高市首相の経済政策は、海外メディアがそろって指摘するようにサッチャー首相とは対極にある。サッチャーはその11年の任期を通じて「積極財政」という言葉を使ったことがない。彼女は徹底的な緊縮財政でイギリスを「英国病」から救ったが、それは新自由主義と呼ばれるほど普遍的な思想ではない。
本書も指摘するように「サッチャリズムは20世紀後半にイギリス社会が直面した状況から生み出された、すぐれて歴史的な産物」である。のちにマネタリズムと呼ばれる政策を彼女が実行したのはフリードマンの思想を理解していたためではなく、1970年代に英国病が完全に行き詰まった状況で、他に手段がなかったためだ。
その症状は10%を超える失業率とインフレで、その原因は財政赤字だった、この点は日本と似ているが、最大の敵は長期にわたってストライキを繰り返す労働組合、特に炭鉱労組だった。この点では保守党内の意見は一致していたが、違うのは手法だった。
ヒース首相は保守党の本流でイギリス的な紳士だったので炭鉱労組との対決を回避し、財政出動で失業を止めようとしたが、これによってインフレが悪化し、スタグフレーションに陥った。石油危機でイギリス経済が崩壊する大混乱の中で、党内の異端だったサッチャーが「反ヒース」の急先鋒としてかつぎ出されたのだ。
続きは12月22日(月)朝7時に配信する池田信夫ブログマガジンで(初月無料)
本書も指摘するように「サッチャリズムは20世紀後半にイギリス社会が直面した状況から生み出された、すぐれて歴史的な産物」である。のちにマネタリズムと呼ばれる政策を彼女が実行したのはフリードマンの思想を理解していたためではなく、1970年代に英国病が完全に行き詰まった状況で、他に手段がなかったためだ。
その症状は10%を超える失業率とインフレで、その原因は財政赤字だった、この点は日本と似ているが、最大の敵は長期にわたってストライキを繰り返す労働組合、特に炭鉱労組だった。この点では保守党内の意見は一致していたが、違うのは手法だった。
ヒース首相は保守党の本流でイギリス的な紳士だったので炭鉱労組との対決を回避し、財政出動で失業を止めようとしたが、これによってインフレが悪化し、スタグフレーションに陥った。石油危機でイギリス経済が崩壊する大混乱の中で、党内の異端だったサッチャーが「反ヒース」の急先鋒としてかつぎ出されたのだ。
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