「南杏子が描く医療現場」として紹介する作品の第三弾は、南杏子『希望のステージ』(講談社文庫、2021年)です。東京の西に位置する玉手市市民会館のステージに立つ出演者に医療サポートを行う女性医師・葉村菜々子。重い病気や障害を抱えながらも、どうしても舞台に上がりたいという人たちの熱い思いに寄り添り、なんとか願いを叶えたいと奮闘する彼女を通して、医療のあるべき姿が描き出されています。六つの短編から構成されている連作集。原題は、『ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間』(講談社、2019年)。
[おもしろさ] 人が最期を迎えるとき、寄り添ってくれる医師とは?
本書の魅力は、なんと言っても、ステージに立ちたいという人の「熱い思い」「その理由」「むずかしさ・痛々しさ」「達成したときの喜び・感動」と、それを実現させることに全力投球した菜々子が「感じたこと」「得たこと」を余すところなく描き切っている点にあります。と同時に、彼女が大きく変わっていく様子もまた、とても印象的で、かつ心に響くことでしょう。かつての菜々子は、多くの医師と同じように、「患者を死なせてしまうことを負け」と考えていました。「一秒でも命を延ばすことが医師の使命と考え、疑ったことはなかった。治療のためなら外出禁止も面会制限も当然だと思っていた。最後に学校に行きたいと言いながら亡くなった子供の患者がいた。自宅をひと目でもいいから見たいと切望しつつ逝った高齢の患者がいた。『良くなったら行きましょうね』などと言って、励ましているつもりになっていた」。そのような医師だったのです。しかしいま、「死は負けではなくゴール、そのゴールに向かって患者や家族がどういう最期を迎えたら良いのかを、一緒に考えてくれる医師」(解説より)に変身していたのです。そうしたプロセスの描写もまた、大きな特色になっています。
[あらすじ] 生をまっとうするための灯火を消してはいけない
患者の自殺に責任を感じ、赤坂にある大病院を辞め、兄が経営する「葉村病院」で働き始めた女性医師・葉村菜々子32歳。中学時代の同級生であり、市教育委員会文化企画課で働いている熊田久満(クマやん)に依頼され、市民会館のステージ・ドクターになります。重い病気や障害を有し、舞台に上がることなど、とても難しいように思われるにもかかわらず、なんとかステージに立ちたいと心底願う人がたくさんいます。そういう人たちの希望を大切にし、なんとか願いを叶えてあげたいと思うなか、医師としての菜々子の本領が発揮されることになります。第一話では、末期の肺がんで余命わずかと診断されているヒラメ師匠こと、平目将之介78歳が、点滴や酸素吸入をしながら、自らの生前葬として最後の舞台に挑みます。「余命宣告のあと、沈み切っていたヒラメ師匠が、生をまっとうするための灯火を見つけたのだ。……わずかな灯かりを、医師だからといって吹き消していいはずがない……。わたし、サポートする!」と、菜々子。「こんな、体になっても、舞台をさせ……てくれた。本当はよ、ここが、天国だった」。噺を終えたヒラメ師匠が最期に残した言葉でした。第二話では、木場大地が、急性リンパ性白血病という安静を要する重病であるにもかかわらず、別居中の母を励ますためにピアノ発表会に出ることを熱望します。第三話では、歩行障害を抱えている、玩具メーカーの女性社長・朝倉悦子が無理を押して演壇に立とうとします。