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レッドクリフ Part I

ふかづめ新訳 惨獄死、赤壁の戦い  ~映画の話は一言もしてません~


2008年。ジョン・ウー監督。トニー・レオン、金城武、チャン・フォンイー。

劉備と孫権と曹操がやいやいする。


平素よりご愛顧いただいております、ふかづめです。
明けたねぇ~。
2026年よ。なんか毎年明けるよな。年って。たまには明けない年があってもいいのに、なんで毎年確実に明けるんだよ。人も社会も、自然も宇宙も不確実なものなのに、なぜか時間だけは確実なんだよな。確実に未来へ進んでいきやがる。そう考えると、時間っておもんないわ。もっとおもろく流れろよ。不確実性こそがオモシロの根源だろうが。時間、こら。このクソバカ概念がよ!

さて。今年1発目の更新ですね。
ようやくニンテンドゥートゥイッチトゥー(通称トゥー)を購入できたので、その経緯を記す。

過日。開店時間にエディオンに行ってトゥーを買おうと、なんとなく思い立った。だが、店頭販売で購入するにはエディオンのアプリ会員にならねばならず、そのための煩雑な手続きをイライラしながら済ませた俺、「なんでパスワードを設定した上から、パスコードとかいう訳のわからんもんを認証するために別途メールで送られてきた4ケタの番号を入力せなあかんねん、ばか。なんの意味があんねん、これ。そこまでせな管理でけへんぐらい高度情報化社会が多岐多端を極めたというのなら、それって逆に情報化社会として脆弱じゃなーい?」などと、ひとしきり不満を垂らしたのちエディオンに赴き、営業開始時間と同時に入店すると、なんと「本日のトゥー店頭販売、売り切れ」の立て看板が、ボカーン、立ったあったわ。
返せ、パスコードの4ケタ。
即刻アプリ会員から退会したわ。
店員を掴まえて俺、
「ここって10時からですよね?」
「そうです。たったいま営業開始したばかりです」
「たったいま営業開始したばかりなのに、あすこの立て看板に『本日のトゥー店頭販売、売り切れ』と書いたあるんですけど。ややもすると、このわずか1~2分の間にAKBみたいな連中が根こそぎフライングゲットしていったの?」
「ああ、すみません。昨日売り切れて、まだ入荷してないんですよ~」
「でしょうな。であれば『本日のトゥー店頭販売、前日に売り切れ』とするのが日本語的には正しいですよ」
「たしかに、そうかも」

そう嫌味を残して、俺は絶望しながら街を彷徨った。近くにはニンテンドゥーKYOTOがあるが、この手の任天堂直営オフィシャルストアではトゥーの店頭販売はしない、とSNSで見かけたことがあったので、まあ無駄足だろうけど散歩がてら冷やかすか、と思い、なんとなくニンテンドゥーKYOTOに行ったら、トゥー、あった。
「トゥー!」
棚に、ボカーン、置いたあったわ。
あまりに呆気なく、また、あまりに無防備に、トゥーが普通に売られていたので、逆に訝しんだ怜悧な俺、近くにいたスタッフのニンテンドゥーおばさんに話しかけてみた。
「あの…、そこにトゥーが、ボカーン、置いたあるでしょ?」
「ええ。販売してますよ。トゥー」
「それ、買うてもよろしいの?」
「もちろん! この、トゥー、ゆうて書いたあるプラッチックの札を持ってって頂ければ、レジでお渡しできますよ」
「なんぞアプリ入れたり会員なったり、せんでよろしいのん?」
「うっとこは会員制ちゃいまんねん。このプラッチックの札持ってったらすぐナシつきますわ」
「ほんまかいな。ハナシ早っ」

ほんで、すぐトゥー買えた。
惜しむらくはレジ袋。
願わくばレジ袋を、いかにも「トゥー入ってます」と言わんばかりの、ニンテンドゥートゥイッチトゥー!ゆうて、マリオとかいろいろ描いたあるトゥー専用デザインの袋ではなく、もっとバレにくい至極普通のビニール袋とかだったらなぁ、と思いつつ、そのトゥー買うたん即バレ袋を後生大事に抱え、道中、追剥ぎとかに留意しつつ、大急ぎで帰路についた。
帰ってすぐデータのお引っ越しをして、念願だった『ファイアーエムブレム 蒼炎の軌跡』(2005年発売のゲームキューブの作品)を遊んだ。
ありがとう☆

そんなわけで本日は『レッドクリフ Part I』です。



◆新訳 惨獄死◆

 今回は三国志の中でもとりわけ人気の高い「赤壁の戦い」を扱ったジョン・ウーによる前後編のうちの前編『レッドクリフ Part I』(08年) の評だけど、そもそも「赤壁の戦い」を知らない、なんなら三国志すらよく知らないという人のために大筋から書きだしたところ、山本リンダばりにどうにも止まらなくなって、気がついたら1万6千字も使って「ふかづめ新訳、赤壁の戦い」とも呼べる、概要説明なのか短編小説なのかさえよくわからない長文を書いてしまったので、…うん。
もう今回はそれ一本でお届けします。
よって映画評は次回の『レッドクリフ Part II -未来への最終決戦-』(08年)に譲ることとし、今回は「ただの読み物」として、読者諸君におかれましては、めいめいの読み方で「おっほ。あははん」と楽しむなり、「映画評書けや」と膨れるなり、読まないなり、各自の判断で、かかる狼藉に対処すること。いいね。

◆不憫なりき、阿斗◆

 中国、後漢末期。208年。
猛烈な勢いで南に領土を拡大する曹操軍に追われまくり、劉備軍は踏んだり蹴ったりの目に遭うていた。かわいそうに。
だが、劉備の嫁はんと、その息子の阿斗が曹操軍に捕らわれていると知った忠臣・趙雲は、おもむろに馬首を返して単騎曹操軍の渦へと突っ込んでゆき、むちゃくちゃに敵を斬りながら阿斗を奪還。
このとき、劉備の嫁はんは「私がいたら足手まといになります。阿斗は頼みましたよ。『阿斗は頼む』と『後は頼む』でちょっと韻を踏んでみた」と言い残し、スーパーマリオブラザーズの土管みたいに自ら井戸の中に身を投げてしまう。趙雲は、暫しキョトンとしもって「なんで、こんなときにちゃめっ気を出したんだろう。不思議な奥方」と心で思った。
一方、劉備の義弟にして一騎当千の猛将・張飛は、劉備を川の向こうに逃がしたあと、橋のうえに仁王立ちし、曹操軍の追っ手にむかって「おんどりゃあ、命が惜しなかったらかかって来んかい、あほんだら。いてこますぞ!」と大喝した。これに怯んだ曹操軍。張飛の裂帛の怒声と凄まじい形相に「こわいいいい」とヒスを起こしてババをちびる者、ぽろぽろ泣きだす者、ビビりすぎて嘔吐する者が続出した。夏侯傑という名の曹操麾下の武将にいたっては、地を揺るがすほどのその大喝に肝を潰して失神、馬から落ちて死んだ。
「こわいー、こわいー」
追っ手を指揮する曹操軍の武将・文聘は業を煮やし、「おどれら、たった一人に何ビビっとんねん。一斉にかかったら勝てんにゃさかい、とっとと行けや」と叱咤したが、部下のひとりに「だったら文聘さんが先陣きってくださいよ」と言われ、思わず「確実に死ぬのでやめておきます」と本音がポロリ。後日、部下たちと「張飛まじヤバいよねー」という話で盛り上がったという。


