
『夏物語』川上未映子 ★★
文藝春秋[文春文庫] 2025.12.03読了
これから真冬になるからちょっとタイトルと季節感がそぐわないような。けどこの『夏物語』というのは季節の「夏」ではなくて、主人公夏目夏子の物語という意味である。少し前に北陸(福井)へ出かけることになったのでそのお供に。旅に持って行く本は正直かなり悩む。失敗したらめちゃくちゃテンション下がるから、絶対に満足度の高い本を選びたい。だから7年前に読んだとがあるけどまた読みたいと思っていた『夏物語』を選んだ。結果2泊3日の旅で150頁位しか進まなかったけど…(いつものこと)。
作品のメインは夏子が38歳になった2016年から、つまり第二部なのだけれど、第一部2008年の夏に、夏子の姉の巻子、その娘の緑子が遊びに来たときのエピソードがやけに印象に残っていた。幼少期にいろいろあって苦労した姉妹だったが、大人になっても協力し合う姿に姉妹(兄弟なども)とは唯一無二の存在なのだなと改めて感じた。おそらく一生で一番長い時間軸を過ごす血のつながりがある人だ。
初めて読んだときには、人が生まれてくること、どのような想いで子どもを産むのか、という生命の誕生に意識が100%近く向いていたけれど、今回はあらすじを知っているからか、川上さんの文体や文章、そして心地良い大阪弁を堪能してゆっくり読んだ。執筆を仕事にしている夏子には、編集者や作家友達がいて、思った時に気軽に飲みにいったりできる関係性がいいなと思った。
編集者の仙川さんの話すことがとても沁み入る。言葉が通じることと話が通じることは違うんだ。
言葉って通じますよね。でも、話が通じることってじつはなかなかないんです。言葉は通じても話が通じない。だいたいの問題はこれだと思います。わたしたち、言葉は通じても話が通じない世界に生きているんです、みんな。
12月に入ったある日に、夏子は銭湯を見つけて入る。そこで目にして感じたこと、過去の出来事の回想、銭湯帰りにうずくまる男性を見て恐怖感に苛まれたこと、最初に目に入ったカフェに入りニルヴァーナの音楽を耳にしたこと、この日の一連の描写に惹きつけられた。全てがスローモーションのように脳裏に映し出される。
夏子は多くを考え悩み抜いた。ただ「会いたい」という気持ちから子どもが欲しいと思い、自分の子どもを産むこと育てること生きることの意味を脳がおかしくなる限界まで考えた。最後のシーンでは自然と涙が流れてくる。私は出産の経験がないのだけれど、それなのに想いがわかる、そして自分を産んでくれた母親の気持ちも不思議とわかる気がした。
川上未映子さんの作品の中で一番好きな作品だ。再読した今もこれは変わらないし実際に彼女の最高傑作だと思う(今のところ)。刊行されたときに買った単行本は手放してしまったから、文庫で再度調達。圧倒的な熱量で迫ってくる文学は尊い。未映子さんの『夏物語』は、西加奈子さんの『サラバ!』のようなものと言えば通じるだろうか。つまりその作家の神作ということ。いや~、『サラバ!』も再読したくなってきたぞ。
もっとしつこくて、もっと粘り強い読者に出会ってほしいと思うんです。本なんて読んだってしょうがないこんなご時世に、それでも本を読もうとする読者に。得体の知れないものに、未知のものにどうしようもなく興奮する読者に。(228頁)
これはまたしても千川さんが話す言葉だ。どうしようもなく読書が好きで、書店が好きで、本に触れるだけで心が落ち着く私は、きっとそんな読者の一人だ。