先週の土曜日、運動不足解消と自然分補給を兼ねて、自宅から比較的近い丸子橋から河口まで、川崎市側の多摩川右岸を歩いてきました。実は、東京側の左岸は過去に歩いたことがあるので気分を変えて……というところです。
さて、歩き始める前に、まずは丸子橋のたもとでバードウォッチング。自分が小学生の頃(40年くらい前)には多様な種類のカモ類がいたものですが……

現在は圧倒的なヒドリガモ&オオバンの天下。そこに若干のコガモが混じる程度で、以前多かったオナガガモやキンクロハジロは影も形も見えません。オオバンは近年特に増えた印象で、なんでここまで極端に生息域が変化したのか興味深いところです。
が、右岸から遠く離れたところで、カモとは異なるシルエットを発見。

距離が遠かったので写真の姿はハッキリしませんが、カイツブリ(冬羽)にしては大きかったですし、おそらくアカエリカイツブリ(冬羽)でしょう。体形や配色的にも間違いないと思います。
このほか、アメリカヒドリと思しき姿も目にしましたが、こちらは写真に収めるには至らず。双眼鏡からカメラに持ち替える際に見失ってしまったのです。コガモなどの見間違いの可能性も大きいですし、まったく自信ないのですが、首から上の明るさや緑色の過眼線を考えるに、アメリカヒドリだった……と思いたいところです。

と、このあたりで丸子橋を後にします。この丸子橋、初代は1934年に架けられたものでしたが、現在かかっているのは2000年になって新しく架け替えられた二代目です。なにしろ初代は古かったこともあって、片側一車線で歩道も幅2.7mの片側歩道と狭かったのですが、上を通る中原街道の交通量が圧倒的に増加したこともあり、二代目は片側二車線で歩道も幅4.0mの両側歩道、と格段に広くなっています。

「かながわの橋100選」 丸子橋(川崎市中原区)より
初代丸子橋は、世田谷区側から鋼製の「トラス式タイドアーチ橋*1」が3つ連なったのち、鉄筋コンクリート製のアーチ橋が10個連なった美しい姿でしたが、その意匠を踏まえ、現在の橋は鋼製ローゼ橋*2×2+プレストレストコンクリート*3箱桁橋*4×3という構造になっています。橋に興味がなければ、架け替わったことに案外気付かないかもしれません。*5
ほどなく「東海道新幹線多摩川橋梁」(写真奥)および「品鶴線多摩川橋梁」(写真手前)を通過。

前者は「連続プレートガーター橋」……橋脚に鋼板で作った桁を渡しただけのいわゆる「桁橋」ですが、後者は「トラス橋」で、橋桁を見てもかなり凝った構造をしています。こちらは竣工したのが1928年と古いので、新旧の技術力の差が出ているとみることもできるでしょう。
多摩川橋梁を通過したのち、「多摩川緑地(下沼部地区)」から再び川面を覗きます。


中州にダイサギ、カワウ、コサギが姿を見せています。カワウは、夏場には丸子橋周辺を占領する勢いで、岸や堰の上で羽を乾かす姿がよく見られていましたが、冬場はカモ類に占領されて肩身が狭そうです。


やがて「ガス橋」に到着。元々は、東京ガスが鶴見製造所で製造した大量のガスを東京に供給するために作られた橋で、現在も橋の下にガス管が通っています(下写真でも、橋の下に水色の管が見えています)。ただ、片側一車線と狭いので、万年渋滞が発生していて、写真でも見事に車が詰まっています。
その後は、左手にグラウンドなどが広がる分、歩道が川から離れ、しばらくは単調な道が続きます。

が、次の多摩川大橋が近づいてきたあたりでドバトとユリカモメの混群(?)に遭遇。地上の餌を漁っていたようです。

ユリカモメは完全にヒトに慣れきっていて……というかナメきっていて、近づいても全く逃げる気配がありません。このふてぶてしさ、ゴミを漁る害鳥としてカラスと同類項に放り込まれるのも分かるような気がします(^^;

「多摩川大橋」は一見するとアーチ橋に見えますが、平行して走る「多摩川専用橋」と重なって見えているだけで、橋本体は「ゲルバープレートガーダー橋」という比較的単純な構造です。
「プレートガーダー橋」は、橋脚に鋼板で作った桁を渡した橋のこと。そして「ゲルバー橋」は、橋脚から伸びた橋桁を途中でぶった切って、そのぶった切った中央部の桁を、ヒンジを介して両側から吊るしたような形になっています。詳しくは、このあたりが解説が易しくて参考になるでしょうか?
www.pref.niigata.lg.jp