どうにか虎口を逃れた劉備は、別行動をしていた関羽・孔明とも合流し、夏口ちゅうとこの劉琦の下へ落ち延びる。
このとき、血まみれの満身創痍で阿斗を奪還して帰ってきた趙雲に「われ、生きとったんかい!」といたく感動した劉備が「ええい、誰なと拾え」つって生後間もない阿斗を草むらに放り投げたという逸話がある。
「えっ!?」
驚いたのは趙雲である。せっかく命懸けで救い出したのに。ほり投げとるやないか。
劉備は滂沱たる涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら趙雲にハグをした。
「我が妻子を救うべく単騎敵陣の中で血路を開き、全身ズタズタになりながらこれを奪還す。余のためにそこまでしてくれることが余は嬉しい。そなたのような忠義に厚いナイスガイはまたと得がたい。そんな偉丈夫を、阿斗のせいで…、言い方は悪いけど、こんなガキのせいで危うく失いそうになった。正味、子供なんてまた作ればいいけど、そなたのような武将は不世出。きわめてナイスな忠義といえるよね」
なかなかイカれた発言だが、趙雲も趙雲で、そんな劉備の胸中を知り「お子を放り投げてまで、こんな私めに!」なんつって泣いた。趙雲はガチ劉備厨だったのだ。
「…それはそうと、嫁は?」
劉備は辺りを見渡しながら、そう言った。これに趙雲、ほぞを噛みながらその場で膝をついた。
「申し訳が立ちません。それがしの不徳の致すところにより、奥方は『あとは頼みましたよ』とのお言葉を残され、自ら井戸の底へ…」
ややあって、劉備。
「ああ、阿斗だけにね。韻踏んでるやん」
この嫁にしてこの旦那、と趙雲は思った。


◆ローテーブル斬るな◆

 そのころ、呉の孫権は頭を抱えていた。
いよよ南征を開始した曹操に、呉の文官たちはチキって降伏論を唱えたが、劉備との間に入ってうまく橋渡しをした魯粛というおっさんが諸葛亮孔明を呉に招いて主戦論で孫権を説得したからだ。
だが孫権は経験未熟の青二才。そこで、最も信をおく天才軍師の周瑜に意見を仰いだ。
「なあなあ、周瑜。曹操ってむっちゃ怖くて強いらしいけど、ぶっちゃけどう? 文官たちはムリっつってるけど、劉備と組んだらワンチャンいけたりする感じ?」
周瑜は嘆息した。
「あほですか、あなたは。劉備と同盟を結んだところで、こちらの兵力は5万。対して曹操軍は20万。普通にムリでしょう。ワンチャンもネコちゃんもないですよ」
それを聞いて孫権、孔明の方へと向き直り、「ほなムリかぁ。せやさかい諸葛さん、せっかく遠路はるばる来てもろたのに堪忍やで。やっぱムリかも」といって茶を飲んだ。
すると孔明、「さいですか」なんつって周瑜に見送られながら帰ろうとしたが、その折、曹操がたいへんにスケベな男であり、周瑜の嫁はんである絶世の美女・小喬を欲していることをチラと周瑜に耳打ちした。これに激昂した周瑜、「許すまじ、曹操。この私から小喬を奪おうとは。いっぺんシバいたらなあかん」とプライドに火が点き、孔明を帰したあと、矢のように孫権のもとへ駆けてゆく。


「孫権様。やっぱ戦いましょ」
周瑜が肩で息をしながら主戦論を唱えるや、孫権はただ単にキョトンとした顔をした。
「え? あーた、さっきはムリ言うたやん」
そう言われ、ややバツが悪そうに周瑜。
「たしかに、さっきはムリついましたけど、あれは単に兵力差の観点でいえばムリ、という話であって、必ずしも不利というわけではありません。ムリと不利とでは似て非なるものです」
「なにをいってるかぜんぜんわからない」
周瑜の説得に応じず、そこは冷静な孫権であった。
「や、明らかに不利やろ。曹操軍、めっさ強いやん。数もいかついし。それに劉備ちゅう男もいまいち頼りないねん。顔も汚ったないし、もとは草鞋売りやろ。あと、 劉備ってなんであんな腕長いん? あいつのインスタ見たけど、め~ちゃめちゃ腕長い。びっくり人間やんか、あんなもん。膝まで垂れてたやん。体型ほぼディディーコングやんけ」
「されど劉備軍は、関羽、張飛、趙雲と猛将揃い。なにより諸葛亮孔明がおります。孔明は私と同じぐらい賢いです。まあ僅差で私の方が賢いでしょうけど。あと劉備自身も、昔は傭兵をやっとりましたので武もなかなか立つらしいですぞ。腕が長いのでリーチがあるんでしょうな」
「ああ、ダルシム的な?」
「そうすそうす。その場でくるくる回転すると遠心力で両腕がでんでん太鼓みたいになるんで、そのへんの短剣でもテキトーに握ってりゃあ、それだけで回転式人間凶器の出来上がりと、こうなるわけです」
「やば! バリ強いやん、劉備」
周瑜は身を乗り出してダメ押しの説得に出る。
「さらに、戦場は長江に沿う赤壁。つまり水上戦と相なります」
「あ、そうなん」
「そうです。我が国は、呉の基盤を作ったあなたのお父上、孫堅様が海賊キラーとして勇名を馳せてからというもの、なんとなく水との縁を感じて、やたら水軍を鍛えまくったので船に乗れば負け知らず」
「修二と彰やん」
「修二と彰です。地元じゃ負け知らず。地の利があります。対して曹操。なるほど騎馬隊を指揮させれば当代随一ですが、その機動力も水上ではポニー同然に無力。絶対に勝てますよ」
「マジのすけ兄さんかよ」
「マジのすけ兄さんです」
「よっしゃよっしゃ。ほな戦おか」
開戦を宣言した孫権は、反対派の文官たちの前で宝剣を抜いて高級そうなローテーブルを叩き斬り、「これより降伏を口にした者はこのテーブルと同じ運命になると思え! つべこべ言うな。戦うでー!」と叫んだ。
なんでそんなことするの。勿体ない。


