昨日は、老人介護施設にボランティア、今日は主にドラクエウォークをやっていました。疲れて寝ている時間も長かったですが、結構充実していたのではないでしょうか。
前回、こんな記事を書きました。
この記事の中で、私は人を育てる事について書きました。人をコントロールしようとしない事や、相手の事を思って慈善の気持ちを持つ事などですね。
それに対して、ある人が自分のブログでこんな事を述べていました。
(個人が特定できないようにぼやかして書いています)
若者は、自分の手柄を立てようとして頑張っているように見えるが、私はかつての上司がそうだったように、基本的で地味な事をきちんと守るように伝えている。なかなか分かって貰えないが、自分が昔そうだったように、経験からそれが大切な事が分かるので伝え続けていると。その記事に、ちょっと疲れているとも書いていました。
私はそれを読んで、もしかしたら私が書いた記事に関連してそういう事を考えてくれたのかなと思い、今回取り上げてみる事にしました。その文章に異論を唱えるつもりはありません。参考になり勉強になりました。ですが、自分なりの考えを書いてみたいと思いました。一週間、記事の内容を考えていましたが、今はこんな風に思っています。
そもそも、人は何の為に働くのでしょうか。
私は労働は食事を得る為にやっています。これははっきりと断言できます。
だから、自分の意に染まない事でも命令ならやります。犯罪なら断りますが、基本的に上の言っている事に逆らいません。
多くの人が労働に高い意義を求めすぎています。
世界、社会の為とか、世の為人の為というのは自分が暮らせるようになってからであって、基本的に人助けの前に、自分が食べていけるようにしなければなりません。
例えば、イエス・キリストのように、その死が全ての人の為になる(キリスト教はそういう教義な訳ですが)のであれば良いですが、多くの人にとっては自分が犠牲になっても誰かが助かるのは一瞬に過ぎず、多くの場合それはメサイアコンプレックスでしかないですよね。
仕事には大きく分けて二つがあります。
一つはライフワークです。それは人生を賭けて成し遂げたいと願う人の生きがいに繋がるような営みの事で、研究とか、社会慈善活動とか、あるいは芸術活動などが主に含まれます。
二つ目は「ライス」ワークです。これは偉大な人や優れた人、あるいはたまたまお金を持っている人の手足となって働く事で自分が食べられるようにする労働を指します。
多くの労働者は頭脳である事を求められていません。どちらかと言えば、歯車になるべきなのです。
もしも部下が自分の言う事を聞かないのなら、それは命令系統が狂っているか、理念が共有されていないのです。もし、自分の命令を聞けば相手が評価されるという構造がきちんとできているなら、部下がいちいち逆らうとは考えられません。
恐らくですが、命令する上司は部下にライフワークを求めていて、部下の方は手っ取り早く評価される為に手柄になりそうな事をしているのではないでしょうか。
きっと、若者はその仕事にそこまで思い入れはなくて、ライスワークとしてやっているのでしょう。そういう人が間違っているとか、劣っていると私は思いません。それはそれで割り切ってきちんと仕事をやりきりさえすれば良いのです。それが資本主義です。
実は私の会社も元は慈善事業で始まった面があります。そこで今でも、利益よりサービスという風に教え込まれます。しかし、最近は業績が低迷してきています。
人の役に立つ事は大切ですし、需要を見極める事も必要ですが、慈善で人の腹は膨れません。お金を貰う必要がありますし、その為にはお金を持っている人に向けて、お金になる仕事をしなければいけません。「お金の奴隷」のようで癪に障るかも知れませんが、それを人々は支持し、社会はそうして成り立っています。
昔、ある居酒屋チェーンが人の笑顔で幸せになるのだという事を前面に押し出して、社員にサービスを要求していましたが、結局、ブラック企業であると批判され、今は社員の福利厚生に力を入れています。人が幸せに暮らす為には、食べていける持続可能性が必要です。その上で、あるいは並行して、人を助け、人の役に立つような仕事を模索していくのが経営者に仕事でしょう。そこを間違えていると、下の人々を食べさせていける程の賃金を支払っていないのに、高級なサービスを要求する歪な組織になってしまいます。自戒を込めて書きました。
幸せという尺度にも色々な面がありますが、人間は生き物なので衣食住の「基本」が満たされている必要があります。人としての基本の前に、生物としての基本があるのではないかと私は思っています。
衣食足りて礼節を知る。貧すれば鈍する。昔からある言葉です。
特に、この文章に批判の意図はありません。どう考えていただいても構いません。ただ、私はこれを自分の基本に置いています。もし参考になれば幸いです。