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男性側からもジェンダー不平等を考える──『なぜ男は救われないのか』

この『なぜ男は救われないのか』は、ジェンダー平等を考えるにあたって、見過ごされがちな「男性が被っている不利益」に目を向けて、現代の男性がどのような苦境に陥っているのか。また、そうした苦境にどのような介入をすればよりジェンダー平等に近づくのか、といったことを調査していく、男性についての一冊である。

本書は、何も男性のみが女性と比べてジェンダー的な不利益を被っている、と主張しているわけではない。現代社会においては女性が不利益を被っている点もあるし(女性側だけ給与が安く設定されるなど)、男性側が恵まれていない場所・状況もある。真のジェンダー平等を実践するにあっては女性だけ、男性だけでなく、その双方の立場から意識を変えていく必要があるし、場合によっては介入も必要といえる。

本書の良いところは、印象論で「男性は不平等な状況に置かれている」と語っているわけではなく、ある程度データや既存の研究に即して議論を進めていくところにある。追加のエビデンスがなければ言い切れなさそうな領域もある上に、データの多くがアメリカ人男性に限られ、データが異なる箇所も多いので、本書の議論をそのまま日本に持ち込めるわけではないのだが(たとえば日本ではオピオイドの蔓延も絶望死も増えていないわけだ)、議論のとっかかりとしては悪くない。大変おもしろかった。

男の子は教育で遅れをとっている。

最初に紹介されるのは、「男の子は教育で遅れをとっている」という点だ。たとえば経済協力開発機構加盟国の学習到達度調査(PISA)の結果をみると、女の子は男の子よりも読解力の平均で20点以上、上回っている。一方男の子は数学の平均点で女子を上回っているが、その差は読解力ほどの差ではない。フィンランドは特に女の子の成績がよく、読解力だけでなく科学も数学も創造的思考力も女の子が上回っている。

英ケンブリッジ大学の研究でも、幼稚園から大学までのすべての教育段階で女子の方が男子よりも成績が優れている、というデータが出ている。近年は数学の差も縮まりつつあり、女の子の方が人生の初期段階では(特に読解力)学校の成績が良さそうなのは確かである。それはなぜなのか? いくつかの説があるが、著者はシンプルに、「脳の成長」の問題なのではないか語っている。具体的には、脳の30%を占める前頭前野が、女の子のほうが男の子より2年早く成熟し、小脳は女の子は11歳で十分な大きさになるが、男の子は15歳になるまで十分な大きさにならない。

同い年の男の子と女の子を見比べていると、男の子よりも女の子の方が成熟が速いと感じることは多いが、それには実際に脳の発達速度が関わっているのかも知れない。アメリカにあるほぼすべての大学では、女子学生のほうが男子学生よりも数が多く、男子大学生は女子大学生に比べて「休学」と「中退」の割合も高いという。*1

なんといっても男女の脳についてもっとも大きな違いは、その発達の仕方にあるのではなく、発達するタイミングにあるのだ。大切なことは、実際の年齢と発達上の年齢の関係が、女の子と男の子とではとても異なることだ。神経科学的な見地からいえば、教育制度は、女の子に有利になるようにつくられていることになる。p.29

著者は男女の学力差に脳の発達差があることを確信しているようだが、正直、これらの要因のどこからどこまでが脳の発達の速度の差に起因するのかまではわからない。相関関係であって、因果関係とはいえないのかもしれない。日本でもこれらのデータと相関する部分はあるが(読解力が女子の方が高いなど)、その差はアメリカのデータと比べればわずかであったりと、単純に普遍化できるものでもなさそう、というのが読んでいて僕が感じたところではある。

労働市場からも男性は消えつつある

これは主にアメリカの労働市場の話になるが、アメリカの男性は、過去30年間にわたって、技能習得、雇用率、職業的地位、実質賃金水準、四つの観点すべての指標で下方に向かっているという。たとえば、男性の実質的な一時間あたりの賃金の中央値は1970年代から下がり続けている。一方で、過去40年で女性の賃金は一律で上昇を続け、ごく一部の最上位経済階層の男性を除いた男性の賃金は停滞している。