◆火と風◆

ちゅこって赤壁の戦いが幕を開けた。
とはいえ、アホの孫権はこれといって何もせず、我がで叩き斬ったテーブルの補修作業に取り組むばかりで、一方の劉備も特にすることがないので野原で蝶ちょを追いかけた。
主に動いていたのは周瑜と孔明である。呉の天才軍師と蜀の天才軍師が手を組んだのだから、その計り知れない知略の前に二人の主君が暇を弄ぶのも無理からぬこと。

まず、軍議の場で周瑜が「それでは会議を始めます。打倒曹操に向けて、皆さんから策を募りたい、と、こんなふうに思ってますねん。各自、スタッフから配布された極太マッキーでご自身の掌に『これだ!』と思う策を書いたのち、せーので見せ合いましょう」と提案した。
「そんじゃいきますよ…。せーの!」
周瑜の掌には「火」と書かれていた。ほかの群臣も「火」と書いていたので、思わず嬉しくなった一同が「やっぱツーカーの仲だよね俺たち」、「呉サイコー」などといって抱き合って喜んでいると、ただひとり、孔明だけが違う字を書いているではないか。
風。
「風て」
誰かがつっこんで、一同爆笑。
「ぱっぱっぱっぱ。いや、失礼。孔明殿は兵法に疎いようだ。数で劣る連合軍に勝算があるとすれば、水上戦のアドバンテージと数的不利を跳ねのけうる火攻め。火計こそセオリーですぞ」
「ばりウケる。そも、天候なんて操りようがないのに、どやって風で勝ちますのん。ギャグ線の高いお方だ。ハガキ職人とかやってた? ぱぱぱぱ」
孔明を笑いものにする群臣のなかで、ただひとり、周瑜だけが険しい顔をしていた。それとは対照的に涼しい顔をしながら、孔明。
「この時期の長江は北西から風が吹きますな。しかし、それだと火を放っても曹操の軍船に燃え広がらないどころか、かえって我々が炎に呑まれてしまいます。畢竟、天下分け目となるは、火そのものではなく風向きなのでは?」
むべなるかな!
火計が有効なんてことはとうに見通したうえで気候こそが勝敗を分かつのだという、さらにもうひとつ奥まで見据え、あえて「風」と書いた孔明の達眼は、明らかに周瑜たちとは比ぶべくもない次元を走っていた。そのことを周瑜は刹那に理解した。孔明は私よりも遥けき先を見ている…。
いかつ過ぎる。


◆一夜、十万矢◆

 その後も、周瑜と孔明は互いの知恵を合力して赤壁攻略を進めてゆくが、交流を深めるほどに底の知れない孔明の叡知に、次第に周瑜は危機感を覚えはじめる。本能レベルで。
こちらの考えがすべて見透かされているような、最初からすべてを悟っているような泰然自若とした孔明の静かな知性。現に孔明は、あとで周瑜がドヤ顔で発表しようとしていた数々の奇策をことごとく事前に看破していた。

「今は同盟組んでるからええけど、こんな奴、ほっといたら呉の脅威になるやんけよー…」

事ここへ至って周瑜、もはや恐るべきは敵の曹操よりも味方の孔明ってんで、どうにかして大義名分を保ちつつ、法にも触れない手段で孔明を始末しようとする。
その日から孔明に対してさまざまな無理難題をふっかけては「できなければ死罪」という形に持っていこうと苦心惨憺する周瑜だったが、あらゆる難題を一休さんばりの頓智で解決していく孔明に、次第に心労祟って痩せ細りながらも周瑜、「矢が足りない! 水上戦でのメインウェポンは矢なのに。どうにか工面できますかな、孔明殿。ていうか、できるよね。孔明殿にできないことなんてないよね。マザー愚問ファッカーの私をお許しくださいませね。うふふ。なんてアホな私」なんて謙遜すれば、「できない」なんて言った日にゃあそこに付け込まれるのは明々白々のハクビシンってんで、孔明「もちろんできます。矢は私がなんとかしましょう」と答える。なんたる駆け引き。まるで茶番。
よっしゃ。言ったね。「できます」と言ったね? 言質はとった。そこで周瑜はハチャメチャな無理難題を突きつけた。
「チャゲアスの曲にもありますでしょう、『矢ー矢ー矢ー』ゆうて。決戦の日に備えるべく、孔明殿には10万本の矢を調達して頂きたい。猶予は10日間。それが過ぎればゲームオーバー。首が飛びますぞ」
傍らにいた魯粛が驚いて飛びあがった。
「そんなムチャポコな!」
周瑜のムチャポコな要求に、孔明は扇を仰ぎながら涼しげに応える。
「ああ、でしたら3日で十分です」
馬鹿か、こいつ!
周瑜は気が狂いそうになった。マジで何言ってんのこいつ。たった3日で10万本もの矢をどやって用意すんねん。1日3万本以上のペースで矢を作ることなど土台インポッシブル。仮に孔明が矢を大量生産したいから職人を貸してくれと要求してきても、んなもん、すぐ断ったらあ。だが孔明のこと。なにか妙案があるに相違ない。だがそれがわからない。なにこれ。平行思考クイズ?


その夜、心配した魯粛が「3日で十分だなんて、あんな大口叩いて…。ほんまに大丈夫かいな?」と言っても、孔明はただ静かに微笑むばかり。
で、1日経ち、2日が経ち、何もせぬまま時は過ぎ、遂にタイムリミットの3日目の夜。気が気でない魯粛に「舟でも乗って気分転換しましょう」と孔明、にこり。
「あ、あんたアホか! 約束の矢を忘れたか。気でも違ごたんか。もう3日目の夜だというのに、ただの1本も矢を作らず、なに呑気こいて舟なんか乗って!」
周章狼狽する魯粛に、からからと笑いながら孔明、「そう慌てなさんな。矢なら、これから作りにいくんですよ」と言い、部下に舟20隻を漕がせて、あろうことか曹操軍の陣営へと向かっていった。その舟はいくつもの藁人形を載せており、ゆらゆら孔明と魯粛、長江を北上していると、次第に濃霧が海上を覆った。
すると曹操軍、見張りのひとりが「夜襲だー!」と鬨を上げれば、さすがの連携、よく訓練されとります、ババッと兵が現れ、一斉に矢を射かけた。霧でよく見えんが、孫権・劉備連合軍が先制攻撃を仕掛けてきくさった。生意気なガキどもだ。ありったけの矢を浴びせたらあー。
不断に打ち続く鋭き矢音に、魯粛は縮みあがった。
「こわいー、こわいー」
瞬く間に20隻の舟はハリネズミのように矢にまみれ、安全な船内からこれを確かめた孔明、「おっけおっけ、こんなもんでしょう。帰ろー」と言ってあっさり引き返したもんだから、曹操軍は暖簾に腕押し。
半刻後、その舟20隻を周瑜に見せつけ「はい。ざっと10万本以上はあるかと存じますが、一応数えてくださいね」と言い残し、あくびをしながら寝室へと向かっていった孔明。よく見たらBAKUNEを着ていた。
これを「草船借箭の計」と呼ぶ。
周瑜はストレスで便秘になった。魯粛は安堵で便を漏らした。表裏一体だった。


