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公共を拒否し、国からの離脱を求める人々が社会を破壊する──『破壊系資本主義――民主主義から脱出するリバタリアンたち』

  • みすず書房
この『破壊系資本主義』は、新自由主義の研究者クィン・スロボディアンによる、急進的市場主義者たちの歩みを描き出した一冊である。急進的市場主義者とはなんぞやと思うかもしれないが、たとえば資本主義には民主主義は不要であると考える無政府資本主義者のような、原理的な市場追求者たちのことを指している。

オンライン決済企業ペイパルの創業とフェイスブックへの初期の投資で財を成したピーター・ティールは、「私はもはや自由と民主主義が両立するとは思っていない。自由至上主義者が取り組むべき大仕事は、あらゆる形態の政治から逃れる方法を見つけることだ」と書いたが、同じことを考える大富豪・権力者は多い。トランプの最初の選挙戦で上級経済顧問を務めたスティーヴン・ムーアは、「資本主義は民主主義よりずっと重要なものだ。私は民主主義をそれほど信じてもいない」と述べている。「資本主義のためなら、民主主義は必要ない」と考える人間は彼らがはじめてではない。

大富豪・権力者は昔から、規制や税金を嫌って、公共を拒否し、国家から離脱しようとしてきた。彼らの実験的な離脱の試みは、世界の資本主義と国家体制を歪ませつつあり、それが「破壊系資本主義(crack-up capitalism)」というタイトルに繋がっている。現代の社会を理解する上で、重要な視点を持った一冊だった。

破壊系資本主義とは何なのか

破壊系資本主義の説明の前に、本書で中心的な考えとなる「ゾーン」について説明しておきたい。ゾーンとは、通常のさまざまな規制の制限を受けない国内の異質な飛び地のことを指している。中国の深センや香港が有名だが、一種類ではなく、経済特区、輸出加工区、外国貿易地域など、現在世界には82種類のゾーンがあるという。

ゾーンは国境をまたぐ製造ネットワークの拠点であり、逓減率または免税の法域になることも多く、多国籍企業が利益の秘匿に利用する租税回避地としての側面もある。いま世界には5400のゾーンがあり、この10年だけでも1000箇所が増えたというが、ゾーンの問題点は無政府資本主義者や自分の資本を退避させたい人々の実験場と化している点にある。というのも、無政府資本主義者をはじめとした急進的な資本主義者は、自分で国を作るのは不可能であるから、政情不安定な国を狙って独自の法律の国を作ろうと試みることがあり、ゾーンを公平な現在や未来を求めて要求を突きつけてくる民衆を排除できる場所──ようは、好き勝手できる実験場として使うからだ。

ゾーンが世界各地に乱立するようになった結果、既存の社会は細切れになり壊れつつある。このように、新たな理想郷のためにゾーンを拡大していく思想や運動のことを、「破壊系資本主義」と呼称しているようだ。たとえば香港はゾーン・一国二制度の成功例として語られてきた希望の星だが、デモは頻発するようになり、言論・集会の自由は制限され、民主派は弾圧されている。さらには、自由な競争が行われる市場ですらなく、権力者が富を独占していて、香港の10大ファミリーは企業部門の3分の1を傘下に収めているという。相続税もないので、富は一族がそのまま受け継ぐのだ。

ゾーンが生み出す世界は、実は民間企業が激しい競争を繰り広げる1000の政体からなるパッチワークなどではない。国家資本主義体制を採用するひと握りの超大国の立場を強化する存在、それがゾーンの正体だ。p.274

乗っ取りを画策する無政府主義者たち

本書では既存の民主主義なき資本主義がどのような発展を遂げたのかを詳細に追った後、無政府資本主義者たちがどのようにして自分の理想を追い求めたのかを描き出していく。前にリバタリアンがニューハンプシャー州の村に大量に移住してそこを(リバタリアンの)楽園に変えようと試みた本の書評を書いたが、リバタリアンが理想を実現するのに一番手っ取り早いのは既存のインフラにタダ乗りすることなのだ。
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たとえばオランダ人弁護士のマイケル・ファン・ノッテンは20世紀の急進的市場主義者の見本のような人物で、政情不安定なソマリアに目をつけた。ソマリアは1980年代から国内で独裁体制に対する反乱軍が組織されるようになり、1991年には完全な内戦状態に陥ったが、ファン・ノッテンは反乱軍指導者と関係を結び、その機に乗じてソマリアに無政府資本主義の理想郷を作ろうと試みる。

