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2025年ベスト級! フランスの哲学者・作家による、連作短篇と長篇の間のような、独特の味わいを残すSF作品集──『7』

この『7』は、フランスの小説家・哲学者のトリスタン・ガルシアによる、連作短篇集と長篇の間のようなSF作品集だ。物語は6つの短篇と一つの中篇から構成されているが、中篇(死んでも同じ自分に転生し幾度も生をやり直す男性の物語である)の中でそれまで語られてきた6篇に「あらたな意味を付与」する文脈が産まれ、ひとつひとつは独立した短篇・中篇でありながらも、通して読むとまとまりがある、そういう独特な構成になっている(同じ世界観の話というわけでもないんだよね)。

で、僕は著者の名前を知らず、単純に河出書房新社の新刊案内を見て「SFっぽい要素もありそうだなあ」と思って手にとって(僕はSFマガジンで翻訳SFブックガイドの連載を持っているので、翻訳SFならチェックする必要がある)読んでみたのだが、何の期待もしていなかったのにこれがあんまりおもしろくて最初の一篇「エリセエンヌ」を読んで驚愕してしまった。こんな作家がフランスにいたのかと。

最初に収録されている「エリセエンヌ」は自分の自我を、ある地点まで巻き戻して数十分持続させる精神薬についての物語である。意識や記憶を変調させるギミックはSFではありふれたものだからそこまでのおもしろみはないが、とにかくその(アイデアの)転がし方、そしてこれがあったら、人々はどのように使うだろうか? という思考実験部分の突き詰めが素晴らしく、それは同時にSFとしてのおもしろさにも繋がっていた。他の短篇も多かれ少なかれSF的な要素を含んでおり、構成・思考実験部分の突き詰め、あるいはあえて誇張した形での現代への批評的意図など細かい部分がどれもレベルが高く、今年読んだ中でもトップレベルのおもしろさであった。

というわけで、以下各篇についてざっと紹介していこう。

エリセエンヌ

最初に収録されているのは、先にも書いたように、一時的に自我・記憶の状態を過去へと戻すことができる精神薬〝LICN〟が存在する世界の物語「エリセエンヌ」だ。市井の科学者がこの薬を開発し、裏ドラッグのようにして流通させ、資金を稼いでいる。未来・過去に行けるわけでもなく、ただ自分の状態を過去に戻してなにか意味があるのか? と思うかも知れないが、これが実に様々な使われ方をする。

たとえばこの薬の権威ある最上客は元大臣だ。彼は今でこそ権威ある立場だがかつては革命の闘士として1986年のでヴォケ法案に反対する高校生のデモにも参加していた。彼はエリセエンヌを使って、大臣になった自分と、かつての闘士だった自分を戦わせてみたいと考えている。彼は自分の若いバージョンに自分の主要なキャリアと実績を紹介するのだが(原稿を書いておいて他人にやってもらう)、かつての闘士は現在の自分を認めず、暴れまわる。しかしそれこそが元大臣の「望み」なのだ。自分の奥底に悪ガキの気概が残っていることを確かめ、魅了されるのだ。

 大半の客は二つのヴァージョンで満足していた。v1と自分が好んでいる時期の二つだ。彼らは自己批判のためにやってくる。この奇妙な経験を通じて何より驚かされた発見は、人間にとって今の自分を過去の自分の判断に委ねたいという欲望ほど深いものはないということだった。p.042

この引用部の指摘は、読みながら「たしかに」と思わされるものであった。他にも、過去の自分に「自分がとんでもなくビッグになった」というデマを吹き込んで良い気分になるなど、様々な活用法が出てくる。当然依存性があり、幾度も過去に戻り続けたことでおかしくなってくる人物もいれば、戻りすぎてしまう人物も出てくるのだが、思索だけでなくそうした展開も含めて鮮やかな一篇だ。