◆So I'mma light it up like dynamite◆

 赤壁攻略に心血を注いだのは、なにも周瑜と孔明だけではない。
孫堅、孫策、孫権と孫家三代に仕えた老将・黄蓋は、曹操軍の武将・蔡中と蔡和というブスのおっさん二人が偽の投降をしてきたことを逆に利用しようと考えた。
「蔡中と蔡和は腐れスパイ。かといって二人を斬るのは下策。ワシが曹操軍に潜り込むための説得材料になってもらうことこそが上策と存じますわいな」
黄蓋のプレゼンを聞いて孫権、「もう話が難しすぎる」と言って補修したローテーブルのうえに腰をおろした。
テーブルの上に座んなよ。
「つまりこういうことです、若。ワシは此度の火計の実行役を務めたいと、こういうふうに考えとります。そのためには曹操軍に偽装投降して、あらかじめ油を染みこませた芝草を用意したのち、内側からムカ着火ファイヤーをすれば曹操軍にとって被害は甚大。ここまでお分かりか?」
孫権はコクリと大きく首肯した。その頷き方は、まるでアホのようであった。
「うん、わかる。僕たちが外から地道に火矢をぴゅんぴゅん射るより、内側からドカンと大炎上させた方がデーハーでいいよね、ってことでしょ」
「その通りです。さすが若。しかし問題は偽装投降です。どうすればワシがうまく曹操軍に潜り込めると思いますか?」
孫権は眉間にしわを寄せ、一生けんめいに頭をぐるぐるさせてクイズに取り組んだ。
「そら、僕の名前を出して、テキトーに『孫権は横暴だ。劉備は腕長い。連合軍は絶対に負ける。なぜならマヌケ揃いだから。やっぱ曹操様っしょ。だから僕ちゃんをあーたの麾下に加えてくんさい。サラダは前菜。忠誠誓いまーす、活躍しまーす』とかなんとか言えばいいんじゃねーの」
孫権のあまりに浅慮な回答に、黄蓋はクイズを出したことを半ば後悔しながら、かぶりを振った。
「それを曹操が信じると思いますか?」
「信じねーの? 逆に」
「信じるわけないでしょう。ただでさえ勘が鋭く、抜け目のない奸雄。ペテンが通じるほどアホではありますまい。それに順序を正せば、まず曹操サイドが『蔡中と蔡和をうっとこに偽装投降させる』という手を使ことるわけです。それとまったく同じことをワシがしたとして、曹操はどう思います?」
「あ、こいつ偽装投降だ、って思うと思う」
「つまり即バレですわ。なればこそ、ワシの偽装投降に信憑性をもたせるには相応の説得材料が必要なんですじゃ。そのひとつが蔡中と蔡和。彼らには証言をしてもらいます」
「証言たって、なんの証言?」
「蔡中・蔡和のふたりが曹操の前で、ワシが周瑜様から鞭打ちに処される現場の目撃証言をさせるのです」
「やっぱり話が難しすぎる」と孫権は頭を抱えた。
この秘策を聞いていた周瑜は、辛抱たまらず二人の会話に割って入り「待たれよ、黄蓋殿。理屈はわかるが気持ちの整理ができない。Jリーグ功労選手賞をあげたいぐらい、三代に渡って孫家を守ってきた黄蓋殿を、何条もってこの私が鞭打ちに処すことなどできようか。鬼すぎるだろ、そんな仕打ち。絶対やれへんぞ」と言ったが、その言葉を遮って黄蓋、「やるのです」とまっすぐ周瑜の瞳を見据えれば、その覚悟に応えるべく周瑜も黙って頷く、みたいな、アホの孫権をほっといてアツい一幕が演じられたのでありました。


すべては示し合わせたうえで“劇”は演じられた。
決戦を目前にしても尚これといった奇策が思い浮かばない(フリをした)周瑜を黄蓋が口汚く罵る(フリをする)と、これに激怒した周瑜は蔡中・蔡和も見ている公衆の面前で黄蓋を鞭打ちの刑に処した。ここはバラエティなしで、血が噴き出すぐらい本気でしばき回した。これにより大怪我を追い、たいへんな屈辱を味わった黄蓋は、蔡中・蔡和に投降を申し出て曹操陣営に下る手配をしてもらう。
もちろん曹操はいの一番に偽装投降を疑ったが、黄蓋の体のおびただしい鞭痕、本当に死にかけていること、何より孫家三代に仕えた功労者にも関わらず大勢の部下の前で屈辱的な罰を受けたという蔡中・蔡和の証言を頼りに、これら三つの事実を鑑みて「マジかも」と思い直し、黄蓋を配下に迎えた。
これを「苦肉の策」と呼ぶ。
果たして堅牢堅固な曹操陣営に黄蓋という名のダイナマイトを設置することに成功した連合軍。


◆臥龍と鳳雛、そして井森美幸◆

 軍議の結果、残す課題は「孔明の風」だけかと思われたが、周瑜が目をつけた流浪の名士・龐統、という男がふらりと呉に現れ、「風も大事だが、もひとつ大事なのは鎖だちぇーん」と言った。ふざけているのだろうか。
この龐統なる人物。非常に謎多く、掴みどころのない男だが、孔明とは同門で、そこで共に教えを乞うた隠士・水鏡先生(司馬徽)いわく、孔明を臥龍(世に出る機会を待ちながら伏せている龍)、龐統を鳳雛(鳳凰の雛)に喩え、「どちらか一人を得れば天下をとれる」と評したという(まあ、のちに龐統が蜀につくことで龍と鳳凰を手にした劉備も結局は天下をとれなかったのだが)。
軍師としての実力は孔明にも並ぶと目された龐統。「ちょお、曹操はんとこ行ってあんじょうやってくるさかい、待っとき」とだけ言い放ち、勝手にピョコピョコ飛んでった。
「あんじょうやるって、いったい何を…!」。そんな周瑜の言葉はもう聞こえておらなんだ。