そもそも、ソマリアは無政府主義者やリバタリアンにとって注目の場所だったらしい。というのも、この地では「氏族」の世襲系統を軸に組織され、中央集権的な政府を持たない珍しい社会秩序を持っているので、無政府資本主義のテストに最適とみられていたのだ。ファン・ノッテンはソマリアを無政府国家(禁止事項、制裁、刑罰と、それを判事が監督・管理する法は存在し、無法国家ではない)にしようと画策した。

うまくいくはずがないと思うのだが、ソマリアではいちおう、国家崩壊後の1990年代からGDPが成長し、輸出と投資が増え、平均余命さえ伸長したという(裕福なドバイがソマリアに投資し、実質的な前哨基地と化していったのが大きいようだが)。ただ、国家崩壊後のソマリアでもっとも成長を遂げ治安も安定したのはソマリアから独立して事実上の国家となったソマリランドであることを考えると(選挙も実施されている)、やはりソマリアは無政府資本主義が機能する例とはとてもいえないだろう。

他にも経済成長理論を専門とするスタンフォード大学の教授のポール・ローマーは「貧しい国を説得して、無人の土地を提供させ、その土地を豊かな国が運営する」、ようは現地の要望による実質的な植民地支配のプロセスを「スタートアップ行政区域」と呼んでその候補としてマダガスカル島などいくつかの国・エリアをめぐってみせた。最終的に彼らが目をつけたのは2009年にクーデターが発生したホンジュラスで、クーデター実行者の協力を得て、「海外のパートナー国に運営権と治外法権を与える特別開発地区(RED)」計画がスタートする。REDには他の国民国家との条約の締結や独自の移民政策までもが許され、香港と同程度の自治権を持つことになった。

その流れに乗ったのはローマーだけではない。ミルトン・フリードマンを祖父に持つパトリ・フリードマン(祖父の考えを過激化させた極端な無政府市場主義者)は国家が破綻するならわれわれが起業家として経営を引き継いで、好きなように法律を作れば良いと語り、ティールの仲間を集めて投資グループ「未来都市開発」を設立し、シリコンバレーのイノベーションの精神をホンジュラスに持ち込む計画を発表した。

他にも様々な無政府市場主義者がホンジュラスに群がってきたが、RED(という名の実質的な植民地支配)実現の裏には政府による暴力的な抑圧や数千件の違法な拘束、抗議活動に参加した市民や活動家の殺害といった事件があり、国民の反対は止まらなかった。2021年にはホンジュラスで国政選挙の仕組みが機能するようになり、22年には新政権が誕生。REDを引き継いだ雇用経済開発地域(ZEDE)の廃止が決定された。

 制約のない経済的自由という非現実的な理想を追い求める、〝離脱への道〟は、一方通行ではなかったのだ。(……)地表を交換可能な部品で構成された回路基板のようなものに変える構想には、いまだ手強い敵がいる。すなわち、容易に達成できない理想をかかげつつ、民主主義の原則を信じて声を上げる民衆である。p.236

おわりに

と、本書の中でも特に後半の章を中心に紹介したが、本書では他にも、ゾーンの成功例として知られる香港やシンガポールを解き明かしていく第一部「小さな島々」。無政府資本主義者がどのようなロジックで(フリードマンの息子(デビッド・フリードマン)も無政府資本主義者)自説を論じているのかなどを語る第二部「部族化する世界」、第三部ではホンジュラスなどの例に加えてメタバース上の建国について触れていたりと、話題は広範なので、気になった方はぜひ読んでいただきたい。




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