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『プロジェクト・ヘイル・メアリー』がおもしろかった人に、次に薦めるSF小説5選

映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が洋画として久々の大ヒット、ということで、原作小説も合わせて大きく話題になっているようだ。僕も映画を公開初日に観に行ったが、上下巻の原作小説を二時間半にまとめるために、様々な要素をカット、改変しながらも、コアな側面は外さず「映画版」として再構築し、特にファーストコンタクトもののSF映画としては、間違いなく歴史に残る作品といえる。*1

その原作にあたる同名小説は翻訳SFとしては近年最大のヒット作で、ファーストコンタクトに科学的な探求譚に人類の危機といった壮大なスケールの物語が上下巻でまとまっているという点で、初心者にもおすすめしやすい、内容的にも傑作だった。そのうえ、この絶望の時代に、非常にポジティブな気持ちにさせてくれる作品でもあり、ある意味、今この瞬間に必要とされている物語でもあったのだろう。正直、気が滅入るニュースばかりで、この作品のポジティブさには救われるところがある。

で、『PHM』が久々に読んだSFだったとか、あるいははじめて読んだSF小説だった! めちゃおもしろかったから次何読んだらいいかな? という人も多いだろうから、僕なりに五作品選出しよう。『星を継ぐもの』など古いものまで入れたらいくらでもあるが、近年の作品縛りで、それぞれどういう観点から『PHM』との類似点があるのかも紹介する。以下、PHMを読んでいる、あるいは見ていることが前提のネタが少し出てくるので注意(結末をばらしているようなものではないけれど)。

とりあえずアンディ・ウィアーの他の作品を読むべきだろう

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の著者はアンディ・ウィアーというのだが、彼の他の作品を読んだことがないのなら、まずそこから読むべきだろう。王道といえるのはデビュー作にあたる『火星の人』だ。火星探査中に砂嵐に巻き込まれ、ひとり火星の仮設基地に置き去りにされた宇宙飛行士兼学者が、その専門的な知識と科学の力でもって、ジョークも忘れないタフさでじゃがいもを作ってサバイブしていく物語で、『ヘイル・メアリー』よりこちらの方が好きという人もいるぐらいだ。

見逃されがちだが著者の第二長篇『アルテミス』もすばらしい作品だ。こちらは月面都市を舞台に、遵法精神が希薄な若い女性主人公の物語を描き出していくので他二作とはだいぶ毛色が異なるのだが、アメリカや中国といった大国が我先にと月面に基地を作り南極の水資源を抑えて資源やロケット打ち上げの極点を作ろうとしてしのぎを削っている昨今、現実的な「月資源」の観点から月面都市の経済を描き出そうとしていて、これから先ますます評価が上がる作品なのではないかと思う。

「科学」を重視した物語として

『PHM』は地球外生命体が主軸になる物語だけあって、現実に存在しない要素も導入されているが(アストロファージ推進など)光速を超えるような物理法則違反までは犯してはおらず、言語どころか生まれた星や体の組成が違えども、科学があればコミュニケーションができるという形で、科学の醍醐味を描き出している。『火星の人』もそうだが、科学的な思考や実験や計測の過程が、そのまま小説になっているのだ。

その路線で、「科学」を真正面から描き出していく、宮西建礼のデビューSF短篇集となる『銀河風帆走』(2024年)を紹介したい。宮西建礼の作風の特徴と言えるのは宇宙開発や宇宙探査、地球を舞台にしたものでも隕石の衝突とその回避を主題にしたものなど、宇宙と科学をテーマにしており、科学の重要性や意義を希望と共に取り上げていくスタイルは、アンディ・ウィアーと通底する部分がある。

地球と太陽系を喪った人類が、人間の身体構造を変えて恒星間航行に乗り出した未来を描き出す表題作(『一番近くにいる他人──レラを例に挙げて、ぼくらの身体の構造を簡略に紹介したい。彼女の体重は十三万二千トン、体形は赤道半径よりも極半径が長い偏長楕円体に近く、赤道半径は三十メートル、極半径は八十五メートル。(……)』)、火山の噴火によって世界が食糧危機に陥る最中、人間が消化できないセルロースを必須のグルコースに分解するための化学実験をひたすら描き出していく「冬にあらがう」など、どの短篇にも『PHM』とも通底する要素があり、ウィアーの科学的なプロセスを楽しそうに描き出す部分に魅力を感じる人は、楽しめるはずだ。

「宇宙」に惹かれた人は

PHMの魅力の一つは宇宙探査にある。太陽系の困難の解決策を求めて、人類は宇宙へと飛び出すのだ。映画では実に緻密に宇宙船内のセットが作り込まれていて、未来にありえるかもしれない、有人宇宙探査のリアルな情景を垣間見せてくれた。

