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食の好みや精神疾患まで、様々な要素が免疫系や腸内環境と関係している可能性を示す一冊──『脳の中の免疫、免疫の中の脳』

  • みすず書房
この『脳の中の免疫、免疫の中の脳』は精神科医で皮膚についての著書もある(前は皮膚科医だったから)著者が、「こころと免疫」の関係について書いた一冊だ。

免疫は外部からやってきた細菌やウイルスといった外敵から身を守ってくれるが、かつて脳に関しては「免疫特権」があり、免疫と無関係の領域だと思われていた。これは何も思い込みで語られていたことではなく、ラットの身体に腫瘍細胞を移植すると免疫細胞がただちに攻撃をはじめるのに、脳に移植しても腫瘍が生き残ったといった、実験結果があったこと。循環血液と脳とを隔てる血液脳関門が存在すること。解剖学的には脳にはリンパ管がなく、免疫系のネットワークに繋がっていないようにみえることなども相まって、脳で免疫活動は行われないと考えられていたのだ。

とはいえそれも昔の話。近年では、脳内には免疫細胞を頸部リンパ節へと輸送し、脳の免疫監視に寄与する髄膜リンパ管が存在することが発覚し、脳と免疫系には密接な関係があることがわかってきた。それに伴って、これまでは薬もきかず治すのが難しかった難治性のうつ病や、アルツハイマー病をはじめとした認知症と脳内の炎症の関係など、数々の繋がりが明らかになりつつある。本作は、そうした近年の脳と免疫、炎症反応の関わりについて近年の研究を中心に紹介していく一冊だ。

 一〇年前、脳と頭蓋骨に挟まれた部分は生物学的なエアパッキングであって、緩衝材として作用する液体で満たされていると考えられていた。それがいまや、脳は複雑な免疫器官に包まれているという事実が示されている。髄膜の免疫系に備わった非凡な特質とは、身体の免疫細胞が入ってきて脳の大切な神経の周辺をかき回し、壊れやすいネットワークを混乱させてしまう心配なしに、脳を常時監視できることだ。この発見だけでも神経科学における革命だと断言できるし、実際に脳疾患の治療に関して有望な成果が報告されている。p.41

脳と身体の免疫系は密接に関係している

脳と身体の免疫系が密接に関係している事例をいくつか紹介してみよう。わかりやすい事例としては、2021年にマウスを対象に行われた実験がある。この実験ではマウスの腸内で炎症を起こす化学物質を飲ませた時、脳内で連動して活性化されるニューロンを大脳皮質の一角で特定したのだが、同じ箇所のニューロンを刺激すると、炎症がおさまっていたはずのマウスの腸でも同じ炎症反応が起こったというのだ。

また、免疫システムを担う免疫細胞の約7〜8割が腸に存在することから、免疫と腸内細菌・微生物に密接な関係があることは前から知られていたが、それは腸内細菌と脳の結びつきも強いことを意味する。たとえば、無菌にされたマウスと一般的な腸内微生物を持つように育てられたマウスとを比較すると、無菌マウスは前頭前野で髄鞘が過剰生成され、ストレスホルモンの濃度が異常に高くストレス反応が過敏である他にも、(無菌マウスは)単独行動を好む傾向、コミュニケーションにきわめて乏しく、周囲を探索する意欲もみせないことが知られている。

食事の好みが腸内微生物によって決まっているかも知れない?

これと関連しておもしろいのが、健康なマウスのマイクロバイオームを無菌のマウスに移植したところ、無菌マウスは急にいきいきと活動をはじめ、周囲を探索するようになったという。*1そして、数年後に、抑うつ状態を抱えたヒトの微生物叢をラットに移植し、そのラットにうつ行動が引き起こされることも確かめられた。

メンタルだけでなく、食事の好みにも腸内細菌の影響は及んでいるようだ。2022年の研究では、食性が異なる野生の齧歯類のマイクロバイオームを無菌マウスに移植すると、移植を受けたマウスの採餌行動のタイプと何を食べようとするかが推定できるようになった。細菌ごとに好みも違って、プレボテラ属の細菌は炭水化物が大好物。ビフィズス菌は食物繊維が、バクテロイデス属の細菌は脂質を好み──と、これに関するヒトを対象とした研究報告はまだ存在しないが、腸マイクロバイオームの構成はわれわれの食の好みに影響を与えている可能性はあるだろう。ひたすらにファストフードを好む人は、脂質好きの細菌に誘導されているのかもしれない。

