『LIFESPAN』を皮切りに、ポピュラー・サイエンスノンフィクション界隈でも「科学的な知見に基づいて、「健康的な」寿命を増やすにはどうしたらいいのか?」というテーマの本は数多く出て人気となっている。本書『OUTLIVE』も、そうした流れに連なる一冊だ。国立がん研究所で、メラノーマの免疫療法の研究に従事するピーター・アッティアによる、「健康的な寿命を増やすために、何をしたらいいのか?」をまとめ、同時に医療を2.0から3.0にアップデートしよう、という新しい主張を詰めた内容になっている。医療2.0と3.0は何が違うん? というと、要約すれば「問題が起こってから治療するのが2.0で、問題が起こる前に対処するのが3.0」となる。
「それただの予防医療やないかーい!」とツッコミを入れたくもなるが、著者が主張しているのはより本格的な予防医療であり、積極的にデータをとって、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病すべての発症を遅らせる試みで──と、全体を読んでみれば「医療3.0と銘打ちたくなるのも、わかるな」と思える内容に仕上がっている。
医療1.0~3.0
医療2.0では基本的に問題が起こってから対処する。定期検診で腫瘍や数値の異常が見つかったら、切除したり、薬を処方する。しかし本当に必要とされているのは、「そもそも腫瘍や慢性的な数値の異常が発生しない状態を目指す」ことだ。
この新しい医療──私は医療3.0と呼んでいる──の目標は、患者に応急処置を施して帰ってもらうことではない。腫瘍を取り除いたら、あとは最善の結果を願うだけでは終わらない。そもそも腫瘍が発生して広がるのを食い止めることを目指す。あるいは最初の心臓発作を回避する。アルツハイマー病にならないように誘導する。こうした病気は長い時間をかけてゆっくりと進行するのだから、そんな性質に合わせて治療や予防や発見の戦略を変える必要がある。p.44
本書では医療3.0の戦術を運動、栄養、睡眠、感情の健康、外因性分子の5つに分け、それぞれにどう対応するのが健康寿命に効果があるのかを論じていく。さらには、医療2.0では重視されてこなかった指標も確認し、改善を続けることを目指す。
著者の患者は、尿酸値の上昇、ホモシステインの値の上昇、慢性的な炎症、肝細胞に多く存在する酵素ALTの値のわずかな上昇、リボタンパク質、トリグリセリド、HDLの比率、VLDK(超低比重リボタンパク質)の値、インスリンの値の上昇の監視を受けるのだという。これらはみなトラブルのごく初期の兆候を示しているが、一般的な検査ではそこまで重要視されない。しかし、医療3.0では重要視される。
そうした数値の細かなチェックからもわかることだが本書は「患者をひとりひとり別個の人間としてみなす」ことを、医療3.0の要点としてあげており、これもまた予防という観点からは重要な指摘だと思われる。
患者をひとりひとり別個の人間としてみなす
たとえば糖質の摂取量を減らし脂質を多く摂ることを推奨するケトン食が身体に良いとはよく言われる。実際、著者も最初はケトン食を大いに支持していたというが、著者は自身が診察を続けるうちに、患者によって現実に引き戻されたのだと語る。
ケトン食が完全に失敗した患者はひとりではなかった。体重は減らず、肝臓酵素(ASTやALT)などのバイオマーカーも改善しなかった。あるいは最初は改善しても、それを維持することはできなかった。そしてケトン食を忠実に守っても、脂質数値(特にアポB)が跳ね上がった患者もいる。(p.440)
肥満という問題を抱えている患者がいたとして、ダイエット法を忠実に実行してくれる・できる人ばかりではないし、その人の代謝の状態や遺伝子などの要因で想定通りの結果が出ない人間もいる。たとえばグルコースの消化への反応は人によって様々だ。ある人にとってはグルコースや炭水化物が多すぎる食事であったとしても、同じ量で別の人にはギリギリで足りている可能性もある。ハイレベルなトレーニングをこなすアスリートとデスクワーカーでは許容量が異なるのと同じことだ。
