また、本書は同時に現代の進歩したテクノロジーが動植物の音響を分析するにあたってどれほどの力になっているのか、といった「技術の発展に伴って、学問分野自体がより進展していく」様子も描き出されていて、これがまたおもしろい。
「テクノロジーの生物音響学・生態音響学への活用」といえば、深海にまで潜るクジラの音響録音などは技術レベルの発展の恩恵を受けている様が想像しやすいだろう。たとえば近年、科学者たちの手によって、北極からアマゾンに至るまで、ほぼすべての生態系に音を聴き取るための機材が設置され始めているという。マイクは小型化し、水中から空中のドローンまで、各種動物たちについていけるようになった。
だが、技術の発展の恩恵があるのはそこだけではない。たとえば、そうやって機器で録音した何百、何千時間にも及ぶ録音から、意味のある特定の種の音声、あるいは特定の個体だけの音を切り出すのは人力では途方もない時間がかかるが、その選別には機械学習などの手法が使えるし、最終的にはGoogleの自動翻訳のようにして、象や亀、ミツバチや植物とコミュニケートできるように「人間ー動植物間」の翻訳装置をAIを駆使して作ることができないか──という話にも発展していくのである。
いわば犬や猫ではよくある「今こんなことを考えています表示装置」の「こっちの意図も伝えられるようになる」バージョンだといえるが、この技術は素晴らしい用途ばかりでもなくて──と、技術がもたらす負の側面についても触れられていく。本書が24年の最後に読んだ一冊になったが、良い気分で締めくくることができる本だった。
クジラの声は数千キロ先まで届く(こともある)
最初に事例として取り上げられているのは高い知能を持つことで有名なクジラだ。考えてみればクジラのような海洋生物が音を使ってコミュニケートするのは自然なことのように思える。光の進みは水中では空気中より悪く、30メートルを超えた先の物体を正確に知覚することは難しい。一方、音は空気中よりも水中のほうが4倍速く伝わる。クジラの聴覚神経節(神経細胞)の混み具合は陸上の平均的な哺乳類の二倍で、それは要するにほとんどの陸上哺乳類より複雑な音を処理できることを意味している。
クジラ目の動物(クジラやイルカ)は音を使ったコミュニケーションとして3種類の方法を使っているという。一つは大部分が人間にも聞こえるコール音で、ホイッスル音やキーキー音として聴こえる(これには群れごとに特徴があり、研究者はクジラの音を聴いただけで群れを特定できるという)。二つ目は高周波音波を使って地形などを確認するエコーロケーションで、最後の三つ目はヒゲクジラなどが出す、長くて低いリズミカルなパターンを持つ音──人間風にいえば、「歌」──だ。彼らはおそらく交尾の相手を求めて独自の歌を歌うのだが、一つ目として紹介したコール音に方言があるように、この歌も群れごとに伝播していくのだという。たとえば太平洋のある一角で発生した歌が、別の海域の別のクジラの個体群の中に広がっていく。
こうしたクジラの歌──特にザトウクジラよりも声の大きい種類──は、遠くまで音が届く海中のSOFAR周波帯内であれば数千キロ先まで伝わるという。たとえばハワイの近海で南極からやってきた音が聴こえた事例がある。そんな遠くまで音を届けてなにか意味があるのかと思うかもしれないが、繁殖相手の探索に有利なのは間違いない。
カメも声を出す
僕は幼少期にカメを飼っていたことがあるのだが、声を発していた記憶がない(出していても気にもとめていなかった可能性もあるが)。だが、カメも実はよく声を出しているという。最初、ほとんどの研究者もカメは声を出さないと信じて系統だった研究もされていなかったが、ジャイルスという研究者がかなりの反対を押し切って水中マイクロフォンなどを用いて録音したところ、昼も夜も様々な音を出していたという。
じゃあ、なぜそれまでカメの音が見逃されていたのかと言えば、ほとんどの発声は、かなり注意を向けていないと聴き逃してしまうほどかすかな音だったからだという。そのうえ、カメ同士が返事をする時、数分から数時間も間をあけることがある。
個人的に衝撃だったのは「卵の中にいるカメ」の音についての調査だ。カメは卵の中で比較的よく喋る。一万個の卵のグループの中から、平均で30秒に一度音が聴こえるほどだ。しかし、これから生まれようというときに音を出して何を伝えようというのか? といえば、同時に孵るタイミングを合わせるためという説が有力らしい。子どもたちで孵化を同時に行うことができれば、砂を一緒に掘り上げることができる。一斉にでることで、捕食者に個々が狙われる可能性も下げることができるからだ。
母ガメから子ガメにたいして呼びかける音も記録されているし、もしこれらが事実なら、カメは人間が思っている以上に社会的な動物であるといえるのかもしれない。
意思疎通も可能になるかもしれない。
想像以上に様々な動物たちが自分なりの言語で喋っていることがわかってきた昨今、そうした音声が何を意味しているのかを解析していくことで、最終的には人ー動植物間で意思疎通がとれるようになるかもしれない。英語ー日本語をGoogle翻訳で瞬時に翻訳するように、クジラやカメとコミュニケーションがとれたらすごい話だ。
実際、こうした試みはすでにいくつも行われている。たとえば海洋生物学や生物音響学、AI、言語学などの研究者らが立ち上げたクジラ目翻訳イニシアティブでは、機械学習を用いてマッコウクジラの言葉を解読しようと試みている。マッコウクジラの声は人間の耳にはブンブン音やクリック音に聴こえるが、これらが特定の周波数と長さ、パターンで入り組んだコードを作っているのだとしたら、情報理論と言語学を駆使して、解読が可能になるかもしれない。研究ではクジラのコミュニケーションパターンの深層構造を明らかにするAIアルゴリズムの開発を目指しているという。
こうした研究は素晴らしいものだが、その成果が最終的にどう使われるのかは楽観的ではいられない。クジラ語の翻訳ができるようになったら、人間はクジラや任意の動植物を、自分たちの好きなように行動を制御できるようにもなりかねないからだ。
バイオハイブリッドなロボットのデジタルユートピア的な見方は倫理的な難問をごまかすものだ。私たちは異種間インターネットプロジェクトの創始者たちが望んでいるように、ロボットを使って異種間の理解を促進させようとしているのだろうか。あるいは、新発見の能力を使って、人間以外の動物をさらに家畜化して、私たちの意思に沿うように屈服させるのだろうか。(p.253)
実際、本書執筆時点より研究も進展しており、その日がくるのは近いかもしれない。
natgeo.nikkeibp.co.jp
おわりに
駆け足で紹介してきたが、音を聴いているようには思えないサンゴが、実は音を聴いてどこに棲み着くかを選びながら特定のサンゴ礁に向かって泳ぎ進んでいく事実だったり、ゾウが人間には聴こえない超低周波音で様々な会話を交わしていたり──と、まだまだおもしろい話題がたくさんあるので、興味が湧いた人はぜひ読んでみてね。