トランプ関税はめちゃくちゃだが、政権の中枢はベッセント財務長官である。パウエルFRB議長の解任もベッセントが制止した。今後ベッセントの影響力が強まれば、トランプ政権が正常化する可能性もある。

ベッセントはソロスのファンドマネージャーとして知られた国際金融のプロで、アベノミクスによる円安も的中させた。著者はそのときベッセントに呼ばれて日銀の金融政策について説明し、ソロスファンドは円売りで大もうけした。

つまりベッセントは新自由主義の推進者だったわけだが、そのベッセントがトランプ政権に入ったとき、ヘッジファンド業界には困惑する人が多かったという。グローバリストのベッセントが保護主義のトランプとうまく行くとは思えなかったからだ。

現にトランプの打ち出した関税を推進したのはナバロだった。それに対してベッセントはラトニック商務長官と組み、ナバロのいないときにトランプを説得して90日間、関税を一時停止させた。

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ベッセント・トランプ・ラトニック(ホワイトハウス)

ベッセントがトランプ関税を容認したのは、アメリカの戦略転換を宣言するショック療法だったからだろう。それはグローバリゼーションで最大の利益を得たアメリカが、その利益を犠牲にしても経済安全保障に重点を移す戦略である。

グローバリゼーションから「デカップリング」へ

1980年以降は、新自由主義とグローバリゼーションが世界的に大勝利を収めた時期だった。情報革命とあいまって、アメリカの一人あたりGDPは先進国のトップになったが、所得格差は大きく開き、上位10%が資産の90%を保有する状況になった。

日本は1990年代に不良債権処理に失敗して、この波に乗り遅れた。本来はこのとき企業と雇用を整理すべきだったが、雇用規制を改革せず、正社員の雇用を守って新卒採用を絞ったため、大量の非正規雇用(準失業者)が生まれる就職氷河期になった。

同じ時期にアジア通貨危機に巻き込まれた韓国は、IMFが金融支援するとともに財閥解体を求め、大量に失業が出たが、彼らがIT起業して半導体産業で日本を抜いた。

新自由主義の最大の恩恵を受けたのは中国だった。彼らはアメリカの整備した国際金融システムと情報ネットワークを活用して先進国から直接投資を受け、「世界の工場」として製造業の中枢になったのだ。

このままでは中国が世界の製造業を支配し、アメリカは軍需産業でも中国なしにやっていけなくなる。これが第1次トランプ政権から始まったデカップリング(サプライチェーンの分離)である。

中国に代わって日本をアジアの生産基地にする戦略

第1次トランプ政権で国務省と国防総省の立案した計画には、次のような目標が掲げられている。
  1. 貿易戦争(関税の引き上げ)
  2. 半導体供給網のデカップリング
  3. 中国に対する技術的優位の維持
  4. 同盟国の対中国防衛力強化
  5. オーストラリアも含む中国包囲網(QUAD)
  6. 一帯一路に対抗する関税同盟
これはバイデン政権にも受け継がれた。つまり冷戦期にソ連と対立したように、「新しい冷戦」では中国に対抗する包囲網を敷き、戦略物質(半導体など)の供給を制限して経済安全保障を強化するのがアメリカの新しい戦略である。

これは日本にとっては、対内直接投資を増やして「世界の工場」の地位を中国から奪い、再工業化するチャンスである。北朝鮮より少ないといわれた対内直接投資残高はGDPの1割に近づき、GAFAMが日本にデータセンターを建設する計画を発表している。

「失われた30年」で正社員の雇用調整は終わり、今や人手不足である。これまでは定年後の再雇用やパート主婦などの失業予備軍が賃上げをさまたげていたが、ようやく労働需給が均衡し、賃金が需給バランスで上がるルイスの転換点に到達したようにみえる。

この意味で、アメリカが日本を関税交渉のトップバッターにしたことには深い意味がある。それは中国に代わって日本をアジアの生産基地とし、サプライチェーンを再構築する戦略の一環なのだ。トランプがそれをどこまで知っているかはわからないが、ベッセントは知っている。