これを単純化して説明するために、閉鎖的な環境の「債務王国」を想定してみよう。この王国民はみな年に500ドル稼ぎ、500ドル他の店で使う。これは経済活動だが、流通している総マネーは一切増えず、国民の総支出も変わらない。しかし、そこで誰かが銀行から100ドルを借金して、それを使った場合、マネーの供給は100ドル増えて、支出も100ドル増える。限定された状況下の話ではあるが、これが「債務によってマネーが創出され、経済成長にはマネーがなくてはならない」の内実だ。
他国からの貿易黒字があった場合は国外からの流入でマネーが増大しているわけだし、融資された金で中古車や中古住宅を買った場合も、GDPを増大させることはない。本当に債務なしで経済成長する方法はないのかしらん──? とか、そうした細かい話をしていくのが、本書のメインとなる部分になる。債務の増大は日本固有の問題ではなく、世界の経済大国ではどこでも起こっていることだから、本書を読むと経済で何が起こっているのか、債務を通してよくわかる。最終的な「じゃあどうすればいい?」という部分については若干の疑問だが、総じておもしろい本だった。
誰かの赤字は誰かの黒字
債務によって経済は成長するが、債務が増えると問題が発生する。その一つは、格差の増大だ。たとえば、ば2020年、新型コロナウイルスの世界的な蔓延の中、アメリカ政府は3兆ドルを投じて、債務を膨張させた。しかし、一方で同年にアメリカの家計資産は14兆5000億ドルも膨張し、史上最大の家計資産増を記録していたのだ。
ここがポイントなのだ。政府が支出しても、そのマネーは消えてなくなってしまうわけではなく、そのほとんどが結局、家計の懐に入るからだ。
全体としてみれば、家計、企業、政府を合わせた国全体の資産は11兆ドル増大し、その膨張分はもっぱら家計資産に流れ込んだことになる。マネーが支出されている分、潤っている人間がいるという当たり前の話ではあるのだが、家計の資産がそんなに増えたなら、アメリカ市民はみんなハッピーだろう、といえばそんなことはない。
先程の「債務王国」に登場を願うと、債務王国の政府は下位60%の家計に属するAさんに1200ドルの小切手を送るために借り入れをしたとする。Aさんはもちろん1200ドルもらえて、一時的に資産が増える。だが、Aさんはその救済金で同じく債務王国市民のBさんが経営するスーパーで食料品を購入する。Bさんは富裕層の上位10%で、BさんのスーパーはAさんの買い物で利益が増え、さらに店の利益が上がることで株価も上昇し、Bさんの純資産も上昇することになる。Aさんは一時的に給付金をもらえてハッピーだが、彼はそれを消耗品で使い切ったので純資産は何も増えていない。
政府の支出によって家計の資産は確かに上昇しているのだが、家計資産の大部分は株式と不動産の価値上昇に起因している。そうなると、アメリカでは家計の上位10%が株や不動産の大部分を所有するので、彼らはますます富み、現金以外の資産をほとんど持たない下位層は、逆に政府支出に伴う家計資産の増大に、そこまであずかることはできない。この例はユニバーサル・ベーシック・インカム的な発想の福祉・救済計画がすべて同様の結果に至る可能性を示している。
債務に上限はあるのか?
債務によって経済成長するのであれば、必要なだけ債務を増やしていけばいいのではないか? と思うかも知れない。だが、少なくとも民間債務には上限がある。筆者によれば、民間部門の債務の上限はGDPの200〜250%で、それ以上は返済が不可能になるケースが増える(日本の民間債務対GDP比は2024年で169.9%)。
一方で、政府の債務には民間債務のようなわかりやすい限界は存在しない。国家は経済成長を目指し、経済は債務によって成長し、政府債務にはわかりやすい限界はない──というふうに論理が繋がっていくと、政府債務を増大させるという結末に自然と行き着くがゆえに、世界各国の債務は現状増大に向かっている。では、そうした債務の増大に、民間債務のバブルの崩壊のようなわかりやすい崩壊が訪れなかったとしても、限界はあるのかといえば、「ある」というのが筆者の立場だ。
わかりやすいのは先の格差の例だが、他にも近年の日本を筆頭に、債務の比率が増大していけばいくほど、債務あたりのGDPの伸びが鈍化し、最終的には債務が上昇しても負担が増えるばかりでほぼ何の見返りもない世界を招くだろう、という。
負債に頼らない経済成長は可能なのか?
と、ここでじゃあどうしたらいいのか、という話になる。
重要なのは、債務の増大が避けられないのであれば、最低限債務の行き過ぎを防ぐことだ。たとえば民間債務が問題になるレベルを超えていないか、不動産債務、エネルギー部門債務、自動車ローンなど、主要なカテゴリーの伸びの速度をモニタリングするべきだと著者は語る。2008年の金融危機は民間債務の抑制のきかない累積によるものであり、2006年にはアメリカで370万戸の住宅が売れ残っていたが、2000年には170万戸であり、3倍近い上昇を示していた。アナリストは注目する指標を間違えなければ、本来崩壊の数年前には警告を発することができたはずなのだ。
他にも、下位層と上位層の格差の拡大をマシにするために、下位ー中流層の所得を増やす施策(大規模な再就職のためのスキル訓練プログラムとか、低所得者ー中流階級家計に現金以外の資産へと誘導するとか。日本でいえばNISAをはじめとした投資信託への誘導施策もこれだろう)も語られていくが、こちらはありきたりである。
特徴的な対策といえるのは、「永久通貨」への言及だ。債務によって経済は成長するが、債務が増えると問題がある。であれば、債務以外の通貨供給はどうだろう? 具体的には財務省が中央銀行に対して、償還期限のない無利子の証券を売却する。無利子で期限もないのでこれは本質的に債務ではない。
このような方法を「永久通貨」と呼ぶことにしよう。債務ベースの通貨と永久通貨のバランスをとることが、金融政策を管理する上で、健全で技術的に優れた方法である可能性が高い。
問題はこの永久通貨を大量に発行すると現実のインフレを引き起こすことだ。金が市中に溢れてそれを返す必要もないとなったら際限なく物価は上昇する。そのため、発行量の制限と規律の遵守が必要だ──という。素人目には「本当にそんなコントロールができるのかよ?」と思ってしまうが、「(債務に頼り切りにならないための永久通貨の導入は)考えるべきテーマの一つである」という部分には納得できる。
おわりに
日本経済への言及も多く、実際に日本の負債が高まり続けている現状、参考になるところの多い一冊であった。日本は長い間政府債務が増大しているのになぜ日本の失われた30年を経験したのかといった話題など、浮かんでくる疑問はだいたい本文中で説明されていると思われるので、ぜひ読んでみてね。