写真でも、かぎ型の特徴的な継ぎ目(白矢印)がハッキリ分かります。

一方の「多摩川専用橋」は、東京電力とNTTが共用する送電専用橋で、アーチ橋の一種である「ランガー橋*6」と呼ばれる構造です。こちらは「専用橋」の名前の通り、人や車は通行できません。多摩川両岸の道路をもまたいでいるため、多摩川大橋より長くなっています。(多摩川大橋:435.76m、多摩川専用橋:521.4m)
多摩川はここから大きく右にカーブしていきます。

河川敷には川崎競馬場の練習馬場が。時間帯によっては実際に練習している姿が見られるようです。道路を挟んだ反対側には川崎競馬の厩舎群があり、そのためでしょうか、道路にはこんなものが。

街なかでは、まずめったに見かけない標識です(^^;

上記練習馬場のすぐ脇に立つ、ラジオ日本の送信塔。高さは111mと、東京タワーの1/3の高さなのですが、広いところにあるせいかそれほど高く感じません。中央の塔に対し、3方向から支線が張られています。

支線基部を観察。支線の繋がったパーツをナットで締め上げているように見えます。案外単純な構造のようですね。しかしもし万が一、ボルト・ナットが外れたり支線が切れたりしたら、テンションのかかった支線は……。あまり想像したくない光景です:;(∩´﹏`∩);:
さて、ここからは、川に近いところを歩きます。水面に目をやると、大型の水鳥が見えます。

カンムリカイツブリ(冬羽)ですね。案外近いところ*7を泳いでいたのはラッキーでした。

また、ここにきてようやくヒドリガモ以外のカモ類が。キンクロハジロ(中央)とホシハジロ(上)です。どちらも「海ガモ」(潜水ガモ)と呼ばれる種類のカモで、水に潜って餌を採るのが特徴です。このうち、キンクロハジロは数十年前には丸子橋のあたりにも多数いたのですが、すっかり見かけなくなっていました。旧友に再会した感じでなんとなく嬉しいです。ちなみに写真下側のはおそらくホシハジロのメスでしょう。
しかし、ここから「多摩川見晴らし公園」に至るまでの道(?)は幅が極めて狭い上、川に向かって落ち込む斜面をトラバースするような形でかなり怖いです。踏み跡が続いていたので強引に突破してしまいましたが、どう考えても正規コースじゃないんだろうなぁ……(^^;

そして3本の「六郷川橋梁」(京浜東北線、東海道本線、京浜急行)に到達。河川敷に沿ってこれらの橋の下をくぐっていくのはほぼ無理(東海道本線まではくぐれるけど、その先で河川敷が切れる)なので、素直に右手の道路(国道409号)に上がって橋をくぐります。
そのまま直進して京急大師線の踏切を左に曲がり、再び多摩川沿いに。そこからすぐ「六郷橋」に差し掛かります。

上を通っているのは「第一京浜」こと国道15号。構造としては典型的な箱桁橋で、特に珍しいところはありません。ちなみに、多摩川が蛇行している関係で、多摩川にかかっている橋の中ではもっとも南にある橋だったりします。

これを越えると、広々とした景色が一気に広がります。


河川敷が広い分、街なかの鳥もいて、ムクドリやスズメなどが見られます。スズメは最近減少傾向の一方、見かけても「なんだスズメか」と流してしまいがちですが、改めてじっくり見てみるとなかなかかわいいものです。


しかし、それ以外は水面も陸上もひたすらヒドリガモとオオバンばかり。丸子橋からずっとこの調子なので、さすがに飽きてきます。たまにポツリポツリとホシハジロなども現れますが……他の鳥はどこに行ったのでしょうか?

まぁ、オオバンも、地上に上がったときの脚はなかなかの見ものだったりするのですが。身体と比べて不釣り合いに大きい上、水かきが立派で、知らないと結構ビビります。

やがて右手に「川崎河港水門」が見えてきます。この水門は、1918年から行われた多摩川改修工事の一環として計画、建設されたもので、竣工は1928年3月。計画はやがて川崎を縦横に走る大運河構想へと発展し、1935年には内務省から事業認可も受けています。
ところが、皮肉にも工業の発展によって運河の掘削予定地には工場や住宅が次々と建ってしまい、一方で戦争による社会体制の変化もあって計画は頓挫。1943年には計画そのものが廃止となってしまいました。
しかし水門自体は残り、1998年には国の登録有形文化財に登録されています。なお、Wikipediaによれば現在でも砂利運搬船等の出入りに使用されているそうです。

水門の頂上には、当時の川崎の名産品だった梨や桃、ブドウの彫刻があしらわれています。ちなみに、この彫刻とは直接関係ありませんが、梨の品種として知られる「長十郎」(最近すっかり見かけなくなりましたが)はこのすぐ近く、川崎市の大師河原の梨農家であった当麻辰次郎によって作出されたものです。今では工業地帯の印象が強い川崎ですが、農業が発展していた過去もあったのです。

