この『世界自炊紀行』は、『自分のために料理を作る』などで知られる自炊料理家の山口祐加による、世界12カ国をめぐって各家庭の自炊料理や料理観を調査し、まとめた一冊である。僕も結婚してからずっと家の食事当番で、毎日「今日のご飯は何にしようかな」と頭を悩ませている。レシピならなんでもいいわけではなくて、近所のスーパーで売ってそうな食材しか使っていなくて、かつ時間をとらずに作れる料理でなくては毎日作れないので、実は選択肢はそう多くないのだ。夜ご飯のレパートリーの参考にもなるかなと思い手を出してみたのだが、こーれがめちゃくちゃおもしろい!
まず、家庭での料理、自炊に対する考え方が各国で大きく異なることに驚かされたし、同時に「今まで自分が持っていた自炊観」が、世界でもハズレ値的に珍しいものであることが明らかになっていく。もちろんレシピ本的にも参考になって──と、日々の自炊に悩む人間からすれば、神すぎる傑作であった。
自炊観が変わる
たとえば、かつて著者がキューバの家庭料理取材を行った時、家庭料理は抽象化すれば二種類しか存在せず衝撃を受けたのだという。1つ目は、黒豆のスープとご飯、焼いた肉が少しとサラダが載ったワンプレートで、もう一つは黒豆を一緒に炊いたご飯と、焼いた肉(あるいは魚介類)が少しとサラダのワンフレート。この二種類を交互に食べるだけだという。外食が充実してるんでしょ? と思うかも知れないが、庶民向けのレストランでも同じようなテンプレートが提供されるので、それもなさそうだ。
食卓にバラエティが少ない理由は、社会主義体制の限られた配給制度が関係している(今も一部の食材は配給制だという)というが、このように2パターンを交互に繰り返すだけだと、当たり前だが自炊に悩むこともないという。日本の家庭で料理が2種類しか出てこなかったら、家庭内から文句が出たり、(子どもがいる家庭なら)児童虐待だ何だの言われかねないが、それが当たり前の国があるのだ。
名前のない料理が多いが、だからこそおもしろい。
著者が訪れる国は、台湾、韓国、ポルトガル、スペイン、フランス、トルコ、イタリア、メキシコ、ペルー、ベトナム、タイ、ラオスの12カ国で、それぞれ2家庭以上(本書にエピソードとして載っているのは各国2家庭まで)にホームステイしたり近くのホテルに泊まって通ったりという形で、数日間家庭料理を体験させてもらっている。
その中で「チャーハン」のようにレシピ名があるような料理はすくなくて、「冷蔵庫で余っている豆と野菜をチキンのキューブと一緒に煮たスープ」だったり、「いつもは豆腐をスープにするけどなかったからゆで卵を入れました」みたいな偶発性に支配されたものばかりだが、むしろそうした日常の料理だからこそおもしろい。
日本で言えばダシや味噌、醤油があるように、各国それぞれに独自の香辛料が使われていることが多くて、自分では簡単に再現できないからこそ魅力に感じる面もある。たとえば韓国では「ヨンドゥ」という発酵させた豆に野菜のエキスを加えた調味料がでてくる。ペルー料理では赤色の唐辛子「アヒパンカ」と黄色の唐辛子「アヒアマリーヨ」がよく使われてというが、日常の中で食べるものではないからこそ、どんな味なんだろう、と興味がわいてくる(ヨンドゥは味的には植物性のだし醤油らしい)。
各家庭をめぐった時、著者は毎回「その人がどうして料理をはじめたのか」「料理は好きですか?」や「その国で料理は誰がするものなのか」といった定番の質問をしていて、その答えからわかる国の文化なども興味深い。たとえば外食が安くて豊富な国では料理する必要なんかなさそうだが、タイのバンコクの人は「渋滞に巻き込まれるのが嫌だから」といい、ベトナムでは「外食の衛生状況が気になるから」とそれぞれの国の環境・文化が自炊と密接に結びついているのだ。
