さて、いよいよお待ちかねの「実写」です。
先の記事で書いた通り、ターゲットは「淡い赤いの」ということにします。最初は網状星雲あたりを撮って、他鏡筒で撮った過去写真と比較でもしようかと思ったのですが、過去写真とは色々と撮影条件が違ってて比較の意味が薄い上、焦点距離的にやや中途半端です。
せっかく撮るなら今まで撮っていない対象を撮ってみたいもの。そこで、ステラナビゲータで画角とにらめっこした結果、「M52~バブル星雲(NGC7635)~クワガタ星雲(Sh2-157)」の領域を撮ってみることにしました。「M52~バブル星雲」にかけては以前、2回ほどチャレンジしたことがありますが、フィルターワークにそれほど力を入れてなかったこともあって写りはイマイチ。「クワガタ星雲」については撮影自体初めてです。さて、どうなりますやら……。
hpn.hatenablog.com
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そういえば、これは自分限定の話なのですが……

出撃時には機材をいつものように手押し台車に積み込むのですが、奇しくもVSD90SSの専用ケース(幅556mm)が、台車に載せているウツヰの集配ボックス(内幅600mm)にシンデレラフィット。なんかちょっと嬉しくなってしまいました(笑)

いつもの公園に到着したのは日没頃。そこから機材を組み上げ、天文薄明終了の到来を待ちます。しかし、VSD90SSが乗っかった立ち姿、なかなか格好いいです。
なお、鏡筒の上にあるガイドシステムは普段使っているものと同様ですが、ベースになるアリガタをバンド上のM6ねじ穴を用いて取り付けています。M6ねじ穴は中心線上にないので、重心がセンターからはややずれることになりますが……重いものではないですし、この程度のズレは許容範囲内でしょう*1。
ピント合わせは、バーティノフマスク&ピントエイドを使ってさっくりと。感覚としては、それほど神経質にならずとも割と合わせやすいですし、ピント位置の固定も「ドローチューブクランプ」で簡単にできるので、全体的な印象は良いです。
ただ、ビクセンの「デュアルスピードフォーカサー」は、自分が所有しているものもそうですが、少なからず空回り気味の感触があるのがやや気になるところ*2。個体差かもしれませんし、致命的とはいえないまでも、このグレードの製品にまで使うことを考えるのであればもう一段の品質向上が欲しいところです。
そしてまずは、予告通りL-Ultimateを取り付けての撮影から。フィルターの性質上、光害にも強いので、天文薄明直後&目標の高度が少々低くても、ある程度なんとかなるのは助かります。

……それにしてもまぁ、毎度のことながら例によって酷い空でつねorz
ところが、この日は夜半前から雲が流れ出して頻繁に撮影が中断。2時ごろには空が完全に雲に覆われて、撮影どころではなくなってしまいました。

やむをえず、この日は撤退して翌日再出撃。恒星の表現用にIRカットフィルターのみ&IRカットフィルター+「プロソフトンクリア」のみの写真をさっと撮って終了しました。
あとは画像処理のみです。
画像処理の前に
……と、一応レビュー企画ですので、本格的に画像処理に入る前にいくつかチェックしておきましょう。
まず、VSD90SSについてしばしば言われる「フラット補正が不要」という件。先のテストでも「APS-Cで周辺減光が1~2%程度」という結果が出ていて期待される方も多いと思うのですが……こと都心においては残念ながらそうもいかなそうです。

例えば、上はIRカットフィルターのみ用いて撮影した星野(露出60秒)に軽くストレッチをかけたものですが、周辺減光がひと目で分かります。

色ごとの明るさの分布を見るとさらに明確で、光害カブリがハッキリと曲線を描いてしまっています。光害カブリは地上から満遍なく伸びるので、短時間露出の写真なら線形というか傾いた平面状になるはずなのですが、これだけ曲がるというのは周辺減光が見えている何よりの証拠です。


光害の影響が軽微なはずのL-Ultimateでさえ、軽くストレッチしただけでカブリが曲面を描いているのが明確なので「何もしなくてもOK」というわけには行かなさそうです。
ただ、周辺減光の絶対量自体が少ないのは事実で、フラット補正は非常に簡単かつ精度良く決まります。例えば、最初に挙げたIRカットフィルターのみ用いて撮影した写真でも、フラットを当てるとこの通り。