さて。ふらふらと曹操軍を訪ねた龐統。テキトーに身分を偽って曹操に謁見すると、よほど龐統が聞き上手だったのか、曹操は恋する女子大生みたいにキャラメルフラペチーノを飲みながら自分語りをし始め、目下直面している問題は兵の疲弊、とりわけ疫病と船酔いだと打ち明ける。
「そっかそっか。可哀想にね、曹操ちゃん。あたしにゃ疫病はどうにもできないけど、船酔いなら解決策があるよ」と龐統は言う。
「マジのすけ兄さんかよ」
「マジのすけ兄さんです。兵にとっちゃあ、慣れない水戦訓練ゆえに船上での生活がストレスになっているんだ。マツキヨとか行って酔い止め薬を買ってもいいが、抜本的に解決するには船の揺れを止めりゃいいのよ」
龐統の提言に興味を示した曹操は、思わず身を乗り出した。
「どやって止める」
「船同士を鎖で繋げばいいのさ。数百艘の軍船も、個々に浮いてるから波に揺れるのであって、ひとつに繋いじまえば大きな1艘。ちょっとやそっとの波じゃあびくともしない。超巨大戦艦の一丁あがりよ。連合軍との水上戦でもきっと役に立つさね。連結していて揺れないということは、船から船への兵の移動が楽になるし、弓兵の命中精度も格段に上がる。そして誰もゲボを吐かなくなる」
これに膝を打った曹操!
「一理あるな。貴様、名をなんと言った」
「龐統でやんす」
「キャラメルフラペチーノ飲むけ?」
一艘燃やせば全軍に燃え広がるよう、船と船を鎖で繋ぎとめる。
これを「連環の計」と呼ぶ。


斯くしてお膳立ては整った。
メインウェポンの矢は10万本揃った。敵陣にダイナマイト黄蓋を送り込んだ。火計発動時に船すべてを丸焼けするよう鎖で連結した。
さらに孔明は勝利のクライマックスを周瑜に献策する。すべての計が成ったとき、撤退する曹操の逃走経路、その退路、すなわち陸路にこそ、水戦の心得がない劉備軍を伏兵に置いたのだ。しかもその急襲が突破されることも見越して、まるで関所のように第一伏兵、第二伏兵…と劉備軍をいくつかに分け、その最後に関羽隊を配置した。

決戦の2日前―。
孔明はあらかじめ赤壁近くの南屛山に祭壇を作らせていた。その祭壇はTRFのサムでも伸び伸びとダンスができるような特別仕様のステージになっており、そこで孔明は、魯粛に向かって「これより私は二昼夜ぶっ通しでダンスをします。創作ダンスゆえ少々奇抜に映りもしましょうが、決してこれを邪魔せぬよう孫権様や周瑜殿にも言い含めておいてください」と希った。
「pardon? なにをいってるかぜんぜんわからない。二昼夜ぶっ通しでEZ DO DANCE? こんな山に誂えた特設ステージで踊ったところでエイベックスのスカウトマンは見ちゃいませんよ」と魯粛。チンプン&カンプンといった面持ちだったが、孔明は涼やかに答える。
「べつに小室哲哉の目に留まってJ-POPシーンで華々しくデビューしたいと思っているわけではありません。このダンスは東南の風を吹かせる祈祷の舞い。温かな東南風が吹いたとき、それが開戦の合図です」
魯粛は、もうわけがわからなかった。ダンスして東南風を吹かせる? おちょくっとんのか? 仮にそんなことができたら、もう孔明は人間じゃねえじゃん。魔じゃん。はは。魔に属するなにかじゃん。はははは。だが待てよ。孔明はこれまでも周瑜の無理難題に応えてきた。すべてを見通してきた。一度の失敗もなかった。てことは、すでに魔じゃん。そう考えると存外、本当に吹くかもな、東南風。はははははははははははははははははははははははははははははははは。おもろ。この世界ってメルヘンなの?
もはや常識では計り知れない孔明まわりのエピソードの連続に、もう魯粛は考えるのをやめて、いっそ笑った。
去り際、孔明に掛けたは、ただ一言。
「なんか音楽いります?」
「アラベスクの『ハロー・ミスター・モンキー』とかあったら掛けて頂きたい」
「あ、ユーロビート?」
そんなわけで、魯粛は黄蓋の部屋のレコード棚からアラベスクのグレイテストヒッツとCDプレーヤーを失敬して再び南屛山へと赴き「ハロー・ミスター・モンキー」をリピート再生した(黄蓋は洋楽のフアンだったのだ)。

(アラベスク「Hello Mr. Monkey」 YouTubeより)

孔明は踊った。遮二無二踊った。たまに周瑜の部下が様子を窺いに行っては、その様子を周瑜に報告した。特設ステージの孔明は、とにかくダンスというダンスを片っ端から、必死こいて踊っているという。龍舞も、獅子舞も、阿波踊りも、ソーラン節も。
「ホリプロオーディションのときの井森美幸のやつも踊ってました」
そして3日目。夜が明けようとしたころ、連合軍の陣に立つ千旗がやおら翻って西北を指した。突如、東南から風が吹いたのである。
「バカな…」
茫然とする魯粛の周りで、周瑜軍の兵卒が鬨をあげた。
「井森美幸のお陰だ!」
それは違うだろ。


◆炎のオペラカーテン◆

 呉の陣営では、周瑜が邪悪な刺客たちに「東南風ダンスを終えた孔明は、下山してここへ戻ってくる。そのタイミングで孔明を討て」と命じていた。いよよ孔明の鬼謀を恐れた周瑜が、あらかじめ禍根を残さぬために孔明暗殺を謀ったのである。
だが、もちろんその程度の肚裡は読んでいた孔明、ダンスが終わるや否や、周瑜の幕舎へは戻らず、疾風のごとく劉備のもとへ帰っていった。
「孔明は? 殺った?」と刺客に訊ねる周瑜。
「どこ捜してもおらしまへん。帰ったんとちゃいまっか」
「あ、ジーマー? まあええか。東南風は吹いたし。開戦じゃあ!」
まあええんかい。