若いマウスのマイクロバイオームを高齢のマウスに移植することで、脳に観られる加齢に伴う免疫機能の衰えを回復させたほか、空間学習・記憶テストで認知機能の改善がみられたなど、老化する脳を若返らせるような効果もみられた(別々の2チームのよる追試で再現もされている)という。昔から金持ちは若者の血を自分に輸血することで若返りをはかってきたが(現時点では科学的根拠がない)、いずれ研究が進展したら、健康な若者の糞便を売買するマーケットができるようになるのかもしれない。

うつと炎症

免疫状態と脳が密接に関係しているのであれば、うつのような精神疾患と免疫も関係しているのではないだろうか、といえば、これも近年関係を示すエビデンスが増えてきている。まず、抑うつ状態にある患者にたいして抗うつ剤で寛解するのは、およそ三分の一とされている。何らかの改善がみられるのは三分の一で、残りの三分の一には何の効果も表れない。この効果の表れない三分の一の人々のすべてではないにしろ、一部は炎症が関係しているのではないかというのだ。

たとえば、抑うつ状態を抱える人の4分の1において、血液検査の炎症マーカーのわずかな上昇が認められ、軽度の慢性炎症が発生していることを示す研究がある。2022年の研究では、抑うつ症状をうったえる人は血液中でさまざまなタイプの免疫細胞が増加していることを示している。2020年のケンブリッジ大学の研究では、抑うつ状態を抱える200人と、健康な対照群300人の血液サンプルを元に分析を行い、研究者らは「炎症性うつ」を抱える、患者群のうちおよそ3分の1を占めるグループを、明確に識別できた。このグループではCRPと炎症性サイトカインの増加(この二つは別の研究でもうつとの関係が十分に立証されている)以外に、血液中を循環する自然免疫系と獲得免疫系の免疫細胞の数にいずれも増加が認められたのだという。

このグループは抑うつ状態がほかのグループよりも重症で、炎症性うつの患者には従来の抗うつ剤が効きにくいという結果もでている。抑うつと炎症に関係があるのはほぼ間違いないとして、抑うつ状態が炎症を引き起こすのか、あるいは逆に炎症から抑うつ状態が生じるのか? 著者がこの分野の専門家に問いを投げかけたところ、そのどちらもありえる、という話であった。炎症から抑うつ状態が起きることも、抑うつ状態から炎症が起きることも(最初に紹介したマウスの研究を思い起こさせる)。

抗炎症薬を投与することで抑うつの心理的症状が軽快するという臨床事例も多くあり、血液検査で明確に炎症性のうつと診断されれば、抗炎症薬で回復に向かう──といった未来も、近いのかも知れない。

健康でいるためには?

では、そうした諸々を勘案して、健康でいるためにはどうしたらいいのか? といえば、これはよく知られていることが書かれている。食物繊維と発酵食品がたっぷりの食事をとること。運動をすること。また、慢性的なストレスは様々な炎症反応を引き起こすことも知られているから、できるだけ心安らかに過ごすのが良い──と、よくきく話が並ぶ。ただそれだけのことだが、それがどれほど難しいことか……。

おわりに

マウスを対象にした研究の紹介が多く、参照されている論文をいくつか実際に確かめてみても表現を誇張していたりする部分もあるように思うが、脳と免疫や炎症の関係性については、今後より研究が発展していく部分なのは間違いない。冒頭でも少し触れたが、アルツハイマー病などにも慢性的な炎症が関係しているのではないかという仮説があり、現在ミクログリアの過活動と神経炎症を標的とした薬の開発も進んでいるという。それらの成果も、また10年以内に出てくるのだろう。

*1:しかしなぜ無菌マウスだとコミュニケーションが乏しく、周囲を探索する意欲がなくなってしまうのか? 仮説の一つとして提示されているのは、微生物は自らが繁殖するために宿主の社会性を高めているのではないかとするものだが、そうだとしたら恐ろしいような、ありがたいようなである。




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