この未来の世界でもまだマンモスの遺伝子を完全に再現して作り出すことはできないから、あくまでも象の遺伝子を編集して「マンモスに近い何か」を作り出すことしかできない。そのうえ、おそらく群れで暮らしていたマンモスを単体で蘇らせても動物園の見世物にしかなんらず、真の復活のためには生態系ごと復活させる必要がある。さらには肝心のマンモスも「自分たちがかつてどうやって生きていたのか」など知るよしもないから、その教育が必要で──と、そこまでやっても今度はマンモスが多数保護区に復活したら今度は当然その牙を狙う密猟者たちがうようよ集まってくる。
本作では、そうしたマンモスの復活と聞いて想起されるような問題や課題が短いながらも一通り提起され、物語を駆動していく。また、遺伝子編集要素とマンモスの復活は容易に結びつくが、そこに意外な形でマインドアップロード技術が結びついてくる。中篇ということもあって二時間程度あればサクッと読み切れるので、手軽に読めておもしろいSFを探している人にはぜひおすすめしたい一冊だ。
あらすじ・世界観など
物語の舞台は先に書いた通り、遺伝子編集技術によってマンモスが復活した近未来。復活の手法としては、マンモスのDNAと象のDNAの違いのすべて、アジア象から分岐して以後の600万年間で遺伝子に発生した変化のすべてを洗い出し、遺伝子編集を実施。アジア象を代理母にしてマンモスを産み落とし、さらには種そのものを復活させるために、マンモスが生きられるための環境をシベリアに用意している。
しかし、そこまでやってもマンモスを解き放つと次々と死に始めたのだと保護区の管理者は語る。適切な群れを形成できず、不必要に自分を傷つけ、出産も未だゼロだと。この世界では半世紀以上前に野生のアジア象もアフリカ象も人間に狩り尽くされたことで死滅しており、象の行動に造詣が深い人物すら存在しない。
そこで関わってくるのが、「マインドバンク」と呼ばれる、いわゆるマインドアップロード技術だ。一部の天才や専門家はこの技術を使って、自身の記憶や意識をアップロードし、いつでも再生できるようにする。この世界にも象はまだ生き残っているが、それは動物園などで保護された象であって、野生下の象ではない。しかし、かつての象の研究者であれば、野生下の象の生態と行動を熟知している──。
およそ一世紀前、象の行動に関する研究の第一人者で、密猟者と過激な戦いを繰り広げたダミラ・ヒスマトゥリナ博士はこのマインドバンクに登録されており、この時代における「唯一野生下の象の行動を熟知している専門家」として再生される。
「あなたは野生の象とともに働き、生活した唯一の人間の意識だ、とさっきいいました。それは事実です。でも、別のいいかたをするべきでした。あなたは、どんな形にしろ、象の文化を知る唯一の意識なのです。最後の野生の象は半世紀以上前に死に絶えました。わたしたちの代理母の象も、代理母たちが知るすべての象も、飼育下で育ちました。地球上では野生の象の文化はすでに滅んでいて、あなたの心のなかにしか残っていないのです。p.65
「象の生態を知る人が他にいないのはそうだろうな。野生の象が死んでいるんだから」「だから助言をください」となるんだろうなと思いながら読んでいたのだが、その後ダミラ博士にされる提案はトンデモないものだ。『「年長メスになっていただきたいのです。あなたの意識をマンモスの一頭に移させていただきたいのです。そしてマンモスたちを導いてください。マンモスとしてのありかたを教えて下さい。あなたがリーダーになっていただけたら、マンモスはきっと繁栄するでしょう。」』p.67-8
マンモスへの意識の移植、生態系そのものの復活への意志
な、なんだってー! という感じだが、たしかにこれができれば理にかなっている。野生下の動物は親や群れの中で狩猟の仕方や危険からの逃げ方を教わるが、飼育下の動物にそんな機会はないから、野生にそのまま離しても生きていくことができない。
現代でも密猟者に母親を殺された象は、一度保護され人間に飼育された上で野生に戻されることもあるが、それは高度な知識と判断が必要とされるし、教育には年長の象を使う必要もある。先導者たる先輩の野生のマンモスも象も存在しない以上、経験豊富な象の学者の意識をマンモスに移植できるなら、それが最善なのだろう(また、特に設定として描かれているわけではないがマインドバンクに保存され再生される人間の人権は、重視されていないのだと思われる)。
ダミラはその提案を受け入れるが、それでめでたしめでたし、と終わるわけではない。復活したマンモスの牙は信じられない高値で売れるから、密猟者が現れる。保護区側も守ろうとするが、広大な野生の環境下なのでその防備は万全ではない。GPSなどを使えばデータを傍受される可能性もあるし、罠も仕掛けられる。ダミラとマンモスたちは、ある程度自分たちで事態に対処する必要に迫られるのだ。
おわりに
本書の中盤以降は、そうした密猟者との攻防。そして、マンモスと一体化したダミラの意識がどのように変容していくのか。密猟者らがどのような意図でマンモスを狩っているのか──といったことが、複数の視点から描き出されていく。
「生態系ををまるごと復活させると、何が起こるのか」を語るパートもあり(『マンモスが草を食べることによって森林の拡大に歯止めがかかり、ステップの草の成長がうながされます。冬には、マンモスが雪をかきわけて草を探すことによって土壌が寒気にさらされて永久凍土が守られます。マンモスがいると、世界の回復力が高まります。人間が引き起こした被害の少なくとも一部を元にもどす手助をしてくれるのです。』)、中篇ながらも読み応えはたっぷり。
密猟の問題も絶滅の問題も、それによる知識の喪失も現在進行系の問題であり、突飛な話ではあるが、本作は現在と濃密な繋がりのある物語だ。「絶滅」テーマのSFとしては、外せない一冊となった。