
新潮社 2025.02.02読了
10年前に妻アンナに先立たれたバウムガートナーが主人公である。喪失感を伴う老年男性に漂う、死を予感させる描写が続く。こんなにも時間がゆっくりと流れている作品をオースターは書いたことはあったろうか?と思うほどはじめの章では細かく綴られ、老いゆく身体と精神が表される。しかし読み進むうち次第に懸命なひたむきさと希望が感じられるようになる。
「バウムガートナーは」「バウムガートナーが」で始まる文章が多く、または文中でも彼の名前がどんどんと出てくる。もちろん彼が主人公だから当たり前ではあるのだが、故意にと思えるほどの連続にくすりと笑けてしまう。
父親が選んだ選択について「つまり結局のところ正しい選択も間違った選択もなかったのであり、二つの正しい選択があってどちらもいずれは間違った選択になってしまう運命だったのだ(132頁)」とバウムガートナーは考える。つまり選択肢のどれが正しいとか間違っているというわけではなく、選んだ道をどのように歩むか、自分の思考と行動に全てがかかっているというのだ。なるほど。
どうしてこんなにも読書時間が愛おしくなるのだろう。そんなひと時を与えてくれるオースターと訳者の柴田さんには感謝してもし尽くせない。この作品は2023年11月にアメリカで刊行されその5ヶ月後にオースターは亡くなった。これが遺作になってしまったことは本当に残念に思う。柴田さんの解説によるとオースターの妻が回想録を書いているようでとても気になる。それからこの遺作の前に、まだ邦訳されていない作品が2作あるようで、これも読める時が来ると嬉しい。
オースターの作品の中ではかなり読みやすい。ある程度人生経験を重ねた年齢であれば、哀愁を帯びたバウムガートナーになお一層共感し得る。オースターというだけで期待して読み始めるが、それを決して裏切ることのないとてつもなく穏やかな読み心地で至福のひと時だった。実は一昨年末に刊行された大作『4321』をまだ読めていない…。長めの休暇に読もうとしてるのにいっかな手を付けられないでいる。好きな作家なのに積読…。あるあるだとは思うけど。