独裁者は権力が集中しているから、ベネズエラのような極端な例を除けば私腹を肥やし安泰な生活がおくれるのではないかと思ってしまうが、実態としては様々な側面からがんじがらめな上に、独裁体制を自分の意志で安全に終わらせることすら難しいことが本書を読むとよくわかる。2790人の国家支配者のその後を追った調査では、個人の独裁者に限れば、約69%が権力の座を失った後に、殺されたり逮捕されたり国外逃亡を強いられている。安泰な引退ができる独裁者は、半数以下にすぎないのだ。
本書には独裁者の倒し方が書いてあるわけだが、独裁者視点でみれば「生き延びるためには何に気をつける必要があるのか、どのような取りうる手段があるのか」が書いてあり、実質的な「独裁者完走ガイド」にもなっている。外国勢力の暗殺や拉致を防ぐにはどうしたらいいのか? その答えも(簡単ではないが)ちゃんと書いてある。仮に僕が国家の独裁者になることがあったら、まず第一にこの本を読み返すだろう。
独裁者になってしまったら、降りるのは難しい。
本書で繰り返されるのは、「独裁者に一度なってしまったら、降りるのは難しい」という端的な事実だ。嫌になったらHUNTER蟻編のディーゴ総帥みたいに誰かそのへんの人に権力を渡して自分は引退宣言すればいいんじゃないの?(ディーゴ総帥は影武者を用意したから話が異なるが) と思うかも知れないが、ことはそう簡単ではない。
たとえば個人独裁者は刑事免責を持ち私腹を肥やすために数多くの悪事を働いているから、自分が退任した後も罪に問われないように後継者に守って貰う必要があるが、それだけの権力と忠誠を持つ人物に安全に権力を引き継げることは稀である。カザフスタンの初代大統領ナザルバエフとその後継者トカエフのように、元個人独裁者を守るほどのことができる権力と能力を持つ人物は、容易く元独裁者を破滅させる。
ここに、解決不可能な重大なトレードオフがある。一方では、身を引こうと思っている独裁者は、権力を手放した後に自分を守ってくれるほど強力で有能な人物を見つけなければならない。その一方で、引退後の独裁者を守れるほど強力で有能な人物は、元独裁者を破滅させることもできる。そして、後継者は現に、退任する独裁者を破滅させることが多い。なぜなら、自尊心のある独裁者なら、脇役に甘んじることは稀だからだ。
後継者指名ではなく民主主義体制への移行は? と思うが、独裁政権の崩壊についての調査によれば、民主化に成功したケースでも個人独裁者に良い結果となる可能性は36%しかない。やはりもともと罪を犯しているからというのもあるし、そもそも独裁者の周辺にいる甘い汁を知っている人々がそれを許さないのもある。そのため、多くの独裁者は、死ぬか失脚するまで独裁者でいることを強いられるのだ。
独裁者で居続けることもまた難しい。
とはいえ独裁者でいれば私腹も肥やせるし何でもやりたい放題なんだから、そもそも降りる動機が存在しないんじゃない? と思うかも知れないが、こちらもそう簡単な話ではない。なぜかといえば、独裁者には常に内外に敵がいるものだからだ。
1950年〜2012年に、473人の独裁的な指導者が失脚しているが、そのうちの65%が政権内部の人間によって地位を追われている。独裁者は、権力の座にとどまり周囲を制御するために、絶えまない恐怖に満ちた環境を生み出す必要にかられる。その恐怖が批判者たちを黙らせ、おべっかを使わせるわけだが、そうなってしまうと独裁者の周囲は真実を語らなくなり、本当は何を考えているのかを決して知り得なくなる。
そのような状況では誰が謀反を企んでいるのかわかったものではない。状況を改善し、謀反を防ぐための手段の一つは、周囲に金をばらまいて満足させることだ。世界で際立って不道徳な政権が石油や天然ガスやダイヤモンド産出国にみられるのは、必然的な流れと言える。石油は莫大な利益を産む上に産出と販売にそこまでのエリートの数を必要としないので(外注もできる)、周囲が無能だらけでもなんとかなる。
金だけですべてが支配できるわけではないが、独裁者は楯突くものや怪しい行動を示したものは、政権から排除したり最悪殺したりといったことも可能である。しかし粛清も「理不尽だ」と思われるようになったら、部下たちは手遅れになる前に独裁者に反旗を翻そうとするだろう。独裁者は金と弾圧によって本音を語らぬ臣下たちを統制する必要があるが、そこでは繊細なバランス配分の技術が必要とされる。
また、反政府勢力から政権を守るには、独裁者は強力な軍隊を必要とする。だが、軍隊に力を与えすぎると、将兵が強くなりすぎて、独裁者は倒されてしまうかも知れない。軍が弱ければ外部からの脅威が産まれ、強ければ内部からの脅威を招く──と、とにかく独裁者というのは在職中に様々なジレンマに襲われるものなのだ。
独裁者はどうしたらいいのか?
