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写真にこだわるBooks №5「ライカの聖地を訪ねる旅 -WETZLAR & 箱根-」

 写真界におけるカメラ雑誌、業界紙などの急激な写真メディアの衰退、Webメディアの不安定な部分、急速なYouTubeチャンネルの広がりなどを長い目で見ていくと、写真やカメラの情報がこれから先長く残るためには、やはり紙に残すことが大切だと考えて、まったく個人的な作業として“写真にこだわるBooks ”という名称で2024年4月にスタートしましたが、2026年2月に「ライカの聖地を訪ねる旅 -WETZLAR & 箱根-」として無事№5を発刊できました。

■ライカの聖地を訪ねる旅 -WETZLAR & 箱根-

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 もともと、№5の「ライカの聖地を訪ねる旅 -WETZLAR & 箱根-」は、2025年秋発刊を目指していましたが、その時期に「ライカ誕生100年」をライカカメラ社がやるという情報を得て、せっかくなら100年記念のイベントを含めて冊子を構成しようと考えました。写真出版界においては、ライカとつけばどんな本でも売れるという言い伝えがありまして、確かにそのようなこともあったのは事実ですが、世の中それほど甘くはなく、それなりの新しさと切口をもたないと手に取ってもらえないというのが、私自身が長い間カメラ誌の編集をやっていて実感した部分で、今回も制作にあたっては最も留意した部分です。その点において、今回の「ライカの生地を訪ねる旅 -WETZLAR & 箱根-」では、冊子全体の中にカメラのスペックや機構説明を行わずに、違った面からライカを見てみようという視点で誌面づくりを始めました。そこで考えついたのは、ライカの聖地であるドイツ・ウェッツラーを訪ねる旅という、どちらかというと、旅行ガイドブック的なセンスで、しかも読むとライカの専門的知識が得られるというものです。内容は、読んでのお楽しみで、詳しくは書きませんが、古い街並みに残るオスカー・バルナックがUr.ライカで撮影した場所を訪れたり、ライカ御三家のお墓参りができるようにと工夫され、制作途中で写真仲間からの提案も加え、ドイツまで行かなくてもGoooleMap上で仮想旅行ができるようにもなりました。それ以前は、「ウェッツラー&箱根」と示したように日本のライカファンが訪れる場所として、日本のライカの育ての親である“パウル・シュミット”の顕彰碑のある箱根を加えた2部構成として構成していましたが、加えて仮想的な旅行ができる内容にもなっているのです。さらに、最新のライツパークでは工場を見学したり、ライカポルトガル工場、ゾルムス時代の工場と、最初期のマックス・ベレークによる設計のエルマックス50㎜F3.5、エルマー35㎜50㎜F3.5、エルマー50㎜F3.5の設計図面、さらにエルンスト・ライツⅡ世が大戦中多くのユダヤ人を救った「ライカ フリーダム トレイン」の話にも触れるなど幅広い形でライカをとらえました。

■ゼンザブロニカの研究

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 「ゼンザブロニカの研究」には2人の男が登場します。1人は創業者の吉野善三郎氏、もう一人はゼンザブロニカD型からSQ型まで設計にかかわった進藤忠男氏です。米穀商から興し、町工場で小間物やライターを作り、中小企業としてカメラを作り上げた物語で、ブロニカがいかに素材にこだわったか、オリンパスズイコーからニッコールレンズの採用、スウェーデン大使館からのクレーム、ニッコールレンズ以外の製作はどこのメーカーで行われたか、吉野善三郎氏とソニー大賀典雄氏の関係、さらにタムロンへの吸収など日本のカメラ技術、産業史としても読み応えあります。

■エプソンR-D1の研究

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 第3号は「エプソンR-D1の研究」と題して、2004年にセイコーエプソンが、同じ長野県のコシナの協力を得て発売したライカMマウントのレンジファインダー式デジタルカメラの、製造から発売までの経緯を、当時の商品企画責任者、設計技術リーダーの方のお話を伺い、技術的なバックグラウンド、さらにはライカカメラ社とのやりとり、世界中のカメラファンの期待などを紹介してます。本機をもってエプソンはデジタルカメラ分野から撤退してますが、20年を経過したいま、幻の次世代機「エプソンR-D10」の全容を始めて公開しました。

「コンタックスAXの研究」

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 第2号は「コンタックスAXの研究」と題して、ヤシカが京セラに買収される前の1982年フォトキナで発表していたボディ内モーターの試作機「コンタックスAF」がその後本格的な一眼レフAF時代をもたらした1985年発売の「ミノルタα7000」以前に、モーターによるカメラシーケンス駆動のパテントを持っていて、1986年には競合各社を抑えて1年早く「京セラ230AF」として発売し、さらにその11年後の1996年にボディ内焦点機構駆動の「コンタックスAX」誕生までを、ヤシカ時代のユニークなカメラ技術、さらにはニッカカメラ買収による労働争議、京セラに吸収合併された後に京セラ稲盛和夫氏がカメラに注いだ情熱などを幅広く、当時の関係者の文章とともに解説しています。

■「ヤシマデジタル750の研究」

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 第1号は「ヤシマデジタル750の研究」と題して、かつてのヤシカの創業社長であった牛山善政氏が、ヤシカを引退した後に作った35㎜フィルム一眼レフカメラの技術と、どのような時代的背景をもって生まれたのか、どのような人間関係があったのかなどに焦点をあててみました。ヤシマデジタル750は、このほかに名前を変えて「オサノンデジタル750」であったり、「RONY EMC」、さらには「タムロンデジタル750」という名の試作機まで存在していました。その存在の解明にあたったレポートです。

 

◎ご覧になりたい方は

 “写真にこだわるBooks ”をご覧になりたい方は、以下の所で頒布してますので、ご購入ください。取り扱いサイトによってわずかに金額は異なり、送料もそれぞれにまかされています。

 

≪取り扱いサイト≫順次追加します。

■通信販売:「メディアジョイ」カメラ

■店頭販売:「レモン社新宿店」 新宿区西新宿1-15-4第2セイコービル3F 電話:03-5909-2333

■店頭販売:「HASEGAWA」 福岡県北九州市 八幡東区尾倉1丁目8-26

 電話:093-662-4636

■ミュージアムショップ: NISHIMURA CAMERA MUSEUM

 大分県国東市安岐町下原209 (西村義典)

 (入館と広大な駐車場:無料) 電話:0978-67-0073 (ミュージアム見学と購入は4~5日ほど前までに要予約)、大分空港近く

 




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