1983年に仕事をはじめた男性は、1967年に仕事をはじめた男性よりも実質的な稼ぎは10%ほど少なくなり、女性の生涯賃金は同期間で33%上昇している。もちろん伸び率が違うのは女性がこれまで不当な状態に置かれていたからだが、男性の賃金が後退しているのは間違いない。また、女性の役割は家庭内のケア労働に加えて生活費を稼ぐことへと明確にシフトしてきているが、男性は逆に、ケアの役割を担う必要があるにもかかわらず、文化や政策は父親であることの時代遅れのモデルに固執している。

キルヴァルトは結論としてこう述べる。「妻が主婦業をすることへの期待は徐々になくなってきているが、夫は一家の稼ぎ手であるという規範はしつこく残り続けている」。マリアンヌ・バートランドらの研究では、男性はただ稼ぐだけではなく自分の妻よりも多く稼ぐ必要があるという社会的期待によって、結婚市場は深刻な影響を受けてきたという。p.71

では、どうしたらいいのか。

本書では他にも、男性の自殺傾向が女性の3倍も高いとか(日本では男性は2倍)、貧困家庭に生まれた場合の悪影響が、女性よりも男性により悪く作用する(カナダのデータでは、もっとも貧しい家庭に生まれた男の子は、女の子と比べて、大人になった時に貧困のままでいる傾向が2倍も高い)とか、様々な男性の苦境が語られている。

ではどうしたらいいのか。男子の入学を一年女子よりも遅らせるなど実現が難しそうなものもあるが、まっとうな指摘と思えるものもある。ひとつは、女性へのSTEM教育(科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics))やSTEM職への就職支援と同程度に、男性も女性が多く採用されているHEAL(健康(Health)、教育(Education)、管理・運営(Administration)、言語関係(Literacy))職につけるよう支援すべきだ、というものだ。

「教育」でいえば、アメリカでは高等学校を卒業するまでの13年間の教育期間(K-12)で、男性教師が占める割合は24%で、1980年代初めの33%から下落傾向にある。特に男性教師の割合は、小学校では11%しかない。日本では男性保育士が占める割合は4%ほど、幼稚園教諭は5〜7%、小学校教員は4割ほどになり、中学校、高校では割合が逆転して男性教員の方が多くなる(5.5〜6割ほど)。

なぜ初等教育の教員に男性が少ないのかと言えば、親からの男性教員に対する忌避感が強いなど、複数の理由がある。初等教育の男性教員の割合を増やしてなにか意味があるの? と思うかも知れないが、幼少期の教育に男性が関わることで、初等教育や子どもの世話に男性が関わるロールモデルが生まれ、ケアや教育を女性のものだとするステレオタイプの強化を和らげる役に立つ。また、特定の科目については男性教師が男の子の学業成績を押し上げる強固なエビデンスもある。やはり、男の子のことは、男性教員の方がよくわかっているのだ。

ここ数十年でSTEM分野に従事する女性の割合は増えてきているが、HEAL職についている男性の割合は減少傾向にある(1980年にはHEAL職の男性は35%いたが、2018年には26%)。純粋な雇用創出数でいえばSTEM職よりもHEAL職の方が成長は著しい(2030年までに創出されるSTEM職1件あたり、3件のHEAL職が生まれると試算)ので、雇用的な側面からもHEAL職への男性雇用は実益がある。

おわりに

この記事中でも補足したが日本とはデータが異なる面も多く、本書の議論を日本に適用できるとまでは思わないが、男性の苦境という視点から現在を見渡し、支援を加えていくのは、男女双方にとっても良い面があるだろう。

一家の稼ぎ手という明確なロールが維持できなくなり、ケアの立場に移行しきれてもいない(結婚をしたくてもできない男性もいる)、アメリカでは絶望死も増えている。そんな、苦しい状況にある男性の実像が、本書ではよく描き出されている。

*1:ただ注記しておきたいのは、脳の発達速度の男女差と学業成績の関係を直接検証した研究(2019年)では、脳の成熟が男子で遅れているという仮説は支持されず、脳の発達と認知パフォーマンスの間に関連も見られなかったと報告されている。ただこの研究では男性と女性では、従来の研究が示す通りに男性の方が女性よりも個人差が大きいという知見が得られており、この個人のばらつきが男女の発達の差の印象に繋がっているのかも知れない https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30726177/




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