じゃあ、独裁者はこうしたジレンマにどう対抗していけばいいのか。たとえばひとつの軍が強力だとクーデターが起こった時問題なので、軍を役割ごとに複数に分割するのは良い手だ。正規軍とは別に、併設軍や独裁者の護衛部隊にわける。
また、軍内部の繋がりを弱めるために、頻繁に治安機関の人員を配置換えする。これはサダム・フセインもとっていた標準的な手順であり、あらゆる独裁者は軍を再編すべきといえる。だが、再編時は混乱に見舞われ、警察権力が削減されたりといったことに不満を抱くものも現れやすく、再編自体がクーデターの要因にもなりうる。
様々な問題を一気に解決する魔法のアイテムもある。それは核兵器をはじめとした大量破壊兵器だ。たとえば核兵器を持っていれば、クーデター防止に立ち戻る必要もなくなる。核兵器を撃てるだけの少数の兵士さえ確保できていれば、抑止力として機能するうえに、兵士たちがそれを使ってクーデターを起こすことも難しい。
先日のベネズエラのマドゥロを襲った出来事も、核兵器があれば防止できたかもしれない。金正恩と北朝鮮政権は、2022年に、「敵対勢力による攻撃のせいで我が国の核戦力の指揮統制耐性が危険にさらされた場合には、敵対勢力を破壊するために、あらかじめ定められた作戦計画に基づいて自動的かつ即時に核攻撃が開始される」と宣言したが、これは外国勢力による暗殺という脅威に対抗する手段だ。*1
当たり前だが核兵器はそう簡単に開発できない。核開発を進めていることに他国が気がつくとすぐに経済制裁や軍事行動の脅威につきまとわれることになる。そのうえ核開発には優秀で真っ当に機能する機関が必要とされるが、多くの独裁国家は現在の独裁者を権力の座にとどめることを目的に構築されるので、そのような機関がまっとうに支援され、成長することは稀である。たとえばカダフィ支配下のリビアには十分な数の技術者も科学者もいなかったが、それはカダフィが科学とテクノロジーを反体制運動の根源とみて、その分野の高等教育に投資しなかったからだ。
なので、独裁国家で核兵器を持つのは簡単ではないにしろ、他にもクーデターや暗殺から身を守るために外部の準軍事組織を使うとか(中央アフリカ共和国ではロシアのワグネルが暗殺から政権を守るために使われていた)。暗殺を避けるために公の場に登場する回数を減らすとか、部分的な鎖国を目指すとか、現実的な策も紹介されている。
おわりに
他にも、民衆の抗議運動がどのようにして政権の打倒に繋がりうるのか(非暴力的な市民運動に国民の3.5%が参加した時、失敗した革命は一つもないという、3.5%ルールが存在する)。独裁者が倒れた時、何が起こることが多いのか。独裁者が病や寿命で亡くなったケースでは、政権交代が起こりにくい理由(わずか8%にすぎない)について。
アメリカがよく実施する外国勢力の強制介入がまずうまくいかない理由について、そして先にも書いたようにクーデターは成功率の高い良い手段だが、たった一回でもクーデターを経験した国はその後何度もクーデターを起こすようになる「クーデターの罠」がある──など、こんなことは言いたくはないが、各所で戦争やクーデターが頻発するこの混迷の時代に、非常に参考になるデータや研究の紹介が多い。
*1:これは北朝鮮はともかく周辺諸国には相当厄介な状態になる。たとえば金正恩とは無関係な北朝鮮の武器庫を韓国軍がミサイルで攻撃したとして、偶然にもその周辺に金正恩がいた場合、誰も望んでいない核攻撃が実施されてしまう可能性があるからだ