特に気に入った国
台湾や韓国のような料理がおいしく手がこんでいることがわかりきっている国の章も(レシピの参考的な意味で)おもしろいが、行ったこともあまり食べたこともない国の料理の方がやはり読んでいておもしろい。たとえばポルトガル。この国はお米と魚介類の消費量がヨーロッパで一番で、バカリャウと呼ばれる塩漬けして天日干しした鱈(:タラ)はポルトガルのあらゆる料理に入っているという。
著者が最初に滞在したいのは男性カップルがホストのAirbnbで最初の夜ご飯はそら豆ご飯とシーバス(スズキ)のグリルでやはり魚料理だ。塩コショウやミックススパイクをかけてオーブンに入れて焼き、その間ににんにくとオリーブオイルを焼いて水を入れて沸かし、そこにそら豆を入れて茹でる。特段こったことはやらず、品数も少ないが、「こういうのがいいんだよ」感に溢れた、一般的な家庭料理といえる。
ポルトガルの次の訪問家庭もメニューは魚のオーブン焼きで、丸ごとの黒鯛二匹を輪切りにした玉ねぎ、ズッキーニなどと共に味付けしてオーブンで焼くだけ。魚を焼いている間にワインを開けて(ポルトガルはワインの消費量が世界一だ)、チーズや買ってきたエビの塩茹でなど、出せば食べれるようなものをぱくぱくとつまむ。
メキシコは簡単な自炊と手間のかかる自炊の両面がみれる国で、ある家庭ではさっとサラダを作って、トルティーヤ(メキシコの伝統的な薄焼きのパンで、市場で安くいくらでも売っている)にチーズを挟んだりして簡単に食べる(夜も昼も)。訪問先の家庭の6歳ぐらいになる娘さんも、テレビをみながらこのトルティーヤでチーズを包んだだけのものを2コ食べて夜ご飯としており、日本と比べると料理観が違う。
ご飯、みそ汁、おかずなど温かい食事を一度にテーブルに並べ、すわってできるだけ熱いうちに食べるのが普通と考えていた日本人のワタシからすると、立ったまま、テレビをみながら、タコスを食べるだけという簡素な食事のスタイルに「これもありなんだ」という静かな衝撃を受けた。p.341
もちろんチーズとトルティーヤだけではさすがに栄養バランスが悪いと思うのだが、こういう日が多くあってもそりゃ良いよな、と思わせてくれる。そもそもチーズを挟んだだけ、といってもトルティーヤの本場だと普通にうまそうだし。
おわりに
すべての国を通してもっともおいしそうに感じたのはトルコ料理だった。手が込んでいるものと手が込んでいないもののバランスがよく、かつ手がこんでいないものも全部うまそうにみえる。たとえばトルコではレンズ豆のスープが出てくるのだが(レンズ豆と水を火にかけ、豆の形が崩れたらクミンと塩で味付けし、ハンドブレンダーで攪拌したら完成)、各国の料理をみていると、豆料理の豊富さには驚かされる。
考えてみれば豆はたくさん作れるから安価なうえに保存もきき、栄養価も高いと素晴らしい食材だ。本書で著者も『世界中で豆料理が食べられている割に、日本には豆料理のバラエティがさまざまな豆腐料理以外あまりないなと感じた。』p.359と書いているが、言われてみれば僕も普段料理では「納豆」「豆腐」「味噌」以外の形で豆を料理に使うことは多くない。あまり広く使われていない理由は不明だが、豆をもっと料理に取り入れよう、と思えたのはレシピ的な意味での本書からの収穫であった。
日々の自炊に苦しみ、悩んでいる人たちにこそ読んでもらいたい本だが、仮に料理を一切しない人であっても、まるで各国に滞在して家庭料理を一緒に味わったかのような気分を堪能させてくれる紀行文なので、ぞんぶんに楽しめるだろう。費用的な意味で旅行のハードルが高くなっている昨今、こうした本で外国を味わうのも悪くない。