今となってはデジタル革命による結果をわれわれ読者は当たり前のように受け取っている。たとえばこのようなノンフィクションも当たり前のように発売日付近に電子書籍で買えるし、デジタル革命初期は物珍しかったオーディブルもエンターテイメントフィクションを中心に作品が揃っている。クラウドファンディングで資金を募っての出版プロジェクトも今では珍しいものではないし、本についてpodcast、YouTubeで語る人も増え、その気になればKDPなどを用いて個人で出版するのも簡単だ。日本は小説家になろう、カクヨムの誕生によって、エンタメ業界は様変わりした。なろう系が生み出したブームがない漫画業界もアニメ業界ももはや想像できないだろう。
本書はそうした激動の時代を描き出していく。たとえばアマゾンが電子書籍業界に襲来する前のベンチャー企業たち。AppStoreで特別に作り込んだ何冊もの本を制作してきた企業の栄枯盛衰。クラウドファンディングに個人出版の成功事例や歴史的な市場動向、電子書籍で売れる本、売れない本について。読み放題の歴史──など。原書の刊行は2021年で、本書中で扱われている事例やデータも2019年ぐらいまでなのが2025年の今読む本としては残念だが、あらためて状況を振り返り、整理し、また現在の出版社の機能がどのように分かれていったのかが整理されている良い一冊だ。
個人的におもしろかったのが、今となってはメインにならなかった歴史にも多く触れていることで、たとえばスマホのアプリケーションとして特別な本を作り込む企業、デジタルショートを専門とする市場・企業など、最終的には潰れたり買収されたりしたにせよ、一時的に成功した企業の話も拾われているところにある。ちとお高めの本だが、これを持っておけば2010年代ぐらいまでの電子書籍と出版社の動向、変容は抑えられるはずなので、その分の価値はあると感じた。
電子書籍市場の変遷
デジタル革命を経てもっとも変わったのが何か、といえば、ひとつは電子書籍だろう。2007年にはアマゾンのキンドルが発売され2010年にはアップルが初代iPadを発表と、このあたりが電子書籍の読書体験としては一通り出揃ったタイミングになる。
それに伴い、アメリカの電子書籍売上額も伸びた。2006年まで電子書籍の売り上げは1000万ドル以下だったが、08年には6900万ドル、09年には1億8800万ドルに跳ね上がっている。12年には電子書籍の売り上げは15億ドルを超えている。そのまま電子書籍の総売上は上昇し続けて本はすべて電子書籍になってしまうのか──と思いきや、13年から14年にかけて売り上げは横ばいになり、実はその後減少している。13年は15億1000万ドルで微減し、15年には13億6000万ドル、その後18年まで微減だ。本書のデータはそこまでだが、その後もコロナ禍で少し増えたりといった変動はあるが2012-13年のピーク時からすれば減少した状態にあるようだ。
日本はといえば調べたところ電子書籍市場は2011年度からみても一貫して上昇し続けていて、23年度の電子書籍市場規模は22年から6.7%増の5351億円になっている。ただこれはデータの内訳をみると伸びているのは電子コミック(前年比7.8%増)で、電子書籍については微減(1.3%)している。コミックのおかげで全体としては伸びているが……という状態でこの傾向がどこまで続くのかは難しいところだ。
確かにいえるのは紙の書籍が消えてなくなるといった未来は今のところこなさそう、ということだろうか。これは本の特性とも関連していて、たとえばフィクションの総売上額に占める電子書籍の割合はかなり高い(2014年には43%で、特にロマンスやスリラーといったジャンルフィクションの売上が高い)一方でノンフィクションは16%以下だ。これは、たとえばレシピ本のように線形に読まない本や図やグラフが多い本、レイアウトが重要な本などは電子書籍と相性が悪いからで、紙の本には依然として居場所がある。そしてそれは実店舗書店の生き残りにもかかってくるはずだ。。