では、個人で異なる「最適な状態」をどうやって判断すべきなのか? といえば、その方法も一つではないが、本書では、一例として持続グルコースモニタリング(CGM)を紹介している。極小のセンサーを上腕部の皮膚の直下に挿入し、その上に指先ほどのサイズの送信機を固定する。すると送信機からスマホにリアルタイムでデータが送られて、血糖値に関するリアルタイムの情報を継続的に提供してくれるようになる。
2018年に行われた調査では、血糖値の変動が大きな上位4分の1の人たちは、最も小さい下位4分の1の人たちと比べ、死亡リスクは2.67倍になっているというから、血糖値が糖尿病の範囲から外れていたとしても、急な上昇は死亡リスクを確実にあげる。現状ではCGMには医師の処方箋が必要で、利用者の大半は糖尿病と診断された患者だが、一般消費者も使うようになれば、健康上の便益は大きいと著者は指摘する。
CGMの本当にすごいところは、柔軟性を維持しながら患者の食事を調整できる点だ。炭水化物や脂肪の摂取量に根拠のない目標を設定し、それに当てはまるように祈る、といった必要はない。その代わり、体が入ってきた食べ物をどのように処理するかリアルタイムで観察することができる。平均血糖値は少し高くないだろうか。一デシリットル当たり、一六〇ミリグラムの範囲を超えて「急上昇」しているときが、思っているよりも多くないだろうか。あるいは、食事に炭水化物をもう少し増やしても大丈夫だろうか。誰もが炭水化物を制限する必要はない。p.449
炭水化物と一言でいっても、精製されたものとされていないものだと血糖値の上昇率には差が出てくるし(ポテトチップやロールパン、ライスやオートミールは急上昇させる)、個人のデータをみて対応したほうが、無理なく良い結果が出るのは間違いない。CGMの良いところは、これを使ってしばらくすると今の自分の体が食べたものにたいしてどのような応答を返すのかがあらかじめ予測できるようになることで、そしたらもはやあらかじめ「食べない」という選択もしやすくなる。
運動はしたほうがいい。
本書ではこれ以外にも栄養や睡眠の観点から様々な指摘がなされていくが、もし健康に長生きしたいと思っているのであれば、まず何よりも着手すべきなのは「運動」だといえる。筋肉量が少ない高齢者は、あらゆる原因によって死亡するリスクが最も高い。平均年齢74歳の1400人を対象にした実験では、被験者は四肢除脂肪体重指数に基づいて4つのグループに分類され、経過を観察された。その12年後、下位4分の1の被験者の50%が死亡していた一方、上位4分の1のグループの死者は20%だった。
闇雲に歩いたり筋トレするだけでも健康に良い効果があるのが運動のスゴいところだが、ちゃんとした目標(高齢者になっても10kgのスーツケースを頭上の手荷物入れに入れたいとか)を持つのであれば、運動も最適化したほうが良い。その具体的な内容まで紹介していると記事が長くなりすぎるので割愛するが、こちらも鍵となるのは故人の運動量を正確にデータとして把握して、特定のゾーンの負荷をかけ続けることであり、このあたりの「個人への最適化」への志向が、やはり他の「健康的な長寿」を目指すノンフィクションと異なっているポイントである。
おわりに
著者は実際に自身の診療所でこうした医療3.0の実践を患者に対しても行っていて、挫折したり失敗した患者を多く見てきたことから、『結局のところ、最善の栄養プランとは、持続できるプランである。』p.479と理想だけではない限界も認識しているのがおもしろい。ダイエット法や運動にどれだけ理想のものがあろうとも、結局実践できないのであれば意味がない。であれば、個々人が持続できるプランを模索せねばならない──、そうした「怠惰な人間」に寄り添った視点もある、優れた一冊だ。