ここから先は、もう予定調和である。
すべての策がおもしろいほどに、うんにゃ、逆につまらないほどビタビタとはまっていった。
まず黄蓋が船に火を放ち、その火だるまになった船を別の船に突っ込ませた。するとその別の船に燃え移った炎は、鎖で繋がれた隣の船へと燃え移る。そこへ呉軍が無数の矢を流星群のごとく射かけた。
「いやああああああああ」
「とても熱いいいいいいいいいいいいい」
「肩、刺さったああああ」
阿鼻叫喚の曹操軍を嘲うかのごとく、火焔は踊り、渦巻き、炸裂する。
その紅蓮舌に、孫権に仕える映画好きの甘寧という武将は「マイケル・ベイかよ」と下手な喩えをした。
マイケル・ベイではない。
そのさまを対岸から見ていた周瑜は「まるで炎のオペラカーテンだ」と洒落た表現を用いた。比喩はこうでなくっちゃ。
周章狼狽する曹操軍。力自慢の許褚という武将が「鎖を外せ!」と冷静に指示したが、万の軍勢のように押し迫る炎と、雨のように矢が飛んでくる状況下でえっちらおっちら鎖を解く作業をしている暇などない。兵卒の誰かがどさくさ紛れに「できるかぁ!」と許褚をなじった。許褚は悲しい気持ちがした。
信じがたい光景に、曹操は旗艦上でキョトンとしていた。
こりゃあ、一体、なんなんだ…?
もはや美しいまでの紅蓮の壮観に、断末魔という名の賑やかな歓声。東京ディズニーランドのエレクトリカルパレード?
そこへ、勇将と名高い魏五将軍の張遼、徐晃、于禁、楽進、張郃が集まった。
「丞相、逃げますぞ!」
その声に曹操はハッと我に返り、「状況を端的に、かつ正確に報告せよ!」と指示した。
「ゲロヤバです」と張遼が言った。
「なんかいろいろ燃えてます」と徐晃。
「昼かな、ってぐらい明るいです」と于禁。
「GOLDFINGER'99」とは楽進。
「とりま逃げな」と張郃。
かかる報告を聞いて曹操、「なるほど。端的かつ正確な報告をおまえたちはしました」と頷き、わずかな兵を率いて脱兎のごとく逃げ出した。
すれ違いざまに曹操の本陣を衝いた呉軍の甘寧は、「やめやめやめ」と泣き叫ぶ腐れスパイの蔡中を一顧だにせず叩き斬り「ちっ、『めぐり逢えたら』かよ!」と、曹操とすれ違ったことを嘆いた。
なんぼほど映画が好きなのか。


◆伏兵五波◆

 曹操が逃げた先は烏林。
背後からは呉の賢将・呂蒙の軍勢が喊声をあげた。前方からは凌統軍の鯨波(とき)が噴いた。
「凌統、ここにあり。曹賊、覚悟せい! 前門のおれ、後門の呂蒙。これに挟撃された貴様は、いわば登校も下校もできない漂流教室の生徒なり!」
まったくわけがわからなかったが、ひょっとしたら凌統は楳図かずおのコミックの愛読者なのだろうか。
顔面蒼白の曹操を守り、血路を開くは徐晃の武。
「徐晃、見参! 呉の凌統か。正々堂々、一騎打ちを所望する!」
「うーん、絶対イヤ!」
かきん、かきん。がいん、がいん。
「ひきょいて。2対1でくんなよ」
「あぶない、あぶない」
「凌統あぶないっ」
「ありがとう」
「おれは徐晃。呂蒙、一騎打ちしてくれ!」
「イヤ!」
かきん、かきん。ごいん、ごいん。
「あっぶ」
「呂蒙、あぶないっ」
「ありがと!」
「俺は徐晃…、あぶないっ」
「足、痛い」
「あぶないっ」
おそらく凌統と呂蒙が二人がかりで戦えば徐晃を討てたが、呂蒙は呉の若手たちを束ねる面倒見のよいダディ肌。徐晃を討つというよりは、凌統を守りながら戦うというベクトルに父性が働いたのだろう。そのために曹操を逃してしまった。


林を疾駆する曹操のもとに、割とどうでもいい部下の馬延・張顗が合流した。普段なら「割とどうでもいいなー、このふたり」と思っていた曹操も、この窮境にあっては渡りに舟、どころか渡りにタイタニック号!
て、沈んでまうやないか。
まさしく、ふたりの救援に希望を抱いた刹那、前方から猛進してくる映画狂いの甘寧の「クライマックスじゃああああ」という咆哮に、曹操は人生のエンドロールを見た。
いま武功を挙げれば出世間違いなし! そう夢見た、のんきな馬延が、まず甘寧の前に躍り出た、…のと同時にその首が天高く刎ね飛ばされ、その後ろで、落ちてきた馬延の生首をキャッチした張顗も「脇役は引っ込んどれ!」という怒声を聞いたときには甘寧の一太刀のもとに胴が真っ二つになった。決して歩を止めず、曹操に接近するついでに馬延・張顗の両将を討った甘寧はまさしくスーパーソニック。
「甘寧しなっせ~」
なるほどな。「かんねい」と「観念」を掛ける言葉遊びのユーモアを、こんな状況でも忘れない奴なのか、甘寧って。
「甘寧こわい~。世界一こわいいいい」
曹操軍は泣きながら遁走した。


いよよ甘寧軍から逃げきれる気がしなくなってきた曹操は、ただ真っすぐ逃げるよりも、味方の救援を求むべく合肥という地へと逃走経路を変えたが、合肥はすでに孫権が落としており、そこには虎のように勇猛な太史慈と、猫のようにしなやかな陸遜が待ち構えていた。
はるか彼方の林間から曹操が率いる敗残兵をみとめた太史慈は、
「周瑜様と孔明殿の言いつけ通り、ただこの地で、本当に曹操きよんのかなぁ? ってボーっとしていたが、まさか本当に来るとは」と呟いた。
「あの二人はすべてを見通したうえで僕たちを合肥に置いたんですよ」と陸遜が言った。
「いかつ」と太史慈。
いかついのはお前の風貌だろ。
「ゲェーッ。太史慈、陸遜!」と肝を冷やした曹操。もう逃走経路もヘチマもない。ただ闇雲に馬を飛ばして逃げまくったが、天才孔明は、その“闇雲”までをも読んでいた。


這う這うの体で、もはやどこかもわからない辺鄙な湿地帯に辿り着いた曹操軍は「しんどいしんどいしんどいしんどい」と言いながら疲弊しきった馬から降り、ウィダーinゼリーを吸引した。
「ここまで来れば一旦は大丈夫だろう。果たしてここが何処なのか、余でさえわからんもん。張郃、部下の調子はどうよ」
張郃はいたって冷静に現状を報告する。
「は。ここは湿地の泥濘。とてつもない悪路ゆえ、歩兵の大半はぬかるみに嵌って死にました」
「マジかよ。終わってるやん」
「マジです。ぬかるみに足を取られてモタモタしてるあいだに、後ろからきた味方の人馬に踏みつけられ塩辛380円みたいになり、ほぼほぼ全滅です」
「最悪じゃん。では死体を泥濘に敷いて、その上を騎馬が歩けるようにしよっか」
平然と言い放った曹操の言葉に、張郃は「なんとむごい…」と思わず顔をしかめた。
「んなこと言ってる場合かっつーの。それにしても、孫権軍の追っ手は凄絶を極めたなー。甘寧とか、どちゃくそ怖かったし。対して劉備は愚昧な奴だ。余ならこのへんに伏兵を置くというのに」
言い終わらぬうちに曹操、ふと人の気配を感じて目を凝らすと、前方の木の陰から趙雲がこっち見てた。
「がっつり置いとんのかい」
ピタと目が合った狩人と鹿。まるで趙雲が単騎で曹操軍から阿斗を救い出した赤壁前夜の撤退戦「長坂の戦い」の逆転構図のよう。
「おん首、頂戴つかまつる!」
「やめてよ、趙雲!」
曹操の脇から徐晃と張郃が飛び出し、趙雲の一閃を防ぐと、パッと馬に飛び乗った曹操は「馬にも飲ませておいてよかった、ウィダーinゼリー」とかステマみたいなことを言いながら風のように逃げていく。徐晃と張郃も「勝負はお預けだ」とか「覚えてやがれ」なんて昭和アニメみたいな台詞を吐いて撤退したが、趙雲はこれを深追いしなかった。あらかじめ孔明から「曹操は必ずこの湿地に逃げてくるが、決して討つべからず」と命じられていたからである。


