前のエントリーの続きです。

この日、メイン機材で狙っていたのはケフェウス座の「アイリス星雲」*1です。
アイリス星雲と言えば、7.4等星の恒星(HD 200775)によって星間ガスが照らされた典型的な反射星雲。周辺には数多くの分子雲、暗黒星雲も広がり、空の暗いところで撮影された写真を見ると、その美しさは見事なものです。
ただ、残念ながらここは東京都心。光害が酷いのは言うに及ばず、撮影地の北側10km圏内には渋谷、新宿と言った巨大繁華街が広がり、北天は文字通り壊滅的な空としか言いようがありません。最近は肉眼で北極星を視認するのも困難な状態です。
しかも、赤い輝線星雲のように特定の波長で輝いている星雲ならナローバンドフィルターの類が絶大な効果を発揮するのですが、相手は星の光をただ反射しているだけの「反射星雲」。加えてLEDによる光害が広がっている現状では、フィルターの効果はほぼ期待できません。とどめに、反射星雲は青色の成分が強く*2、LEDによる青みがかった光害とバッティングするので、無理に画像処理すれば青みが光害成分もろとも消えかねません。ここでの撮影では毎度おなじみですが、どうにも「無理・無茶・無謀」の匂いがプンプンします(笑)
それでも救いがあるとすれば、アイリス星雲は反射星雲としては6.8等とかなり明るいこと。同じ反射星雲のM78が8.3等という暗さなので、それと比べればまだ希望があります*3。まぁ、最悪でも中心部くらいは写るでしょう……。

【参考】アイリス星雲とM78の比較@Digitized Sky Survey

撮影時の対策は……これはもう、なるべく露光時間を稼ぐしかありません。家の事情で連続した複数夜の出撃が難しいので、一晩でなんとかしないとならないのが厳しいところですが……。また、これは普段からですが、筒先からの迷光をなるべく防ぐためにフードを延長。あとは、未だ残存する蛍光灯由来の光害を抑えるため、「おまじない」として従来型の光害カットフィルター「IDAS LPS-D1」を入れておきます。

しかし、深夜に撮ったこの写真でも、数えるほどしか星が見えないような空で果たしてどこまで写るものやら……。ちなみに「撮って出し」をASIFitsViewでオートストレッチした結果はこんな感じ。

明るい中心部は確かにハッキリ分かりますし、部分的に星の数が少ないことから暗黒星雲の存在も分かりますが……さて?
結局、天文薄明開始前ギリギリの午前3時ごろまで撮影を続け、得られたコマは5分露出×62コマの約5時間分。途中、子午線反転でトラブったり*4と若干のタイムロスはありましたが、まぁ、夏の夜なら、このくらい得られればまずは十分でしょう。
リザルト
先日の「らせん星雲 」 NGC7293および同時並行で撮影していた「オメガ星雲」 M17の処理を終えたのち、おもむろにこちらの処理に取り掛かります。WBPPでダーク引き、フラット補正&スタッキングしたのち、色々と処理する前にまずはオートストレッチで軽く状態を見てみると……

ム……ムムムッ!?
これはもしかしてもしかすると「イケる」のでは……!?
そこで、ここから丁寧にカブリ取り&各種調整を行って……はい、ドンッ!

2025年7月25日 ED103S(スペーサー改造済)+SDフラットナーHD(D103mm, f811mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
Gain100, 300秒×62, IDAS LPS-D1フィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsightほかで画像処理
うむ。我ながら、東京都心で撮ったとはとても思えません*5。若干画像が平坦になり切れていない感じがするのは否定できませんが、それにしても、アイリス星雲周辺のモクモクがまさにモクモクしていて、なんというかもう……(語彙
「ムリ」と思っていたものが撮れてしまった時の嬉しさは、まさに街なか撮影の醍醐味。ましてや、LED照明が増えて光害カットフィルターが役に立たなくなりつつある今ならなおさら、です。これなら、冬の「魔女の横顔星雲」なんかも十分行けそうですね。もっとも、これについては「公園南側の強烈なLED照明」という別ベクトルの難関があったりするのですが……。

アノテーションを加えるとこう。「LDN」は"Lynds' catalog of Dark Nebula"の略で、1962年、アメリカの天文学者ビバリー・リンズ(Beverly Turner Lynds, 1929~)がパロマー天文台スカイサーベイ(Palomar Observatory Sky Survey, POSS)のデータを基にまとめた暗黒星雲のカタログを指します。「アイリス星雲」を取り囲む塵の雲には「LDN 1174」というナンバーが振られています。
なお、この「アイリス星雲」ですが、星雲のカタログ番号としては「LBN 487」というのが正式なものになります。LBNというのは"Lynds' catalog of Bright Nebula"の略で、LDNと同様、1965年にリンズがまとめた星雲のカタログを指します。
しばしば「アイリス星雲」のカタログ番号として「NGC 7023」が紹介されることがありますが、これは正確には星雲内にある散開星団を指します。上の写真では白飛びしてしまっていますが、強調具合をほどほどに抑えると下の写真のように星団の存在が分かります。

この星雲を照らしているのは、冒頭にも書いた通り、「HD 200775」という7.4等の星で、誕生間もない「ハービッグAe/Be型星」に分類される天体です。
この星からの強烈な光で半径3光年に及ぶ範囲でガスや塵が照らされ、星雲として見えているわけです。
なお、上の写真で雲が赤っぽく輝いている箇所がありますが、これは中心星からの紫外線を受けて、塵の中の炭化水素系化合物*6が赤い蛍光を発しているためと考えられています。

©2025 渋谷圭一郎/KADOKAWA/「瑠璃の宝石」製作委員会
ちょうど「瑠璃の宝石」の第3話で取り上げられた、蛍石がブラックライトで光るのと同じ理屈ですね*7。
*1:"Iris"は日本語で「アヤメ」の意味。天体写真家のTony Hallas氏が撮ったこの星雲のフィルム写真を見て、奥さんのDaphne氏がその青さに感動して名付けたものだそうです。同じ"Iris"でも、決して「虹彩」や「絞り」の意味ではありません(^^;
*2:ガスや塵がレイリー散乱を起こすため。空が青く見えるのと同じ原理。
*3:いずれもカタログ値なので鵜呑みにはできませんが。実際に影響するのは、明るさを面積で割った「表面輝度」です。
*4:普段、反転の機会を減らすため、鏡筒反転の基準位置を子午線より東に設定しています。今回、撮影中にうっかり機材にぶつかって構図がずれてしまったので、対象を再導入したところ、対象が基準位置より西に位置していたため鏡筒が反転。ところが三脚との位置関係が悪く、鏡筒が三脚に衝突してしまいました。事後の動作を見るに、幸い致命的な故障には至らなかったようですが……慌てて基準を緩めたのは言うまでもありません。
*5:もちろん、撮影に数晩かけたり、空の暗いところで本格的に分子雲をガッツリ撮影、、表現したような写真と比べてしまうと、足元にも及びませんが。
*6:複数のベンゼン環がつながった多環芳香族炭化水素(Polycyclic Aromatic Hydrocarbon, PAH)の類。