カブリもきっちり平面状になっていて、ここまでくればもう何の不安もありません。
なお、周辺減光のパターンはかなり素直なので、機能的に単純なステライメージの「周辺減光/カブリ補正」*3だけでも、かなり補正が効きます。「フラット補正が面倒!」という人でも、最悪なんとかなりそうではあります。
それから、星像テストのときに若干気になった、画像右上隅の像の乱れですが……

残念ながら今回も再発してしまいました。しかしながら心配ご無用。BlurXterminatorを使えばこの通り。

嘘っぽいほど星像がきれいになります*4。
ここまで確認できれば、あとは処理を進めるだけです。
リザルト
L-Ultimateで撮った画像は、最初に雲が写りこんでいないかをチェック(なにせあんな空模様だったので)。不合格の9コマをはじいてからフラット補正後、GraXpertによるカブリ除去、SPCCによる色調整、BXTによるデコンボリューションを行い、さらにStarNet2による星除去、DeNoise AIによるノイズ除去を行います。
一方、IRカットフィルターのみ、および「プロソフトン クリア」を用いて撮影した方は、同様にして処理したのち、こちらも同じくStarNet2を利用して星だけの画像を撮り出します。さらにプロソフトンの方は、彩度を上げて星の色を強調しておきます。
これらを合成して……こう!

2024年9月5日, 6日 VSD90SS+レデューサーV0.71x(D90mm, f351mm) SXP赤道儀
ZWO ASI2600MC Pro, 0℃
カラー画像その1:Gain100, 60秒×32, ZWO IRカットフィルター使用
カラー画像その2:Gain100, 60秒×32, ZWO IRカットフィルター&ケンコー・トキナー プロソフトン クリアフィルター使用
ナローバンド画像:Gain350, 300秒×51, Optolong L-Ultimateフィルター使用
ペンシルボーグ25(D25mm, f175mm)+ASI120MM+PHD2によるオートガイド
PixInsight、ステライメージVer.9.0oほかで画像処理
写真全体のバランスとしてはこんなところでしょうか?心配していたL-Ultimateの効き具合に関しては、一切問題なし。前回引用したレポートから推測できる通りです。
星の色については、IRカットフィルターのみでは色ノリが悪かったので輝度情報のみを用い、カラー情報はプロソフトン クリアのものを流用しています。*5
例によって、肉眼では2等星すら怪しい空、しかも北に渋谷・新宿を控えた場所の北天ですが、そこでここまで表現できれば上々でしょう。
上でも書いたように、VSD90SSはフラット補正が非常に簡単なので、このくらい強調しても全く破綻しません。いつもは、破綻しそうなところを無理やり抑え込んだりもするのですが、そうした余計な手順は不要でした。本当に撮りやすい/画像処理しやすい鏡筒だと思います。
天体解説

この領域は、多くの天体が点在するにぎやかな場所です。

まずはM52。メシエカタログに掲載されている大型の散開星団です。1774年9月7日に、シャルル・メシエがモンテーニュ彗星 (C/1774 P1) を観測中に発見したもので、200個ほどの恒星が群れ集まっています。
そのすぐ南東側には、小さく目立たない散開星団Czernik(チェルニク) 43が。さらにその南には、2021年3月に新星爆発を起こしたV1405 Casがあります。一時は5等台まで明るくなったこの星ですが、現在は12.5等近辺ですっかり安定しているようです。

写真中央付近には「バブル星雲」や「しゃぼん玉星雲」の愛称を持つ散光星雲NGC7653が横たわっています。その名の通り、星雲中心部には泡のような構造が見られますが、これを形作っているのは、泡の中に見えるBD+60 2522という8.7等の星です。質量は太陽の44倍、表面温度は37500度、明るさに至っては太陽の約40万倍もあり、生まれてからまだ200万年ほどしか経っていない若い星です。この星が引き起こす激しい恒星風(その速度は時速1800~2500kmにも達します)が星間ガスにぶつかり、その衝撃波が泡構造を形成したものと考えられています。
写真西側(左側)にはHII領域であるSh2-159、Sh2-161に加え、ひときわ明るい散光星雲NGC7538が見えます。

NGC7538は「北の干潟星雲」という愛称もある明るい散光星雲です。言われてみれば、いて座の「干潟星雲」M8に似ていないこともないような……?

