お久しぶりですね。忙しくてブログなどを休止していました。
休止している間、色々あったのですが書ける事は少ないです。ほとんど仕事をしていて個人情報の関係で言えない事が多いからです。
仕事と直接関係あるか分かりませんが、胃腸を悪くしています。ようやく治ってきました。その回復の為もあり、少しの間、仕事をセーブしていこうと思います。時間ができるのでブログも少しは書けると思います。以前のように毎週更新という訳にはいかないと思いますができる範囲でやっていきたいと思います。
最近、仕事などを通して考えた事を一つ書こうと思います。
色々な事が頭の中を巡っていますが、一番気をつけたいなと思う事は、皆の幸せという事ですね。戦争なども各地で起こっていますし、国内でも様々な対立がありますが、究極的には皆が幸せになる事が一番大切だと思います。
理想を言えば、誰も犠牲にならない事が良いと思うのですが、人間世界はそんなに単純にできておらず、競争や利害関係の対立があり、割を食う人もいますね。
これは一つの例ですが、功利主義を採用した場合も、大勢の利益に反すると個人の理想は否定されます。
迷惑な人が集団の利益を破壊するという事も考えられますがそれだけではなく、大勢が得をする為に、個人の尊厳が破壊されるという事も十分考えられ注意が必要です。
私は周囲の人にできるだけダメージを与えないようにするとか、できるだけwin‐winの関係を作れるようにしようとか気をつける事位しかできないですが、本当なら倫理というのは全ての人の幸福という前提の上に語られるべきものではないかと思います。
正しい事、望ましい事に全体の幸福という観点が欠如すると、それは簡単に自分の欲望とすり替わります。欲望は人間が生きる為に必要なものですが、生身の欲望を、正義という言葉でコーティングして武器として振りかざす事はしたくないですね。
自分の欲望に自覚的になるという事や、正義を語る時に他者の利害をきちんと考える事を深めていきたいものです。ドストエフスキーが全世界の幸福とか万人の幸福を願うのは簡単だが、隣人を愛するのは難しいと言ったそうです。これは、抽象的な理想を掲げるより、実際の人間生活において隣人を愛する方がずっと難しいという意味らしいですね。隣人は好きな人とか思想が合う人とは限りませんよね。時には敵対する事もあるかも知れません。敵を愛するというキリスト教の教えはとても重いですが、できるだけ対立した人間の尊厳というものもよく考えて、相手の立場を理解した上で、適切な行動を取っていきたいものです。
皆さんの考える理想の世界とはどんなものですか?
良ければコメントなどで教えて下さいね。
それではまた、来週以降にお会いしましょう。