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『研修生 プラクティカンティン』多和田葉子|日々を丁寧に生き、多くの人と触れ合う|1,000記事達成

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『研修生  プラクティカンティン』多和田葉子

中央公論新社 2025.11.03読了

 

イツ語で研修生のことを「プラクティカンティン」というらしい。なんか響きがいいなぁ。この小説の主人公「わたし」には固有名前は出てこなくて、文字通りこの「わたし」は書き手の多和田葉子さんその人だろう。つまり、多和田さんが日本から飛び出しドイツ・フランクフルトにある書籍取次業者の研修生として働いたかつての日々のことが書かれている。さらにはどのようにして小説家になったのかも。

 

子さんの働く会社では、課長を除いて社員たちは17時にはきっちり退勤する。6週間の休みはしっかり取る。40年ほど前のドイツのことなのに、すでに日本よりも大分進んでいたんだなと思う。

 

末が近づいている、と思うだけで葉子さんは気が重くなる。週末にはやることがなくて心細い。最初の頃葉子さんは会社に行くというよりも学校に行くように感じていた。「いやいや、近づく週末って一番楽しいのに」と私としては思うけれど、それがすでに仕事・会社を苦痛に感じるというかただお金を稼ぐためにやっているのだと感じる。ほとんどの人がそうだろうけれど。

 

子さんは社内社外問わず多くの人と積極的に接点を持つようになる。誘われればたいていはそれに応じ、知らない人、外国人、男性か女性なのかわからない人とも交流する。その時一瞬しか出会わない人がたくさんいる中で、私にもふと思い出す人物がいるが、その人は自分の人生に何らかの作用を生み出したんだなと感じる。多くの人と触れ合うなかで、葉子さんがほぼ毎日一緒に過ごしたのがマグナレーダだ。週末はたいてい彼女の家に泊まりにいき、いつしか家族のように、そこにいるのが当たり前になる。ちょっとした恋愛感情すら覚えてしまうほど。

 

本人に比べてドイツ人は誰にでも気さくに話しかけ、それほど仲良くなっていなくても気軽に家に招待する。もしかしたら日本人は防御壁を張っているのではないかと思えるほどだ。しかしドイツ人は急に機嫌が悪くなったり何を考えているかわからなくなったりする。しかしそんな風に思うのも、自分が日本の中でしか生活したことがなくて、日本人をベースにしていてそれが当然のことと思っているからかもしれない。世界を知らないとは見る目を狭めてしまう。

 

籍取次の仕事だから当たり前なのだが、国内外問わず様々な書物のタイトルが飛び交う。何かにつけて文学作品を思い浮かべる彼女だが、出てくる作品のほとんどを知っていることが少し嬉しかった。多和田さんのお父様は東京・神保町で「エルベ書店」という洋書店を営んでいたらしい。惜しくも2023年にお店を閉じた(行ってみたかったなと残念である)ようだが、ドイツ関連の本の取り次ぎがきっかけで娘さんがドイツで研修生となり、そもそも彼女の人生の方向を決めたのだ。

 

和田さんの小説は6年ほど前(はてなブログを始めた頃かな)に『雪の練習生』という本を読んで、あまりピンと来なかったからしばらく遠のいていたけれど、なんのなんの、すごく良かった。丁寧に生き丁寧に書いていることで読者は背筋をピシッと正される感じだ。もしかしたら自分の本の読み方が変わったのかな。多和田さんの他の作品も少しづつ読んでみよう。

 

れからこの本は装幀デザインもすごく素敵で、挿画を担当されているのは塩田千春さん。カバーを取るとこんな感じで個性的な画がずらり。大阪・岸和田出身の彼女はベルリン在住の美術家らしい。作中で、日本語で名前を書いてみたいとドイツ人から言われカタカナで葉子さんが教える場面がある。ぎこちないカタカナで書かれたそれは確かにその人の名前だった。表紙にあるタイトル『研修生』の文字は、ドイツ人が書いた文字のように私には見えるのだ。

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これで、ブログを始めてからちょうど1,000記事めとなる。こんなに長く続けられるとは思わなかったなとしみじみ思う。




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