宇宙人の存在

宇宙人の存在を信じる男マーロンと、信じられなくなったものから世界から消失していくという奇妙な〝仮説〟についての物語「宇宙人の存在」も特異な読み心地の一篇だ。〝仮説〟は、宇宙人を信じていたものが、信じられなくなると消失するというのはおかしな話なのだが、マーロンの周囲では実際に人が次々消えていく。

トンデモな仮説を信じるマーロンは周囲からも疎まれていくが、はたしてこれは真実なのか、はたまた何かトリックがあるのか。信仰の意味、宇宙人とは何なのか、陰謀論とは、真実とは何なのかという問いが繰り返され、著者の哲学者としての側面が存分に出ているだけでなく、SFというよりミステリー的におもしろい。

半球

六篇目に収録されているのが、情報伝達を完全に遮断する〈半球〉が存在する世界を描き出す「半球」だ。情報伝達を完全に遮断したから何なん? と思うかも知れないが、まず軍事テクノロジーとしての活用が模索される。情報が絶対に漏れる心配がないので、その意味では非常に安心だ。続いて〈半球〉のテクノロジーが普及し、個人レベルでも扱えるようになると、人々は自分の殻の中に閉じこもり始めた。

先端技術に憎しみがある人は、そうした人たちで集まって〈半球〉の中に閉じこもる。そうしたら、自分たちと意見の異なる人とはコミュニケートする必要がない。じゃあ、摩擦のない、平穏な生活が待っている──かといえばそうでもない。最初に〈半球〉に移住したのは信者の多い伝統宗教の人々だったが、半球内での意見の対立が激化すると〈半球〉の内側におびただしい数の下位〈半球〉が生まれる。種差別反対主義者たちの集まる半球も、動物の権利擁護をあげるグループ、ベジタリアンのグループ、福祉国家主義者、死刑廃止論者などなどに細分化していく……。

〈半球〉のエネルギー面でのメンテナンスは国家負担であり(食事などの生産は半球内で行う必要がある)、物語はこうした〈半球〉の外にいて、メンテナンスを担当している〈原理観察官〉の視点で進行していくが、様々な主義主張の半球を訪問していく物語は、まるで短篇版の『キノの旅』のような味わいがある。望んで半球に入ったものはいいが、半球内で産まれてその価値観に馴染めないものもいて──と、様々な状況が描写されていく。荒唐無稽な光景と設定とはいえるが、同時に、「すでに世界はこれに近い状態にある」と思わせる部分もある、素晴らしい短篇だ。

第七

そして、最後に収録されている中篇が「第七」だ。3リットルもの鼻血を出しながらも死なない少年は、フランを名乗る人物から君は不死で、死んでも蘇るのだと告げられる。それが正しいのかどうかは一回目の生ではわからないが、彼は公務員として真っ当な人生を送った後、死んで自分の人生をもう一度やり直すことになる。

記憶はそのまま引き継いでいるので、第二の人生では自分がそのような状態に陥る原因や愛する妻の病気を治すため科学の道に邁進しノーベル賞を受賞するほどの成果をあげ、第三周目では世界を変えるために革命家を志し──と、最初は世界を変えるために邁進していくが、次第に人生に倦み、後半生の人生では殺人に明け暮れたり宗教を創設したりとテイストの異なる方向性を目指す。それぞれに成功を収めるが、この繰り返しには何の意味があるのか。彼の転生の果てには何が起こり得るのか。

「第七」は人生が変転していく様をじっくりと描き出す単体の転生奇譚として読んでも魅力的だが、本作によって前の六編にまた違った意味が付与され、読み方が短篇単体で読んだときとはガラッと変わってしまうのがおもしろい。

おわりに

ここで紹介できていないものの中にも、共産主義国家と化したフランスを描き出す「永久革命」や、ジャズ、フォーク、ロック、ヒップホップといった音楽の知られざる歴史を解き明かしてしまう「木管」など、深い印象を残す作品が揃っている。

そしてこのどれもが、短篇集として読んでも、一つながりの長篇として読んでも高いレベルの、類稀な傑作だ。値段は少し張るが(最近の翻訳書は本当にどれも高くて……しくしく)それだけの価値はある。




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