日曜日は介護の研修で、飲み会だった為、帰宅後に日記を書くという余裕がありませんでした。月曜日は二日酔いで、今日ようやく何かを書こうという意識になりました。
先週は先週で、研修があり日記を書く余裕がなかったです。間が空いてしまいましたが、今日から又、1週間ごとに日記を書いていこうと思います。
最近、思っていても口に出さない事が増えました。幾つか理由があります。
一つは言わない方が余計な波風を立てないで済むからです。人の事など思っても言わない方が良い事もあるでしょう。次に、まだ推測でしかないので断定的に何かを言えないという事があります。この二つを封じると、実はほとんど人は喋れなくなります。
事実に依拠し、人の評価をみだりに行わないという事をしていると、できるのは事実をできるだけそのままに言うという事と、今日は暑いねとか寒いねとかそういう天気の話位しかありません。事実は目の前にあるので、わざわざ私が言って報告しなくても皆、分かっているだろうからです。
世の中の出来事の殆どは、まだ進行中です。そうなると最終的にどうなるかは全て推測になります。未来の事は分からないので無暗な事は言えません。
時々、こうかなみたいな事は言うにしても予言めいた事は全く言わなくなりました。
人を励ます言葉や、同意の相槌などはするにしても、殆どの思想的な事は口に出さなくなりました。面倒事はなくなって毎日スムーズに進む気がしますが、物足りなさもなくはないですね。何かの形で自分の考えを言う集いみたいなものはあっても良いかも知れません。
運というものがあるとされます。確かに、全然関係ないのに急に事件や事故、災害に巻き込まれたりする人はいます。そういうのは運としか言いようがないかも知れません。ですが、人が運だと思っている事の中には自分が招き寄せているものもあると思います。これは引き寄せの法則だとかそういうオカルトとは違います。
例えば、予言の自己成就とか予言の自己破壊とかいう言葉がありますね。
これはそれぞれ別の概念ですが、どちらも自分の発言が自分を縛っているという点では同じですね。不運だという人の中には、自分の発言で自分を苦しめている人が少なくないと思います。借金という概念がありますが、これは経済的な、貨幣の多寡の問題だけではなく、約束に対する不履行全般に言える言葉ではないでしょうか。
適当な事を放言し、人の信頼を損なったり、人を傷付けたり、敵を作ったりする事があり得ます。約束を守らなければ、それが直接に金銭的な問題にはならないかも知れませんが、何かを失っているのかも知れません。人の縁やチャンスを自ら破壊しているというその自己破壊的な状況こそが、不運の一側面なのかも知れませんね。
それでは、また来週。