そしてその南には「クワガタ星雲」ことSh2-157が大きく広がっています。この「クワガタ星雲」という愛称は、上に突き出した2本の明るい領域をクワガタムシの牙に見立てたものだと思うのですが、この写真だとさらに淡いところまで写っていて、クワガタというよりむしろ「蟹のツメ盛り合わせ」みたいになっています(笑) 実際、海外だと"Lobster Claw Nebula"(ロブスターの爪星雲)という愛称が付けられています。色的にもエビ、カニっぽいですね(^^;

この散光星雲は、他の星雲と同じく若く活発な星の影響で輝いていますが、特に北半分の「爪」の部分はMarkarian 50*6という星団に属するウォルフ・ライエ星WR 157が主な原因となっています。

また、星雲中心部には特に明るい箇所があり、別個にSh2-157Aとナンバーが振られています。さらにその南西側には、光学的には暗いものの、非常にコンパクトなHII領域Sh2-157Bが電波観測により発見されています。

そして最後に、ちょっと面白い小天体を。バブル星雲の南東側にあるKjPn 8がそれ。1971年にカザリアン(M.A. Kazaryan)とパルサミアン(Eh. S. Parsamyan)によって発見された惑星状星雲です。よく見ると、中心から離れたところに対象に弓状の構造(矢印)がありますが、これは噴き出したジェットによる衝撃波を表しています。
詳細な写真観測では、この衝撃波面を含めガスがフィラメント状に広がっていて、その大きさは14分角×4分角……実サイズで約4.1×1.2パーセクにも達します。惑星状星雲に関連するものとしては最大級の構造です。ちなみに、中心の惑星状星雲本体直径約0.2パーセクしかありません。おそらく写真でオレンジ色に写っている点(直交線でマーク)がそれでしょう。
この星雲はサイズも異例ですが、その構成も異例で、お互いにほぼ同等の質量を持った連星が同時に進化し、ほぼ同時に惑星状星雲形成段階に入ったものだと考えられています。ほぼ同環境に同サイズの恒星なら、生物で言えばクローンみたいなものですから同じタイミングで進化してもおかしくないですが……なんとも不思議なものです。
おまけ
X(旧Twitter)の方では報告したのですが、2日目の撮影時、ちょっとした「ヒヤリハット」がありました。
そういえば昨夜のヒヤリハット。貸し出された #VSD90SS には「デュアルスライドバー」が装備されているのだけど、これをアリミゾに装着する際、下の図のように斜めにはまってしまった。これだと固定力が十分に発揮されず落下の可能性が。上から落とし込めないタイプのアリミゾを使用する場合は要注意。 pic.twitter.com/NPdFQBdLBA
— HIROPON (@hiropon_hp2) September 7, 2024
事故にならなくて本当に良かったのですが……この件に関しては、ビクセンのウェブサイトやマニュアルはすでに改善されていて、VSD90SSに関しては通常の「汎用スライドバー」を用いるよう記述が変更になっています。つまり、今では「この貸出品だけの特殊事情」なので、これからこの鏡筒の購入を検討される方は気にしないでいいと思います*7。
*1:実際、終始問題は発生しませんでした。
*2:この手の製品は一般に、遊星歯車ならぬ遊星ローラーで減速するのですが、このローラーがときどき内部でスリップしているのだと思います。
*3:カブリを平面、周辺減光を二次曲面と仮定して、手動で補正する機能。
*4:ここではパラメータはデフォルトで適用。
*5:プロソフトン クリアの画像のみを合成したりもしてみましたが、こちらは逆に「やりすぎ」感が出た上に、微光星の存在感が薄まってしまってイマイチでした。
*6:この星団の名前についている"Markarian"は、おとめ座の系外銀河列「マルカリアン・チェーン」に名を残しているあのマルカリアンのことです。
*7:まぁ、そもそも論で言えば「貸出品とはいえ、この重量、クラスの機材になんでデュアルスライドバーなんかを組み合わせたんだ?」という話ではあるのですが。アルカスイス互換クランプに固定する阿呆がいるとも思えませんし……。