曹操の敗残軍はボロボロの数十騎で山野を駆けた。そこへダメ押しの劉備・張飛の両軍が奇襲を仕掛ける。劉備軍は樹林を燃やし、矢を射かけ、張飛は「やっと暴れられるわい!」と勇躍して単騎で突進してきた。
「ごめん。もうムリやわ」
曹操の心は完全に折れた。
だが、なればこそ丞相を守らんと忠義に駆られた張遼、徐晃、許褚は発奮す。百万馬力で振りまわす張飛の蛇矛に、張遼は馬から振り落とされ、徐晃は鎧を砕かれ、許褚は指を失った。魏軍にあって、めいめいが十分に武を誇る三将であったが、張飛の強さはちょっとレベチというか、気違いじみた膂力の持ち主だったのだ。
これにバビった曹操。なんと死を覚悟するどころか、逆に生きる希望が湧いてきました。
張飛、それは修羅と悪鬼のハイブリッド。かように恐ろしい奴に殺されたくはない。死ぬにしても、もうちょいなんか、臣下に囲まれ「ありがとー」と言い合って死ぬだとか、ケンシロウと打ち合って立ったまま天に拳を突きあげて死ぬだとか、なんかあるだろ、サマになるやつ。
それをやりたい。
そんな浅ましい生への希求が曹操を走らせ、また、それを見た劉備も息巻く張飛を制止し、あえて深追いしなかった。


◆雲長、罪あり◆

 華容道。
惨憺たる行軍の果て、部下はバタバタ倒れてゆき、配下の将ともはぐれてしまい、ついに曹操は泣いた。
そこへ現れたのが赤兎馬にうちまたがり偃月刀をたずさえた猛将、関羽。字は雲長。その後ろには五百ばかりのウォーリアー。曹操は全身の力が抜け、虚脱した。
そこへ程昱という文武両道の士が曹操に追いつき、こそこそと耳打ちする。
「関羽雲長は信義の仁。その弱味につけ込み、頭を下げるのです」
「むっ!」と曹操。程昱の言わんとすることはわかったが、余のPrideが傷つくのはイヤだなーと思いつつも、そうも言ってられない状況。曹操は剣を捨て、馬をおりた。
「うんちゃん、頼む。見逃して丁髷」
途端、関羽の双眸が熱く見開いた。ちょっと怒っている。
「見逃すわけがないだろう。曹丞相ともあろう方が命乞いとか、マジでやめて頂きたい。あと、うんちゃんとか言うな」
「じゃあ関羽と呼ぶけどね、もう8年ぐらい前になるだろうか。余の軍に敗れて仲間とも散り散りになったあーたを余は処断することなく、むしろ賓客として丁重にもてなし、許都に迎えて、5LDKの部屋を与えたことはお忘れかな。Wi-Fiつきの。それのみならず、あーたは余に対して、余が生け捕った劉備の嫁はんは殺さないでほしいと希ったから、いいよ、つって、余は劉備の嫁はんの身の安全を保障した。それに、もし劉備の居所がわかったときは即刻主君のもとに帰らせてほしい、なんつうムチャな要求さえ甘んじて受け入れた。今だから言うけど、余はあーたを配下にしたかったから、そやって厚遇したわけ。それでもあーたは『我が忠義は主君にあり』とかなんとか言っちゃって、サプライズで金銀財宝を与えても突き返すわ、サービスで美女を寝室に送り込んでも追い返すわで、余の好意を無碍にしたよね。あれってけっこう失礼な行為だよね。でも赤兎馬をあげるといったら、これだけは喜んで受け取ったよね。ああ、よかった。やっと喜んでもらえた。なんて思ってると、あーた、あんとき、なんて言ったか覚えてる? 『一日に千里を駆けるといわれる名馬赤兎。よっしゃ。これならあっちゅー間に主君のもとへ帰れる!』って言うたのよ。どんだけ劉備が好っきゃねん」
そう。関羽の武と忠義に一目惚れした曹操は、かねてより関羽のような股肱がほしい、というか関羽が欲しいと思っていたため、8年前に劉備軍と激突した際に関羽が守っていた下邳城を攻め落とした曹操は、これを生け捕り。爾来、先に恩着せがましく自分語りをしていた通り、関羽に対して熱烈なラブコールを送り続け、それでも振り向かない関羽を、殺そうと思えば殺せたものを、あえてそうはせず、礼を尽くしてもてなしたのである。


痛いところを突かれた関羽。しかし―…
「たしかに、あのときは大変な世話になった。が、その厚恩は白馬の戦いにて、袁紹軍の顔良と文醜を討ったことでお返し申したはず!」
「ンーフ~ン? だけど関羽よ、五関突破はお忘れか?」
ここへ至って関羽、ついに反論に窮した。
そう。8年前の賓客(事実上の捕虜)生活時代、ついに劉備の居所がわかった関羽は、それまで世話になった曹操に挨拶の一言もなく、礼のひとつもせず、脱走兵さながら、劉備の嫁はんを乗せたカボチャの馬車を率いて単騎千里を駆け、劉備のもとへ帰ったのである。これを現代に置き換えると、先輩が酒の席でトイレに立った隙に「明日早いんで、先に失礼します」も「ご馳走様でした」も言わずに後輩が勝手に帰るにひとしい無礼。
さらぬだに関羽は、劉備に逢いたい一心から、五ヶ所に配された曹操軍の関所を力尽くで突破し、そこの守将6人をやむなく斬った。これを現代に置き換えると、金も払わず駅の改札を突っ切って、それを咎めた駅員をど突きまわし、また社員証も提示せずに見知らぬ会社のフロアを突っ切り、これを制する警備員をスタンガンでぶっ倒すがごとき狼藉。
それでも曹操は、部下に「追撃すな。関羽を討つな!」と命じ、無事に関羽が劉備と邂逅できるよう、うまく取り計らっただけでなく、自身に敵愾心がないことを示すべく、ヤンキーが夜にTSUTAYA行くみたいな上下スウェットの丸腰で関羽を追い、「なにかと物入りだろうから」といって持ちきれぬほどの黄金と錦袍をくれてやったのだ。
それほどまでに関羽に恋い焦がれた曹操。
義を重んじ、忠に尽くす関羽にとって、当時、いかな主君のもとへ帰るという大義があれど、そのために裏切ってきた数々の恩、義、礼を思えば、ここで曹操を討てようはずもなく―…。
「某(それがし)がたまたま出会うたのは曹操とその手勢にあらず。単なる流浪の難民。路を開いて、通してつかわせ」
部下のウォーリアーたちにそう告げ、ついに偃月刀をおろした関羽は、みすみす曹操を逃がしてしまった。
半刻後、なおもその場に佇んで黙考する関羽の前に、手負いの張遼が現れる。関羽は「彼もまた難民。通せ」と部下に告げた。関羽軍に戦意がないことに一切を察した張遼は、すれ違いざま、あえて丞相を見逃してくれた関羽の義に涙をたたえ、深く黙礼した。