というわけで、PHMの宇宙探査的な側面に惹かれた人には、メアリ・ロビネット・コワルの『宇宙へ』と続篇『火星へ』をおすすめしたい。本作の世界では、1952年に地球の海に巨大な隕石が衝突し、その際に巻き上げられた水蒸気で地球は破滅的な地球温暖化が進行してしまう。われわれの現実では、アポロの月着陸以後、宇宙開発は下火に向かったが、この世界では人類は月や火星に活路を見出そうと逆に活発化していく流れが描き出されていく。加えて、本作の主題は、まだまだ男性中心的だった時代に、月や火星に入植を行うとすればそこに女性がいないことはありえないと、女性飛行士の存在を認めさせるために奮闘する人々の姿が描き出されていく点にある。

テイストこそは異なるが、人類の危機を救うため、宇宙に活路を見出し、人類の総力をあげて宇宙開発に邁進していく、そうした勢いと熱量が共通している。

「コンタクト」と「希望」に惹かれた人は

『PHM』の魅力のひとつは、宇宙で出会った異種知性生物と、「科学」を共通言語として宇宙の危機に立ち向かっていく、立ち向かうことができるという、ある種の楽観的な異種知性観にある。そういう意味でおすすめしたいのが、異種の知性体を様々な形で描き出してきた春暮康一の長篇『一億年のテレスコープ』(2024)だ。

物語は長大な時間を扱がが、メインストーリーとしては、天体観測に夢中になっていた少年の望が、やがて大人になり、恒星間規模の超長基線電波干渉計(VLBI)の展開を試みていく物語になる。恒星間VLBIの拠点を広げれば広げるほど、宇宙は遠くまで見えるようになる。その過程で、自転軸の関係で三分の二以上が白夜と極夜となる惑星や、そうした特殊な環境下で生きている生物たちと出会い、生態や文化を知っていくわけだが、地球人類と地球外生命のコンタクトのメリットは、どこにあるのか。

地球人類の方が技術力や科学知識が上ならそれを提供することもできるだろう。技術発展のレベルが同じぐらいなら、外交もそれほど難しくないかもしれない。では、相手のほうが技術が上だったら? 相手には特にコンタクトのメリットはないことになる。一方的に恩恵のない関係は築く意味があるのだろうか。異文明の交流それ自体に普遍的なメリットは存在するのか。この問いかけにたいして、相手は何を考えているかわからず、先制攻撃が必殺の場合、相手を認識した瞬間に即滅ぼすのが最適解であり、友好関係は築けないという結論に至ったら『三体』ルートに行ってしまうわけだが、『一億年のテレスコープ』は、希望と共にそのメリットを提示してみせる。

『PHM』のファーストコンタクトと希望の物語としての側面に惹かれた人は、『一億年のテレスコープ』をぜひおすすめしたい。逆にファーストコンタクトに恐怖を感じる人は『三体』の方が良い読書体験となるだろう。

「ロッキー」に惹かれた人は

映画『PHM』ではパペットで作られた五本足のロッキーがコミカルに操演されていたが、初見時はあまり友達になりたくない蜘蛛に似た形状をしている。ロッキーとの関係の核心は見た目の奇妙さではなく、異なる身体・感覚・文化を持つ存在と、科学を橋渡しにして少しずつ相互理解を積み上げていくプロセスにある。そういう意味でおすすめしたいのが、エイドリアン・チャイコフスキーの『時の子供たち』だ。

物語は主に、人類がテラフォーミングを行った、地球から約20光年離れた惑星上で展開する。そこでは、猿の知性を特殊なナノウイルスで進化させ人類の後継種族を創り上げる計画があったが、計画は失敗しナノウイルスは現地の蜘蛛や他の動物を知性化させてしまう。蜘蛛は進化を続け、さまざまな研究・実験を行うことで、自力で計算機を生み出し、軌道上を回る人工衛星の存在に気がつき、自分が存在する意味にまで思いをはせていく。はたして彼らは「人間」の存在に気がついた時、何を思うのか?

ロッキーと本作の蜘蛛は見た目以外の類似性は特にないが、異種知性の側から人類や科学をとらえなおしている点が斬新といえる。

番外編

今年の6月に、「『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、『三体』に比肩する面白さの日本SFが刊行されると言ったら、信じてもらえますか? 」という強烈なキャッチコピーで矢野アロウの『マイボディ・オン・ザ・ムーン』という長篇が刊行される。

僕は先行書評を書く関係で先に読ませてもらったのだが、もし本作が刊行されていたら間違いなく今回も紹介していただろう。ただ『プロジェクト・ヘイル・メアリー』っぽいかというとそこまででもない(キャッチコピーでも「比肩する」と言っているだけで似ているとはいっていない)。ただただおもしろいエンターテイメントSF巨編であり、6月に刊行されたらぜひ読んで欲しい作品だ。現在、冒頭400枚がSFマガジン最新号に先行掲載されている。

*1:これについては別媒体でレビューが掲載される予定なので、また読んで欲しい。




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