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続々・ジクサー号インプレ 「ネガ」。

こんばんは!

 

先週、ナイトクルーズをひとっ走り計画していた。しかし「夜桜」は雨に祟られ、「万博前夜」には公休日が合わず(開幕の日を一日間違えていた)。

 

一方話題のトランプ関税について、下手な政治談議を二、三度ほど試みたが「ビジネスマン大統領」であるトランプ氏、「ディール」、取引きを誘っているのであって、「日本の立場」なんぞを聞きたい訳ではない。

 

如何に「誠実に粘り強く」事に当たったとて、愚直に正論を唱えるだけなら追加関税発表直後に行った電話会談の二の舞。「私に説教する気か!💢となるよ。

 

重々承知の事、と思うが(白目)。

 

と、今回は何か書こうにも、あれもこれも「ダメだこりゃ!」状態。で、苦し紛れの「続々」記事だ。

 

・・・

 

(今回記事本文と画像は直接関係ありません。)

いつも軽快な走りで楽しませてくれるジクサー号。

 

その走りの質とは、まあ要するに125ccのそれだ。フルサイズ250ccから上のクラスのように、一瞬で巡航速度まで加速するという事はない。常にもうひと伸び足りない。

 

それ故「よしっ、もうひとひねり!」となる。この「操る楽しさ」に頬も緩む。

 

念のために、決して「遅い」ワケではない。青信号で車列を引き離すなど余裕でこなす。その上での「使い切って走る」楽しさだ。

一方半年乗ってみて不満点も出てきている。今回はその話。

 

まずはデザインだ。直翅目?そのどこかしらを連想させる風体、それ自体は良い。「なんでこー来る!?」変態鈴菌炸裂でむしろ微笑ましい。

 

問題は「ストリートファイター」風の尻の上がったリア周り、それによる壊滅的積載力不足である。

リアシート下のわずかなスペースは車載工具に占拠されている。それならば、と収納グッズを検討しても、トップケースか、この振り分け型のスポーツサドルバッグ位しか選択肢がない。

長年購入を続けてきた雑囊型のサドルバッグなどナナメったシートレールのせいで上手く固定できないのだ。

この振り分け型サドルバッグだが、車体の高い位置に付き、かつ外側に向かって張り出しが大きいため、乗り降りする際しばしば足を引っ掛け、おっとっと!となる。そこはトップケース同様だ。

 

また構造上防水性能がなく、帰宅したらいちいち取り外して屋内保管が基本。「入れっ放し不可」のため「付けっ放し」のメリットもない、という事。

 

さらに荷物が少ない時でも必ずニコイチで取り付ける必要がある等、ハッキリ言って使い勝手はよろしくない。

 

私のような中年独身男にはさして問題でもないが、バッグを吊るとリアシートが使えなくなる点も(一般的に見れば)大きなデメリットと言えるだろう。

トップケース?確かに良い物だが、キャリアとセットで購入する必要もあり、高い。

タンクが樹脂製のため、タンクバッグも高価な専用品かアタッチメントで取り付ける特殊な物しか出回っておらず、こちらも選択肢に乏しい。

「ジクサー」たる所以、それは兄貴分の250ccに無理矢理デザインを似せているだけであって、共通するコンポーネンツはさほど多くないようだ。

 

ならば、今時新車価格30万円台軽二輪である。少々値上がりしても良い。用品取り付け自由度の高いネオクラシック/スクランブラー風のデザインで行くとか、「ちびアドベンチャーツアラーVストローム150」なんてのも面白いかも知れない。

 

その軽快でフレンドリーな走りに沿う形で、ジクサーSF250とはイメージの差別化を図るべきである。

 

このバイク「ストリートファイター」である必要はない。如何だろうか、鈴木さん。

もう一点(ニヤリ)。その楽しい走りをもたらす「小さな車体」。それ故か、道々で地味な排気量マウントを喰らいまくる。

 

「大型はいいぞぉ~!」

 

バイクブログ(のようなもの)を嗜む者の一人として、一方で心待ちにしているこの殺のセリフこそ未だ聞いてはいない。が、つい先日こんな事があった。

ジクサー号で気持ち良く走っていると、国産大型バイクに乗った親爺(ヘルメットからのぞく襟足を見るに、私と同年代くらいか?)が前を法定速度で流している。

 

私が何の気なしに追い越してしばらく後、猛スピードで抜き返し、また前をちんたら流す。再び私が追い越してしばらく後、猛スピードで・・・(くりかえし)。こんな調子でかれこれ20分ほど絡まれた。

これほどあからさまでなくとも、「俺様のデカくてカッコ良いバイクを見せつけてやるぜ」走り、アレ、ご本人は「密かに」優越感を楽しんでいるつもりでも、もうハタから見てバレバレなんだな。

 

下駄代わり丸出しの原チャリでクルーズしていた頃より、明らかに遭遇する機会が増えた気がする。予感はあったのだが、どうもナメられるバイクのようだ。

 

全く今の世の中・・・いやちょっと待て、昔から居た居た!

大型二輪免許が教習所で解禁になる前の話だ。用もないのにご自慢のビッグバイクで運転免許試験場(!)に乗り付け、受験者に上から目線「アドバイスをして回る。

 

「この人よっぽどヒマなんやな。」

 

と腹の底で思いながら(適当に相槌を打ちつつ)試験の順番を待っていたモノだが、スマン、すっかり忘れとったわ。

 

お懐かしや元祖・排気量マウントおじさんである。

 

大型バイクなんぞ望めば誰もが乗れる世の中になり、すっかり人影まばらとなった(と思われる)二輪実技試験待合所にて、今もお元気にあらしゃいますやろか(底意地悪い京都弁だ)。

たかがバイクである。この「たかが」の部分こそが、この乗り物の最大の魅力だと思っている。クルマのように、やれステータス性云々といった外野からのくだらない縛りはない。皆それぞれ好きな奴を買い、自由に走りを楽しんでいるのだ。

 

それに水差す頓珍漢なマネはやめましょう。

購入して半年。「収納、積載力不足」そして「排気量マウント」、以上が不満点だ。

 

が、この手のバイクに荷物を山のように積み、ロングツーリングを楽しむバイク乗りなど、それこそゴマンと居る。

過去記事でも述べたが、四輪と比較し二輪の楽しさとは何ぞや?極論として「その不便さを楽しむ」、これが私の考えである。

 

そもそもバイクなんて、人は乗せられない荷物は積めない、夏暑く冬寒い、そういうモノだ。

 

そこで皆それぞれ創意工夫を凝らし、愛車と付き合っている。この「創意工夫」「試行錯誤」、ここに面白味を感じない人はバイク趣味の適性はない、と思う。

 

積載性なんてどうにでもなる。現に私も、振り分け型サドルバッグは使い勝手が悪いとぶーたれつつ、「どうにかなって」いる。不便さを存分に楽しみ、収納スペースを入手した訳だ。

一方の「排気量マウントおじさん」。こちらは目下ネット等でも話題の案件につき、少々大仰な書き方をした。

 

まあ言うなればどこにでも居る「ちょっとアレな人」、それだけ。取るに足らぬ些細な事である。

いずれも不満未満の不満である。結論としてジクサー号、欠点らしい欠点はない。ネガティブレポートと見せかけた愛車自慢だ。

 

シンプルに「バイクという乗り物の楽しさ」を手に入れたいなら、ジクサー号以上の物は必要ない。バイクに何百万なんて大金を積む事はないのだ。

 

お読み頂き、ありがとうございました。




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