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『ファウスト博士』トーマス・マン|天才音楽家の生涯、ドイツ批判とともに

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ファウスト博士』上中下 トーマス・マン 関泰祐・関楠生/訳

岩波書店岩波文庫] 2026.01.25読了

 

者が「はしがき」で述べているように、これはゲーテの『ファウスト』ではない。古典学者ゼレヌス・ツァイトブロームが、友人である天才作曲家アドリアン・レーヴェルキューンの生涯を伝記として綴ったものである。

 

しかった、というよりも長かったー。岩波文庫の昔ながらの細かくてちょい掠れ気味のフォントで、それはまぁ嫌いじゃないにしても、、半分くらいは楽しく読めたのだが半分は苦痛を感じるギリギリのラインになってしまった。語り手のツァイトブロームのまどろっこしさや遠回しさ、格調高すぎる表現方法にしんどさを感じたのは否めない。読者からしたら小説なのだけどツァイトブロームが伝記として書いているから、どうしても「◯◯があった」いう事実が多いからだれてしまうのかしら。

 

かし中巻でのアドリアンの手記には興奮されられた。ゲーテの『ファウスト』を読んだことがない(どんな話なのかはだいたい知っているが)のだけれど、これが悪魔とのやり取りか!とぞくぞくした。ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』のイワンの大審問官の雰囲気に近しいかも。冷気を伴う悪魔との対話。悪魔とは、地獄とは何かを滔々と語るこの悪魔はアドリアンの分身なのであろうか。

 

ドリアンの恋愛というか結婚を願望したあれやこれやが書かれたところはなかなかおもしろく読めた。要するに通俗小説っぽくて読みやすかったのもある。全体を通してアドリアンの生涯を描いてはいるが、当時のドイツの歴史というか時代背景をマンは残しておきたかったのかもしれない。この時代を生きていたからこそ、生の声でドイツ批判をしたかったのだと思う。

 

めて、ドイツにはベートーヴェンをはじめバッハ、ブラームスなど著名な音楽家がたくさんいるなと思った。アドリアンが死の間際に創り出した作品「ファウスト博士の嘆き」は、ベートーヴェンの「第九交響曲」への裏返しであるかのようになっているのは解説を読んで初めて納得した。昨年末にウクライナ国立歌劇場管弦楽団・合唱団のコンサートを鑑賞したのだが、ベートーヴェン「第九」のラストを飾った合唱には身体の芯から震えがきて感動した。

 

そらくトーマス・マンの作品の中ではほとんど知られていない作品だろう。私自身も岩波文庫の一括重版がなければ読むことは出来なかった。一山超えたという感じで達成感の方が強い。これを読むと『ブッテンブローク家の人々』や『魔の山』がかなり読みやすく感じる気がする。

 

イツの小説をたまに読みたくなる。堅苦しいというか結構難解な作品も多いのだが、日本人に近しく思える真面目さ、勤勉さのせいか馴染みやすさがある。『魔の山』の再読もしたいし、ヘッセあたりをまた読もうかな。

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