、出国審査を終えて、搭乗時間を待っている時になってようやく、ああオレは海外に行くんだなという気持ちになってきた。
飛行機の中は日本人はあまりいなくて、聴こえてくる言葉の感じでは、どうも日本からフランスに帰る人ばかりのようだった。
フランス人らしき乗客たちは基本的に品行方正で、それどころか、女性の乗務員が荷物棚を閉めるのに苦労していると、背の高い男性の乗客が、後ろから自然な感じで代わりに閉めてあげたりする。
知らない人同士でも、声をかけあって、何を言っているのかわからないが、楽しそうにクスクス笑いあったりしている。
機内の最後部にある軽食や飲み物のセルフサービスコーナーでは、男性の乗務員と乗客が長いあいだ談笑していて、その周りにいる人たちも飲み物を片手に何やらしゃべっていたり、一人でいて特に誰とも話していない人もリラックスしている感じで、ほわほわした雰囲気が漂っている。
フランス人はみんな、知らない人に声をかけるときには、男性にはムッシュ、女性にはマダム、と言う。
日本だと「すみません」という感じなのだろうけど、すみませんと言われるのと、ムッシュと言われるのでは印象が全然違う。
ムッシュ、マダム、とまず声をかけるということは、相手のことを敬意を払うべき対象と認識していることに他ならない。
個人主義発祥の国なのだから、個人は個人として徹底的に確立されていることだろう。
だからこそ自分はもちろん他人も立派な「個人」であり、ちゃんと敬意を払ってコミュニケーションをとるべき対象なのだと強く考えている、そんな印象を受けた。
その印象はパリについてからも変わらなかった。
街をゆく人たちはみんなおしゃれで、クールな、都会の人という感じだ。
他人のことには我関せずという雰囲気で、てきぱきと進んでいく。
しかしよく見ていると、そこかしこで、誰かと誰かが立ち止まっておしゃべりをしているし、カフェのテラス席は人でいっぱいだし、仕事の休憩中なのかタバコを吸いながら笑いあっている人たちがいる。
仕事でも同じ感じで、一定の距離感をちゃんと保ちつつ、こちらからの疑問や要望にはとてもフレンドリーに応じてくれるし、相手の意見や考えをちゃんと大事にする。
日本で仕事している時とあまり違和感はない。
ただ、そうやってコミュニケーションしているあいだの時間を、できるだけ気持ちのいい時間にしようとする感じがある。
なんというか、ぼくにはそういう感じが妙に心地よく感じられた。
たった数日の経験なので、実際のところはどうなのかわからないけれども。
一通りの仕事を終えてから、仕事相手の方々とレストランの前で待ち合わせをしていた時に、店の中の客が特大のステーキを食べているのがガラス越しに見えた。
その前を通りがかった子どもたちが何やら大声で叫んでいる。
言葉はわからないが、叫んでいる内容はぼくにでも伝わった。
「見てよ、あんなにでっかいステーキ食べてる、すげえ!」
するとその子の父親が、よせよせ、恥ずかしいじゃないか、という感じでたしなめはじめた。
その様子があまりにほほえましいので、ぼくはついニヤニヤしたまま、父親と目を合わせてしまった。
すると彼もぷっと吹き出して、ぼくらはしばらく一緒に笑った。
この街にはもう一度行きたくなるかもしれない、と思った。