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傑作漫画がついに完結したので、そのSF的な魅力と共に振り返る──『宝石の国』

先日『宝石の国』が全13巻でついに完結した。もともと『虫と歌』や『25時のバカンス』といった短篇集で、SF・ファンタジー短篇の名手として知られていた市川春子の長篇だ〜とわくわくと読み始めた日から随分と長い月日が経ったものだ。

宝石たちが人型となって織りなす美しくもほんわかする漫画だなあ、というファーストインプレッションから物語は次第に──特に主人公のフォスフォフィライトにとって──陰りをみせ、これはどこまでいってしまうのか……とハラハラ・ドキドキしながら中盤以降見守り、オレンジによるアニメーションは3Dアニメの最前線を体験させてくれる素晴らしいものであり、漫画の終盤はそのヴィジョンに圧倒され──と、長い連載期間を通して様々な感情を体験させてくれる作品だった。

普段あまり漫画については書評を書かないのだが、歴史に残る傑作であるし、主にSF的な観点からみてなにがおもしろかったのか/何を楽しんだのかについて書き残しておきたい。終盤まで本作を読んだ人は「SFだなあ」と思うだろうが、物語は最序盤からSFらしい要素──ポスト・ヒューマン、サイボーグ、不死の安寧と憂い、終末──に溢れていて、あらためてSF作品としてきちんと振り返ってみたかったからだ。

多少ネタバレも含むが、仏教がモチーフや現代的な舞台とはかけ離れた神話的な世界観で、生まれながらにして古典のような雰囲気を持っている本作であるから、未読の人が読んでも本筋を楽しむ妨げにはならないのではないかと思う。

最初にあらすじ

物語の舞台は、人の形をした美しい宝石達と、僧侶の格好をした「金剛先生」と呼ばれる何者かが存在する世界。最初は舞台が地球かどうかもわからないが、なんでもこの星は過去に6度流星が流れ、それが6個の月を産み小さくなっていった成れの果てなのだという。結果として陸はひとつの浜辺しかなくなり、すべての生物は海へ逃げ、貧しい浜辺には不毛な環境に適した生物──宝石たち──が現れるようになった。

人の形をした、この喋る宝石たちは、かつて海に沈んだ者が海底に棲まう微小な生物に食われ無機物に生まれ変わり、長い時をかけ規則的に配列し結晶となったものだといわれている。彼らは性を持たず、ダイヤモンド、ボルツ、シンシャなど現実の宝石たちと同じく種別ごとに分かれており、それぞれの特性に応じた性格や行動──たとえば硬度10で宝石の中でもひときわ硬く、多結晶体であるボルツは戦闘が強く冷静で合理的な性格で──をとるが、それがもっともよく現れているのは主人公だろう。

主人公はフォスフォフィライトで硬度が低く(硬度は3半と非常に低く、靭性も最下級)壊れやすく、そのうえ夢見がちで初期は天真爛漫かつ純真な存在だ。壊れやすさと不器用さがあいまってなんの仕事も任されていなかったが、最終的には金剛先生から「博物誌」を編むことを任されることになる。現在の世界や知識を収集・保存し、未来の不意に備えるのが博物誌の仕事だが、不器用なフォスが調査をする過程でさまざまな騒動が巻き起こり、数千、数万年ものあいだゆるゆると続いてきた世界に、大きな変化が巻き起こっていく──というのが、大まかなメインストーリーになる。

不死の安寧と憂い、サイボーグのテーマにつながる宝石の体

様々なSF要素に溢れている本作だが、最初に目につくのは「事実上の不死、長寿」を扱っている点にあるだろう。フォスらは鉱物なので時間経過では劣化をせず、寿命による死が存在しない。彼らは地上でのほほんと暮らしているだけではなくて、月から飛来し宝石たちの身体を狙う「月人」と呼ばれる存在との不規則な戦闘も行っているのだが、戦闘でダメージを食らって体が欠けても、はめ直せば元通りになる。

それゆえに本作は通常よりもはるかに長い時間を扱っている。主人公のフォスは物語開始時点ではもっとも若いといわれるがそれでも300歳はあるし、それ以降も要所要所では数百年、場合によっては数千年があっというまに過ぎ去っていく。コマを読んでいく過程で、ふっとした瞬間に時間が何十、何百年もが経過していることを知る。不死であるからこそ彼らは何百、何千年前に失った仲間を月人から取り戻したり蘇ることを期待するなど諦めることもできず、それでいて記憶は薄れていく。そうした空虚感、憂い、倦怠、無常感が、宝石たちの不死の日常と共に描き出されていくのだ。

