昨日、金曜日が結構仕事がきつくて、欠員が出たので残業になりました。そこで体力を使い果たしたようで、体調が回復せず今日はボランティアを休みました。
これからも人手不足は続くんでしょうね。
私の働く企業でも、プライバシー保護の為に詳しくは書けないのですが人手不足によって外国人労働者が増えています。外国人同士の文化の違いによる衝突も結構あるらしいです。集団での喧嘩に発展する事もあるそうです。
私は排外主義的な思想には賛同しかねるのですが、外国人同士のトラブルを懸念する気持ちは理解できる気がします。日本人同士なら最低限、一応は言葉が通じますが、外国人は人によりますが日本語が完璧に分かる訳ではないのでトラブルに発展した時の仲裁も一苦労だと思います。
尤も、日本人同士でも言葉が通じていない可能性は結構ありますよね。実は私は耳があんまり良くないので低音で小さな声で話されるとほぼ聞こえません。適当に相槌を打っている相手が実は話を聞いていないという事もあるかも知れません。そういう耳の機能の障害以外にも、知的な障害や発達障害、あるいは教育の問題や勉強不足など基礎的な教養の欠如などから話が通じないという事はありそうです。
自分が分かっている事ならクリアに話せるので、すらすらと話をしてしまう訳ですが、相手の理解のレベルに合わせて十分にゆっくり話すという事をしないと本当のコミュニケーションは取れていないかも知れません。
私はボランティアで介護施設に行ったりしていますが、認知症や障害がある方と接する時は、言葉だけではなく非言語・ノンバーバルコミュニケーション、雰囲気作りも考慮に入れるようにしています。上手ではないかも知れませんが、そういう風に気をつけると相手と心が通じたような気がします。
トゥールミンという人の提唱した議論学という学問でも言われる事なのですが話を理解して貰えない時は、そもそも話の前提に問題がある場合が多いです。議論に隠された前提があって、それがそもそも齟齬を起こしているので話が平行線を辿ったり、決裂したりするという事ですね。リンクは関連書籍です。
宗教や哲学について語る時は、それが相手のアイデンティティーに深く結びついている事を頭において、頭ごなしに否定しない事が大切かも知れません。
また、話し口調にも問題があるかも知れません。こちら側が相手を見下していたり、詰問するような調子で話していたり、話すスピードが速すぎるという事などが考えられます。
異文化の相手や、障害を持っている人、個々人の能力差などを考えてコミュニケーションに気をつけていきたいですね。
それでは、また来週。