そうした著者の来歴に最初に触れたのは、本作に著者の背景が一部関わっているからだ。物語の主人公にして爆破事件の調査を担当することになるアスカは日本人の母を持ち、アメリカで生まれ育った人物で、著者との類似性を感じさせる。重要なのは、本作は恒星間航行中の宇宙船内だけでなく、この恒星間宇宙船に乗り込んだ女性80人の選抜過程もたっぷりと尺を描き出している点にある。
恒星間宇宙船の乗組員は地球のリソースを注ぎ込んだ名誉ある役割であるため、訓練と選抜は10年がかりで行われ、出資額に応じて国ごとに採用人数が決まっている。アメリカと日本、二つの国にルーツのあるアスカは母親の申請時の決定によって日本人枠をめぐって参加することになるのだが、見た目が日本人っぽくなく、日本語も満足に話すことができない彼女に向けられる日本人からの視線は厳しく──と、選抜の過程でアスカはアイデンティティをめぐる問題に直面していくことになる。
アイデンティティをめぐる問題は本作のテーマの筆頭といえるが、それ以外にもシンプルな構成ながらもたくさんの要素が含まれていて、その全部が有機的に結びついていくのが本作の魅力だ。たとえば選抜過程では徐々に落第者が出ていくので、国の威信をかけたリアリティショーの様相を呈しており、みな自分が世界中、特に自国の人々からどのように評価されているかにシビアにならざるを得ない。
アスカは、彼女を支配下に置こうとする子離れのできていない母親との間で確執を抱えており、子どもの独立というテーマも描きこまれ──と、一つひとつの要素がすべて意外な形で(主人公のアスカが昔は鳥類学者になりたいと思うほどの鳥好きとかいう要素まで)本編の謎解きに関わってくる。デビュー長篇ならではの熱量だけでなく、洗練された手腕も感じさせる作品だ。以下、もう少し詳しく紹介しよう。
あらすじ・世界観など
先にも書いたが、物語は人類の新たな開拓のために、居住可能な惑星Xを目指して30年の時をかけた片道旅行に向かっている恒星間宇宙船〈フェニックス〉を描き出すパートと、この乗組員たちの選抜過程を描き出すパートが交互に展開していく構成をとっている。選抜に集められた800人は80人まで減ることになるので、厳しい道程だ。長い時間を共に過ごす上にみな同性であることから、友情も形成されるが、同時に少ない枠をめぐって争うライバルでもあり、仲良しこよしではいられない。
この設定と構成のおもしろいところは、爆破事件が起こったフェニクス号では誰が、どのような手段と動機で爆破したのかがわからないので、過去パートの軋轢や思想信条の何かが現在進行系の事件に関係してくるのではないかという緊張感が持続している点がまず一点。そして、各国の出資枠の他に(たとえば日本人には枠がひとつしかない)特別に能力が認められた場合はワイルドカード枠として採用されるので、現在を読めば誰が選抜に通ったかわかってしまうが、「誰が自国の枠を勝ち取って、誰がワイルドカードなのか?」という選抜過程を追う楽しみも両立させている点にある。
無数の読みどころ
女性しか選抜過程に存在しない理由は冷凍保存された精子によって人工授精および出産が女性だけで可能であることからだが、そうであるがゆえに選抜過程パートは一種の女子校もののような雰囲気になっていて(とはいえ『マリア様がみてる』みたいな世界観ではないけれど)、ロマンスまで含めた女性同士の関係性がみっちりと描き出されていくのも(当然、男性を除外するのは権利侵害だとする男性権利主義者らの抵抗なども存在する)フェミニズムSFとしては興味深い点になる。
アスカは枠数の多いアメリカ人枠で選抜に挑戦することができたはずだが、母親が申請書類に日本人枠として書いて提出したことから、日本語も満足に喋ることができないのに一枠しかない日本人枠を奪い合うことになる。当然、作中の日本人から向けられる視線は厳しい。アスカ自身もそれは承知の上だが、アイデンティティが揺らぎ、双方に所属しきれぬ孤独を感じたまま、選抜の過程を戦っていくことになるのだ。
アスカは日本にいるとどうなるかを忘れていた。日本は故郷でありながら故郷ではない。ここに属したいとアスカは願っていた。足の指を土に沈めて、土地にアスカを認識してもらい、アメリカにいるときには欠けていると感じることがあった自分の一部を返してもらいたかった。だが、それを感じることはできなかった。迷子になった気分だった。p.107
一方の宇宙船内のパートはパートで最初から波乱含みで、宇宙船内という完全な密室下、爆破は明らかに人為的な現象だったことから船内に犯人がいることはほぼ確実な状況で、アスカは代替要員であるということ、また命を落としかけたという状況から見て調査役に任命され、「裏切り者」をあぶり出していくことになる。
アスカは選抜過程で、何か音楽とか工学のような優れた専門分野を持っているわけではないが、サバイバルシミュレーションで地震の発生から津波を想起し即座に高台に逃げることを決断するなど、サバイバル能力が異様に高いことが過去パートで示唆されており、その能力は船内の爆破殺人事件という特殊状況下で開花し──と、どこをとっても過去と現代の接続がうまいのだ。現代パートは「乗組員全員女性」という点を除けばはクラシカルな趣だが、脳にインプラントされた拡張現実装置やAIも謎には関わってきて、こちらの水準も女子校パートと劣らず非常に高い。
おわりに
アスカはアメリカ人にも日本人にもなりきれない孤独感を抱えているが、それは移民船の乗組員全員に同調した心情といえる。というのも、彼女らは一方通行の旅に出た時点で、移民者と自国、二つの文化に引き裂かれた人間になっているからだ。アイデンティティの分裂、そしてそれに伴う孤独感という題材を描くに当たって、実は一方通行の恒星間宇宙船というのは、うってつけの題材だったのかもしれない。
二つの文化の「間」に立つ著者だからこそ掴みとれた主題が、SFの枠組みと見事に噛み合った一作だ。