また、「欠けた体を継ぎ足すことができる」という宝石の特性は、必然的にサイボーグ的なテーマに接続されることにもなる。特にフォスは、胎内に存在する微小生物の関係か別の鉱物と共生しやすいという特性上、足や腕が欠損するたびに様々な他の鉱物と結合し、天真爛漫だった性格も次第に変化していくことになる。フォスは本作の中では読みすすめるのが苦しくなるほどの災難に見舞われるが、この「変容していく身体と、それに伴って自己の認識、アイデンティティも揺れ動いていく」という描写は、サイボーグやサイバーパンクで描かれてきたものと同様の魅力がある。不変であることと、変わりゆくこと。こうした矛盾した要素の混交が、本作を駆動していく。

ポスト・ヒューマンとしての観点。

物語開始時点では宝石らの前に「人間」が存在していたかは定かではないが、第二巻でフォスが自分たち宝石とは異なる来歴を持ち、海で暮らすカタツムリのような生物「アドミラビリス族」と出会い、この世界の来歴の一端を知ることになる。

アドミラビリス族いわく、この星にはかつて「にんげん」がいたが、6度目の隕石の衝突の際に魂と肉と骨の3つに分かれたのだという。アドミラビリス族はこの3つのうちの「肉」にあたり、宝石たちが持たない「生殖と死の繰り返し」を行っている。一方「骨」は他の生物と契約し長い時を渡る術を身に着け陸に戻ったとされる。宝石たちが「骨」なのだろう。そして「魂」は肉と骨を求めてさまよう、月人たちをさしている。一巻時点でも明らかではあるが、こうした設定から本作は明確に「人類滅亡後」の世界を描き出す「ポスト・ヒューマン(宝石)」ものであるといえる。

しかしそもそもなぜ人類後の生物として宝石を選んだのか? といえば、今は亡きCakesのインタビューで軽く答えていた。いわく、仏教の教典のひとつに『無量寿経』というものがある。その一節では、西方極楽浄土は宝石でできているとされる。『そのお経を高校在学中ずっと読まさているうちに、「極楽」と言われる“すべてのもの”が助かるような所でも、宝石は装飾にしかならないんだなとぼんやり思いました』というところから、次の疑問をいだいたのが、本作の発想のもとになっているのだという。

「極楽浄土の宝石はどこかで採れるのかな?」と思ったんですよ。お経によると自然発生らしいんですが、浄土を飾り付けるための宝石を、狩りに来る仏たちの話……なんておもしろいかもなと思ったんです。

ポスト・ヒューマンを描き出すSF作品は数多くあるが、ここまで明確に鉱物を選んだ作品はあまり記憶になく、そこからジェンダーSF的な観点であったり(宝石たちはみな性が存在しない)、本作の独特な質感(美しく、荘厳でありながらも、どこかカラッとしている)に有機的に繋がっていると思う。また、13巻の特装版には、終盤の重要人物によって「無機物の意思需要〈石理心象翻訳実験Ⅰ〉」題された詩集も収録されているのだが、これは単なる詩の羅列にとどまらず、岩石の思考法に実験的に迫るSF論文的な文章も入っていて、SF読者的にも大満足な仕上がりになっている。

ポスト・アポカリプス、終末ものとしての良さ

大きくこの要素が前景化してくるのは物語の後半になるのであまり多くは語らないが、本作はポスト・アポカリプス物としても唯一無二の情景をみせてくれる作品でもある。フォスは、博物誌を作ろうと様々なことを調べていく過程で、そもそも「金剛先生」とは何なのか? なぜ月人は襲ってくるのか? 月には一体何があるのか──? という、根源的な問いに立ち戻り、最終的には過去を知ることになる。

そこで、過去の6度起こったとされる流星の飛来の情景が一瞬描き出されるのだが、その美しさといったらない。初見で読んだ時は、そのシーンはあまりにも美しく、同時に破滅的で、人間の業が同時に描き出されているおもしろさもあり、『すべては変わっていく』のシーンなどは、呆然としてページをめくる手が止まったほどだった。そこから衝撃の最終話に至るまで、終末、そして輪廻を含む再生の描写は、長い物語を(連載期間的にも、作中時間的にも)追ってきたことへの深い満足感が伴っていた。

おわりに

と、他におもしろかった箇所をあげだしたらきりがないので(建物や情景などのデザイン面から、女性的な面と男性的な面が合わさった宝石たちのキャラクターデザイン、鉱石の特徴と密接に絡み合ったキャラクターの人格デザイン、仏教✗SFとしての組み合わせのおもしろさ)、SF的観点の魅力についてはここらで締めとしておこう。

本も一冊一冊がデザイン的に優れているので紙の本でもオススメしたいが、読んだことがない人は、これまでにも何度かかなりの話数が無料公開されているので、機会を待ってみてもいいかもしれない。深く記憶に残る作品だった。

アニメが今年中はみれるみたいなので、よかったらぜひ。
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