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『巨大企業』 - モデルは「サニー対カローラ」の販売合戦! 

「自動車メーカーを扱った作品」の第二弾は、清水一行『巨大企業』(角川文庫、1995年)日本におけるモータリゼーションの黎明期に当たる1965年頃、自動車業界の覇者をめざし、不二と千代田の二大メーカーは、激しい攻防を繰り返していました。二番手メーカー・千代田の宣伝広報マン矢沢を主人公に、湯水のように金をつぎ込んで広報活動を展開する当時の状況が浮き彫りにされています。65~66年に、ポニー(千代田。モデルはサニー)の発表を軸に展開された販売競争は、奇襲とも言えるオーロラ(不二。モデルはカローラ)の圧倒的な巻き返しによって終息。本書ではその理由が明らかにされています。戦後日本自動車史における重要な分岐点となった、サニー対カローラの販売合戦などを素材にしたトヨタと日産の販売競争がモデル。

[おもしろさ] ポニーがオーロラに敗北したワケ

本書の読みどころは、千代田が常に不二の後塵を拝さざるを得なかった理由が明らかにされている点にあります。整理してみると、①千代田の技術への過信からきた販売軽視、つまり消費者のニーズに合致したクルマ作りに徹した不二のやり方とは異なって、千代田の方は、技術的に優れたクルマなので消費者に対して「さあ、買え」と言わんばかりの態度を堅持したこと、②ビーバー(ブルーバードがモデル)に対する田原宏三郎社長の過度な期待と愛着、③千代田の社長は、銀行もしくはエンジニア出身者。重役陣にもディーラーの経験を持つ者がおらず、販売はもっぱらディーラーに任せっきりであったこと、④最も大きな理由は、千代田が国民の大衆車に対する購買意欲を過小評価し、月産4000台程度の生産目標しか考えていなかったのに対し、不二の方は、当初は月産1万6000台という極めて大規模な専用工場を新設し、三年後には月産5万台という生産計画を立てたことなどを挙げることができます。

 

[あらすじ] 大衆車出現に対する国民の熱い期待の受け止め方

1965年の秋以降、矢沢をはじめとする千代田の関係者にとっての最大の懸案事項は、まもなくデビューする予定の新型大衆車をいかに販売していくかという点にありました。事前宣伝活動の一環として実施されたニューモデルの車名公募には、なんと847万8600通の応募葉書が殺到。大成功でした。文字の書ける日本人の10人に1人が応募した勘定に。そこには、大衆車の出現に対する国民の熱い期待が込められていたのです。千代田の社員たちも、久方ぶりの熱気に包み込まれました。しかしながら、のちにポニーと命名された千代田の大衆車に対する人気は、後で販売された不二のオーロラにかき消されていかざるをえなかったのです。

 




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