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魔を滅する季節の分かれ目

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今日は節分ですね。暦の上では明日から
風はまだ冷たく、気温の低い日もありますが、空気や自然界の生き物たちは、春に向けて水面下で動き始めているような気配がします。

なんだろう。細胞分裂を始めている感じ?

季節の分かれ目

さて、季かれ目。ゆえに「節分」です。

つまり四季を有する日本において、「節分」は年に4回あります

そのうち、この冬から春へと移行する「節分」が現代でも大事にされているのは、寒く乾燥していて、体調を崩したり、風邪をひきやすかったりするからですね。

 

そういった良くないものを昔の人は「邪」とか「魔」とか言ってたわけです。
新しい春を迎えるにあたって、そんなものは邪魔でしかない。

だから新しい春(年)への入り口という節目において、取り入れたいものと排除したいものをきっぱり分けるべく、意識を高めたのでしょう。それを具体的な行動に落とし込んだのが、家の内と外の境界に見立てて、豆を撒くという儀式(遊び?)です。

豆まき

「邪」とか「魔」とかいった、よろしくないもの、恐ろしいものを鬼として見立てるのは、日本古来からの文化みたいなものでしょうか。「鬼退治」と称して、能動的な行動を促すあたりも面白いです。

 

そんな鬼を追っ払うための必殺アイテム「福豆」は、炒った大豆。

生豆だと魔の芽(撒いた後、そこら辺の望まない所に生えてくると厄介)が出てきてしまうので、炒ってしまうことで魔を滅するのだとか。

そうして「聖なる福豆?」と相なった大豆を用いて、悪しきものと善きものを、外と内(新年)に分かちます。この時、内に取り込む福豆は、新年に向かう自分自身の身体に入れる、というのもまた面白い。

 

とうか、最終的に「食べる」という行為に結びつけるのは、やはり食べることが生きることに直結するからなのでしょうね。

或いは普段は質素に暮らしていても、この時ばかりは食べるのだ、という心掛けのようなものだったのかな、なんて勝手な想像も広がります。

 

ちなみに私は味付けされて、海苔と一味をトッピングされた「磯豆」が好きです。

節分について学ぶ

節分を題材にした絵本って沢山ありますよね。

キャラクター設定や展開の切り口が面白そうな二作を挙げておきます。

せつぶん: おにのおしごと〜節分の絵本

Amazon

 

鬼の写真

それはそうと、私の写真アプリ内を「鬼」というキーワードで画像検索したところ、上位に表示されたのはコレでした。

なんでやねん。(いや、視力が悪かったらそう見えるのか?)

音符が散りばめられたピンク色の装飾的な車体前面がピアノになっており、リスが鍵盤の上で演奏している

生駒ケーブル『ドレミ』|宝山寺駅生駒山上駅

恵方巻き?
ええ、それはそれとして食べましたよ。ごちそうさまでした。

 




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