◆あしたは  しあわせ◆

 一方、劉備のいる夏口はパーティ沙汰であった。
「赤壁、制したで。イェイ」
「曹操、何するものぞー」
張飛はレッドブルを飲みながら「俺が蛇矛を一振りしたら三将が吹っ飛んでいきよった。それが愉快だった。すげえ飛んでたの。翼をさずけるぅー」などといって趙雲の肩をばんばん叩いた。趙雲はやめてくれという顔をした。
そこへ関羽が、曹操の首級も、生け捕りの一兵もなく、坊主で帰ってきたことに驚いた張飛は「ヘイ、ブラザー。曹操は? まさか討ち損じたのか!?」と追及。関羽は赤兎から降り、地べたに額を擦りつけた。
「申し訳が立たーん!」
「モーシワケガタターン、やないのよ。曹操の首級はどこかと聞いちょるんだ。まさか孔明の目論見が外れて、関兄ィが伏した山道に現れなかったのか?」と張飛。
その場にいた孔明は、関羽がわざと曹操を逃がしたことを見て取り、やおら「ギルティー!」と叫びながら軍規の剣を振りかざした。これを制した劉備、「ちょちょちょ。あぶないあぶない。どないしてんな、孔明。気でも違ごたんか」と言って孔明の手から剣をとりあげた。
「気が違ったのは関羽です。この髭ダルマ、忠義につけ込まれて、あろうことか曹操を逃がしたのです」
「それガーチャーのジーマー?」と劉備。
「ガーチャーのジーマーです」と孔明。
「申し訳が立たーん!」と平伏の関羽。

ヘタこいた関羽を庇って、孔明の前に立ったのは劉備であった。
軍法を犯した関羽は万死に値する。本来ならただちに打ち首だが、関羽はかつて、劉備・張飛とともに「我ら三人、生まれたときは違えど死ぬときはいっしょー!」ゆうて、義兄弟の契りを交わした過去がある。かの有名な「桃園の誓い」である。
その理屈でいうと、関羽を処すれば劉備・張飛も処さねばならず、そんなあじゃぱー沙汰はノーフューチャーだ。したがって、ここは関羽を処すのではなく、後日の功をもって償いとする機会を与えてやってほしい。そない怒らんと、許してつかあさいよ。
詭弁ギリギリの論陣だったが、るるとしてそのように長広舌を振るった劉備に、孔明は折れた。
「ええでしょう。相わかり申した。私にはお三方の…ピーチの約束、でしたっけ?」
「桃園の誓いや」と劉備。
「失礼。私には、そんなアラン・ドロンの映画みたいなブロマンスの世界観は理解できませんが、今度だけは大目に見ましょう。関羽。主君の慈悲をゆめゆめ忘れることなく、一層のガッツとファイトで仕事に励むこと。約束するな?」
関羽は平伏したまま涙した。

そのあと、劉備を幕舎裏に呼び出した孔明は「ここだけの話ですが、関羽が曹操を逃がすことは織り込み済みでした」と囁いた。
「え、織り込み済みなん!?」
「だからこそ、あなたをはじめ、趙雲、張飛、麾下の者には手出し無用と達し、アンカーの関羽のもとまで曹操を転がせたのです。結果的に関羽は曹操を斬れませんでしたが、もとより関羽は仁義の人。そうだろうと思ってました」
「そうだろうと思ってたん?」
「なので曹操を討ちもらすところまでは織り込み済みです」
「織り込んでたん!?」
「万事オッケーです」
「そうなん!?」
「私の占術では、曹操の天命はいまだ尽きず。天命尽きぬ者を討とうとすれば、天に誅され、逆にこっちがえらい目に遭う。なれば華容道にて関羽に迷いを晴らさせ、後憂を断つ契機とするが吉。迷いとは曹操から受けた恩義です。義理堅い関羽にとって、この恩は必ずや枷となり、われわれに奇禍をなします」
孔明は地理天文にも通じている。赤壁の東南風も、孔明がマジで気候を操ったわけではなく、あからじめ吹くだろうと見通したうえで「奇跡のダンスで風吹かすわ」とパフォーマンスしたに過ぎない(ある意味では“吹いた”わけだが)。
さて。孫権ほどアホではない劉備は、そんな孔明の種明かしを聞いて深くうなずいた。
「なるほど。受けた恩のために曹操を討てずにいる関羽をわざと最後の伏兵に置いたのね」
「さすが主君。関羽は今回の一件で、心置きなく曹操が討てるようになり、失地回復のためにこれまで以上にがんばるぞ、って方向にマインドチェンジしました。いわばシン・関羽として一皮むけたわけですな。おっほ」
「おほほん」と劉備。
「にょぼぼ」と孔明。
「って、バカヤロー! 逃がしてもうたら意味あらへんやんけ。なんや、シン・関羽て。あーあ、華容道で関羽が曹操を仕留めてくれてたらなぁ。絶対あとで復讐されるやん。こわいー」
そう言って劉備は、地べたに寝そべり、駄々っ子のように四肢をむいんと開いた。
「だから曹操の天命は尽きてない、つったじゃないですか」
「さいぜんからなんやねん、天命、天命て。fantasy?」
「まあ、fantasyといえばfantasyですよ。われわれがどう生きて、いつ死ぬかは天によってすべからく決められとるんですわ」
「あ、リアル?」
「リアルです。それに曹操が生きていることは大きな意味を持ちますぞ。もし我らが曹操を討てば、呉の孫権が爆発的に勢力を増します。そしたら我が軍なんてゴミカスみたいにひねり潰されるでしょうな」
「むっさ怖いやん」
劉備は話に飽きはじめてきた。
「そうならないためには劉備軍、曹操軍、孫権軍がほどよく均衡を保ち、互いに牽制し合う関係性がだいじ。おわかり頂けますか」
「おっけ、おっけ」
そう生返事すると、劉備はパーッと外へ出て「トゥモロー」を歌いながら蝶ちょを追いかけた。
なにがオッケーなのか、と孔明は思った。

朝がくれば トゥモロー
涙のあとも 消えてゆくわ
トゥモロー トゥモロー
アイラヴャ トゥモロー
あしたは  しあわせ




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