自費出版の世界の規模
個人的におもしろかったのが電子書籍市場における自費出版の割合はどれぐらいか? という分析。データ・ガイを名乗る男の分析によると、2016年1月の電子書籍ベストセラーの販売部数のうち、自費出版の電子書籍が占める割合は42%、大手出版社の作品が23%、中小出版社の電子書籍は19%であったという(残りの16%のうち11%はアマゾン出版、5%は未分類の単独作家の出版社でこれもおそらく自費出版電子書籍)。
これが本当に正しいのであれば、アマゾンにおける電子書籍ベストセラーの売り上げ部数に自費出版の電子書籍が占める割合はすべての従来の出版社が出版した電子書籍の割合と同じということになる。ほとんどの自費出版電子書籍は読み放題のキンドルアンリミテッドに入っていて、コストは従来の出版社が出版する電子書籍一冊と比較してかなり安い。著者は、この顕著な価格差が結果的に従来型出版社の電子書籍の売上の低下に影響を及ぼしているのではないかという。
個人の電子書籍自費出版はデータとして扱うのが難しく日本の事情もよくわからないが、これが電子書籍全体の中でかなりの売り上げを占めているのだとしたら、多くの人はその価値や意味をいまだ正確に認識できていないのかもしれない。
変容する出版事業
変容する出版事業の模様が本書では描き出されていくわけだが、最終的に「では、そうした状態で現代の出版社は何をすべきなのか。出版社はなぜ存在し続けるべきで、誰が必要としているのか」という根本的な問いかけもなされることになる。
それについて、まず出版社の機能は主に4つに分けられると本書では語られる。ひとつは、コンテンツの創造とキュレーション。作家を見出し、作家の作品をキュレーションするのは出版社の役割だった。2つめが、投資とリスクテイキング。作家の本を出す時、その制作費とリスクは基本的に出版社が担う。3つめが制作とデザインで、4つめは宣伝と拡散だ。こうした多岐にわたる仕事を果たすのが従来型の出版社だったが、デジタル革命はこうした各機能について多くの代替手段を与えている。
「投資とリスクテイキング」に関しては、現代にはクラウドファンディングや小説投稿サイトからの拾い上げなどの手段で、「はじめから投資が集まっていて収益化できることがわかっている or 人気があることがわかっている」作品を拾い上げることでこの機能をある程度代替できる。もしくは電子書籍のみの販売であれば投資コストはそこまで、作家一人でその分野を担うことも可能だ。宣伝・拡散も今では個人で動画でもSNSでもあらゆる手段をとれる(これにもコストはかかるが)。
一方の極が個人の作家が自分でデザインから宣伝まで何もかもこなす個人出版社で、もう一方の極がすべての機能を提供するフルサービス型の従来型出版社だ。現代は、その合間に様々なバランスで機能を担当する出版社、もしくはエージェントが存在する。では、そうした状況を踏まえて出版社は何かできることがあるのか──といえば、本書では、デジタル革命が可能にした、「著者や出版社が、読者や消費者とより緊密で直接的な関係を結ぶ」ことに注目し、そこに新たなチャンスがあるという。
この直接的な関係を結ぶ目的は単に、読者に本を直接売りこむことだけではない。それより重要なのは、読者と交流してその声に耳を傾け、読者が何に興味を持っているのかを知り、自社の判断で使えるリソースを活用して作家と読者の対話を促進させることである。出版社の従来のモデルは一方通行のコミュニケーションに根ざしていたが、出版社はいま、ビジネスを再構築する好機を得た。(p.635)
おわりに
出版業界って、よくよく考えてみればこの10〜15年ほどで驚くほど変わったよな、とあらためて実感させてくれる一冊であった。今では出版社がサブスクの有料会員数をなんとかして増やそうとしのぎを削っているし、各社宣伝のためにYouTubeチャンネルを立ち上げ──と、編集者の仕事の範疇は広がり続けている。