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『祖国へ、熱き心を』 - フレッド・和田勇と東京オリンピック

2024年7月26日開会式から8月11日閉会式の日程で開催されるパリオリンピック。その後、8月28日~9月8日にはパラリンピックが行われます。出場するアスリートたちやその関係者にとっては、待ちに待った瞬間が近づいています。前回の第32回大会は、2020年に東京で行われる予定でした。が、コロナ禍で、1年間延期され、2021年7月23年~8月8日に行われました。近代オリンピック史上、初めての開催延期。でも、今度の大会もまた、いろいろなドラマが待ち受けていることでしょう。今回は、オリンピックやパラリンピックが話題になることを考え、1964年に開催された東京オリンピックを素材にした三つの作品を紹介します。それほど豊かではなかった日本人の生活が、高度成長によって大きく変貌を遂げた時期の話。オリンピックは、まさにその変化の起爆剤とも言える出来事だったのです。

東京オリンピック1964を扱った作品」の第一弾は、高杉良『祖国へ、熱き心を 東京にオリンピックを呼んだ男』(講談社文庫、1992年)。東京でオリンピックを開催するために奔走し、実現させただけではなく、日米間の経済・文化交流にも尽力された日系人のフレッド・和田勇の生き様を描いたドキュメントノベル。アメリカ在住の日系人がたどった試練と苦労の歴史などに関する情報もたくさん含まれています。

 

[おもしろさ] 情熱と行動力、そして日系人であるがゆえの語学力

スポーツとは関わりがなかった日系二世のフレッド・和田勇。ロサンゼルスで開催される水泳大会に出場する日本の水泳チームに宿を提供したことがきっかけとなり、日本水泳連盟の重鎮たちと知り合いになります。本書のおもしろさは、彼がその情熱と行動力、そして英語のみならず、スペイン語も理解できたという高い語学力・交渉力をフルに発揮してオリンピックの東京誘致に邁進する姿を浮き彫りにしている点にあります。

 

[あらすじ] 「東京でオリンピックを開催するのが私の夢」

太平洋戦争の渦中、アメリカ在住の日系人たちは、強制的に集団移住を余儀なくされ、辛酸を嘗めてきました。戦争後も、以前のように「ジャップ」という蔑称で呼ばれ、まだアメリカ社会から距離をおかれた存在。日本に目を移しますと、敗戦から4年後の1949年夏、依然として占領下にあり、GHQの指令・方針がすべてに優先する時代でした。国交もなかったのです。にもかかわらず、押しの強さでは定評のあった田畑政治日本水泳連盟会長の尽力で急遽、選手団を派遣することになったのが、ロサンゼルスで行われた全米水泳選手権でした。ところがその大会、古橋広之進が1500メートルと800メートルの両種目で世界新記録で優勝するなど、日本チームが驚異的な活躍をしたのです。それは、日本人、日系人にとてつもない大きな勇気と希望を与えました。一夜にして、ジャップからジャパニーズになり、胸を張って街を歩けるように変わったのです。大会期間中、古橋を含む選手・監督の一団を自宅に泊め、心づくしの世話をしたのが、和歌山県出身の日系二世のフレッド・和田勇41歳。当時、彼は、野菜・果物を中心とした「ファーマー・フレッズ・マーケット」を十店舗展開させている実業家でした。1951年4月、日本水泳連盟の招きで、訪日した和田は、田畑から「東京でオリンピックを開催する」という夢の実現に向けて是非とも協力してほしいと懇願されます。そして、東京オリンピック準備委員会の委員になった和田は、東京誘致の決め手となるラテンアメリカ諸国の票を集めるため、各国を訪問し、持ち前の行動力を駆使し、そのミッションを果たしていきます

 




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