今回のテーマはタイトルがそのまま現しているように、「未来」だ。昨今、AIが著しい勢いで発展している。AIは人工知能などと訳されるから「知能」であるとみなされているが、その仕組を紐解いてみるとやっていることは知能というより「高度な予測・シミュレーション能力を持ったアルゴリズム」という方が正確だ。それはつまりAIがこのまま発展していけば、未来を高い精度で予測することができるようになることも意味していて──と、本書は、そうした未来予測をテーマにしているのだ。
もちろん、何月何日何時何分に◯◯が起こる〜みたいな完璧な未来予測はまだ無理だろう。しかし、たとえば何らかの理由で破滅的な世界戦争が起こったり、パンデミックが起こったり、「全体の傾向として、破滅へと向かう」兆候みたいなものぐらいは、予測できたりしないのだろうか? もし、そうであるならば──まず真っ先にそれに気がつくのは、誰よりもデータを支配しているビッグテックのトップ──Appleであったり、Metaであったり、Googleであったり──だろう。
莫大な富とデータを持つものは未来を予測しようとする。そして、一足先に「終末」が来ることを知ったら、どれほど安全なシェルターがあっても、全人類を格納することはできないのだから、自分だけは助かろうとする。金とデータを持つものは人類の終末期において、誰もが手に入れられない「安全」すらも手に入れられてしまうのか? 「未来」というタイトルで未来予測や終末に備えるサバイバリストらの物語が始まった時面食らったが、本書の着想元にあるのはそういう問いかけだ。
「訊きたいんだけど」真剣な提案でもするかのような雰囲気で、セイラが口を開いた。「世界の終わりが来ると知ってたとするわ。でも、あなたは生き延びる道があるのを知ってる。ゴールデンチケットを持っていて、それを使えば助かるわけよ。そしたらどうする、使う?」p.84
米トランプ大統領が爆誕し、インドとパキスタンはきな臭く、ウクライナにロシアにイスラエルに──世界中で「終末」に至り得る火種がその狼煙を上げつつある今、恐ろしいほどに現代的な作品であるといえる。非常におもしろかった!
あらすじ、世界観など
物語冒頭、三つの最先端テクノロジー企業のトップの脱出劇がそれぞれ描き出されていく。彼らは世界の終末に関する通知を受け取り、あらかじめ決まったプロトコルに沿って世間の誰もが終末を知らないうちに、一足先に安全な場所へと向かうのだ。企業はソーシャルネットワークの〈ファンテイル〉、物流・購買の〈アンヴィル〉、コンピュータ企業〈メドラー・テクノロジーズ〉と架空の名前がつけられているが、これらは明らかにTwitter・Facebook、Amazon、Appleを示唆している。
とはいえ物語はその後数ヶ月前に戻り、「生き残るテクノロジー」についての有名動画投稿者で終末論ビジネスで儲けているライ・チェンにフォーカスがあたっていく。彼女は参加していたサバイバリストの会議でなぜか暗殺者に命を狙われていることに気がつくが、この少し前に女性からプレゼントとして受け取ったデバイスが突如として「AUGR」を名乗り、「パイプを切断し、その先を敵に向ける」など暗殺者に抵抗し生き残るための指示を矢継ぎ早に飛ばし始める。「AUGR」は予測機能と保護機能を備えたソフトウェアであり、チェンを生存させ続けるのが仕事なのだと語る。
チェンはその後もAUGRに生存のための行動を指示され続けるが、いってしまえばただの有名なインフルエンサーに過ぎないライ・チェンに市場に出回っていない高性能なAUGRがプレゼントされたのはなぜなのか? AUGRはどのような過程で制作されたのか? また、AUGRには高度な予測能力が備わっているように見えるが、それは世界の終わりを予測するほどなのか? 自分だけが助かる「ゴールデンチケット」をごく一部の超富裕層が持っているとして、その約束の地はどこにあるのか──? というのが、チェンの逃走劇と共に少しずつ明らかになっていく。
終末論が人気の世界
本作の世界は世界は終わりを迎えつつあるする終末論が大人気で、同時に終末を生き延びるためのサバイバル技術にも注目を集まっている状況なのがおもしろい。
もともとアメリカでは武器やサバイバル用品を買い集め終末に備える「プレッパー」や「サバイバリスト」と呼ばれる人が大勢いて、近年また増大しているというから、ここで描かれているのは起こり得る情景ではなくまさに「今、起こっていること」なのだ。それどころか、サバイバリストもより細分化されている状況が、本作では描き出されている。たとえば下記は、「テクノロジーサバイバリスト」であるチェンがカルト宗教のサバイバリストから絡まれている状況の独白だ。
最近のインターネットには、おびただしい小グループやさまざまな意見が渦巻いているから、そのすべてを追いかけるのは不可能だ。この人々は彼女の同類ではない。近縁のサバイバリストではあるが、彼女の属するテクノロジーサバイバリストの集団とは異なる。一部の原理主義者に反宗教的と思われたところで、彼女のコアなファンはだれも気にしないだろう。本質において不快ではあるが、実際上は問題になることはない。チェンは通知をオフにした。
本作はこのように終末をなんとかサバイブしようとする多種類の人間だけでなく、終末安らかに受け入れようとする人間、終末に備えるのではなく、心の奥底では積極的に終末を待ち望んでいる人々など、様々な観点から「終末に向き合う人々」を描き出していて、終末SFとして読んだ時にも興味深い一冊に仕上がっている。
おわりに
終末SFとしての魅力他に、もう一つ個人的におもしろかったのは「ビッグテクノロジー企業のトップ」の思想的なある種のグロテスクさをテーマとして取り上げている点で、現代的なSF作品としてはその点だけでも注目に値すると思う。たとえば莫大な資産を持っている人たちはその資産を老化研究に注ぐことが多い。それ自体は研究が進んで良い面もある。だけれども、究極的には「自分の寿命を延ばしたい」という欲望の現れでもあるわけで、そのバランスが崩れたら相当にエグい話にもなる。
本作の意外性のあるラスト──「嘘だろ?」と「そんな馬鹿な!」が同時に襲ってくる──はあまりに複雑な物事を単純化しすぎておりバカバカしく感じられる面もあるのだが、プロットとしてのみ見た時は、シンプルで美しい物語であるといえる。傑作という感じの長篇ではないが、いま読む価値は十分にある作品だ。