いま、わが国が抱える最大の難題のひとつに、人口の少子化・高齢化があります。その弊害が最も深刻化しているのは、地方の市町村です。かつてはごく普通に提供されていたさまざまな行政サービスの多くが縮小されたり、廃止されたりしています。雇用機会が減少し、地域経済は低調です。そうした現状に関しては、各種の媒体により、人々の知るところとなってはいますが、そこに住む人たちのリアルな心の内となると、なかなかうかがい知ることができません。今回は、人々の内面まで含めて、「過疎のまち・むら」がどのような状況下におかれているのかについて探るため、二つの作品を紹介したいと思います。
「過疎のまち・むら」というテーマで紹介される作品の第一弾は、藤谷治『いなかのせんきょ』(祥伝社文庫、2009年)。舞台は、鍵田原郡戸蔭村というひなびた過疎の村。山が深く、生活がむずかしく、現在の人口はわずか1880余名。そんな寒村で、数十年ぶりの村長選挙が実施されることになります。戦うのは、真面目一徹の村会議員・深沢清春63歳とエリート助役の平山忠則。本書は、その選挙のウラとオモテを、独特な「講談調」の語り口でつづった、おもしろくて、悲しい気にもさせられる稀有な作品です。
[おもしろさ] どっちの言い分が村のためなのかを決めてもらう
幾つもある本書の魅力。一つ目は、一橋大学出のエリート官僚である陰湿な平山助役の深慮遠謀と人前での演説力と挨拶力の欠如。二つ目は、人々が選挙というものに対して持っている「常識・イメージ」がまるで通用しないという「戸蔭村における選挙」のユニーク性。三つ目は、「知恵を使う。金かけないで、組織票を潰す。そして改めて、どっちの言い分が村のためだか、一人一人に決めてもらう」という深沢陣営の選挙のやり方の斬新性。四つ目は、深沢陣営の大敗北という大方の予想が実際の選挙戦の中で、ことごとく覆されていく痛快さ。責任の取り方は知らないのに、「順番が回ってきたらいっぺん村長という、村一番の偉い人間になりたい」と考えている輩の多いこと! 描かれているのは、過疎の村ではありますが、日本という国の縮図になっているのかしれません。
[あらすじ] 深沢対平山の一騎打ちまでは、平山の思惑通りに
戸蔭村では、長い間、無投票で村長が決まるのが普通でした。それは、村内の有力者が協議して一人の候補者を決め、対立候補を出さないように根回しをしてきたからです。藪坂平八郎もそのようにして村長に就任したわけです。ところが、地元の特産品である「雛わらじ」の展示を名目にして建設された「雛わらじ記念館」の代金24億円が従来の赤字体質をさらに悪化させ、彼がもくろんだ合併話も失敗。八方ふさがり打つ手なしという窮状に立たされ、引責辞任します。そこで、助役の平山は、「今度の村長は深沢さんこそ相応しいと考えているのですよ」と、深沢に村長になりませんかと打診。村会議員の深沢は、代々百姓をし、かたわら雑貨商を営み、手堅く商売をしてきました。ちょっとしたスーパーマーケットになっている店の経営を長男の剛に任せ、彼自身は、村会議員、消防団長、商工会の副会長として活動。様々な相談役をしております。篤実な人柄も、よく知られています。家族の了承を取り付けた深沢は、村議会の議長である長谷川源次郎、戸蔭村で一番の「大企業」である松下製材所の松下錦司社長、30人もの従業員を抱える建設会社の重田一平など、村内有力者に挨拶。いずれも、頑張りなさいといった励ましの言葉をもらえたように思えたので、深沢は、一安心。ところが、ふたを開けてみると、選挙戦は、深沢と、彼に村長の座を打診した平山助役との一騎打ちになったのです! しかも、戸蔭村の政治と経済を牛耳っている三人とも、平山陣営の有力支持者として名を連ねていました。なぜか? 最初に平山が深沢を推したのは、「中学しかでていない深沢」であれば、むずかしい数字の詰まった書類の山に面喰い、自分の思い通りに村の運営を進めることができるという陰湿な計算からでした。また、村の有力者は、けっして正義感の強い深沢を担ぐことには賛成しないだろうと考えていました。深沢の名前を先行させることで、逆に平山の存在を意識させ、最終的には平山を対抗馬として浮上させる結果をもたらすことができると踏んでいたからにほかなりません。事態はまさに、平山の思惑通りに進んでいったのです。しかし、選挙戦は、予期せぬ事態の連続でした!