
『定形外郵便』堀江敏幸
新潮社[新潮文庫] 2025.11.21読了
どうも絵画を中心とした芸術関連の話が多いなと思っていたら、新潮社が刊行する「芸術新潮」という雑誌に掲載されたエッセイがまとめられたものだった。有名な画家から初めて聞く名前まで多くの芸術家が登場する。
本は読むとき(自分の年齢だったり精神状態だったり)によって感じ方が変わるというのは心からその通りだと思うが、絵画もそうなのだということがわかった。観るという行為にも、時間軸・空間・心理面で感じ方に大きな作用を及ぼす。
本は紙の質や字体などで印象は変わる(電子でも)が、文章自体は変わらない。しかし絵は実物をを観るのと印刷されたものを観るのとでは全く違う。そういう意味では読書好きな人はある程度どこにいても楽しめる。芸術鑑賞が狂おしいほど好きな人であれば、実物を観にいくという行為が伴うので金銭的にも時間的にも大変だ。先ほど、絵画で感じ方が異なるのに今まで気づかなかったと書いたのは、たまたま気に入った展示会があったら観に行くという程度で、自分から海外の美術館にお目当ての作品を観に行くという行為がないから、再度同じ絵を観るということがほとんどなくて気付かなかったのだと思う。もちろん日本で人気の(開催すればかなりの黒字が見込める)ゴッホなんかだと、同じ絵を観る機会は何度もあるのだけれど。
名も知らない芸術家のこと、その人にまつわる堀江さんのエピソードがたくさん出てくる。堀江さんの文章を読んでいると、不思議とその知らない画家の絵が脳裏に浮かぶようだった。堀江さんの文章はそもそも美しいのに、書かれている対象が美術関係であればなおさら美しさが増すような気がする。眼鏡のことを書いた一編で、梅崎春生さんの文章が紹介されていた。彼の作品をまだ読んだことがないので今度読んでみよう。
多和田葉子さんの『研修生』を中程まで読んでいる時に遠方まで行く用事があり、さすがに重い単行本を持ち運ぶのは気がひけるということで、エッセイを選ぶ。数十頁読んだあとはそのまま小説に戻ったので、2週間ぶりくらいにまた頁を開いて一気読み。なんせこの本の前に『カラマーゾフの兄弟』に魂を持っていかれて疲れ気味だったので、今はエッセイ位がちょうど良かった。先日、堀江さんの久しぶりの長編小説が刊行されたので、読むのがめちゃくちゃ楽しみだ。