やがて、行く手に「大師橋」が見えてきます。一見すると普通の吊り橋のように見えますが、塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接繋いで構造を支える「斜張橋」と呼ばれる構造の橋です(広い意味では吊り橋の一種ではあるのですが)。
しかも、2本の塔からのケーブルで橋全体を支えているように見えますが、実はこの塔はそれぞれ片側の三車線分しかまたいでおらず、上り下りが個別の橋となっています。つまり、1本の橋を見た場合、塔の左右で橋は非対称になっていて、それをケーブルの張り方でバランスを取っているわけです。実際、ケーブルの張られ方も、塔に対して左右非対称になっています。かなり凝った構造ですが、これもコンピュータの利用により計算能力が飛躍的に上がったからこそと言えます。
なお、ケーブルが繋がっていない部分については普通の箱桁橋となっています。
また、このすぐ下流側には「高速大師橋」が川筋に対して斜めにかかっています。2023年に新旧の橋の架け替え工事が行われたのをご存じの方も多いでしょう。


対岸には元・穴守稲荷の大鳥居(羽田平和の大鳥居)が。

そして、いよいよ多摩川最後の橋梁「多摩川スカイブリッジ」が見えてきます。2022年3月に開通した、多摩川で最も新しい橋です。ここから先は、細い一本道が続きます。いかにも「端っこ」といった雰囲気です。

と、なんとここで典型的な「淡水ガモ」*8のカルガモ&オナガガモがまさかの登場。キンクロハジロ同様、これらも以前は丸子橋周辺にもいたので、ヒドリガモ&オオバンに追い出された形でしょうか?それにしても、こんな海に近いところにいるとは、ちょっと意外な感じです。

また、陸上からは遠いながらも、川の中央付近にはスズガモの姿も。捉えたときはスズガモかどうか自信が無かった(日の当たり具合によってはホシハジロの頭が黒っぽく見えているだけの可能性もあった)のですが、嘴の色や背中の羽色からほぼ確実でしょう。
そして、「多摩川スカイブリッジ」から600m少々。ついに……


多摩川河口に到着です!

本当の本当に端っこからの風景。遥か沖合には羽田空港のD滑走路が見えています。

右手には多摩運河が伸びています。多摩運河を渡った先の浮島には「川崎区市民健康の森」(浮島町公園)というのがあって、さらに東側の風景を望むことができるのですが、そこまで行くともはや「多摩川」ではありませんし、終点はここということで良いでしょう。
しばらく風景を楽しんだのち、帰路につきます。帰りは最寄りの京急大師線・小島新田駅から。来た道を引き返し、途中から「川崎キングスカイフロント」の中を突っ切って浮島通り(国道409号)に出ます。

路肩には工業製品を運ぶための線路が走っていて、独特の風情があります。線路沿いの「京浜工業団地」の文字も萌えポイント(笑)
と、やおら踏切の警報機が鳴り始めました。何が走ってくるのかと待ち構えていると……

神奈川臨海鉄道浮島線のディーゼル機関車DD5516が、多数のタンク車を牽引して現れました。「鉄分」の少ない自分ですが、こういうのを見ると、やはり気分が上がります。最後にいいものを見させてもらいました。
結局、今回見られた鳥は
スズメ、シジュウカラ、ハシブトガラス、メジロ、ツグミ、ムクドリ、ハクセキレイ、ドバト、キジバト、トビ、カワウ、ダイサギ、コサギ、ユリカモメ、オオバン、ヒドリガモ、アメリカヒドリ(?)、コガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、カルガモ、オナガガモ、アカエリカイツブリ、カンムリカイツブリ
の計25種(うち疑問種1種)。街なかの探鳥にしてはまずまず悪くない結果でしょうか。

そして今回の歩行距離は約18km。まぁまぁいい運動になりました。
*1:弓のように、アーチの両端を引張部材(タイ)で結んだ構造の橋。
*2:タイドアーチ橋の一種で、タイに相当する部分(補剛桁)に剛性を持たせ、アーチ部分と力を分担する構造の橋。
*3:"prestressed concrete". あらかじめ圧縮応力を加えたコンクリート材のこと。
*4:箱状の構造物を橋桁として用いた橋。
*5:自分も普段通らない上に、D論でクソ忙しかった時期でもあり、「言われてみればそんな工事もあったような……」くらいの認識でした(^^;
*6:前述の「ローゼ橋」と似ていますが、この形式の橋の場合、補剛桁がより太く強くなっていて、アーチは補助的な役割を果たすにとどまります。
*7:それでもそこそこ遠いけど。
*8:主に、波の静かな内海や湖沼、川などに生息するカモ。逆立ちをするように水中に首をつっこんで餌を採るのが特徴。