
『ヒカリ文集』松浦理英子
野間文芸賞を受賞した作品である。松浦理英子さんの本を読むのは2冊目だ。学生劇団NTRで仲間の元を去ってしまった賀集(かしゅう)ヒカリ。彼女は劇団内で多くの人と濃密な関係を持っていた。20年ほどの月日が経ったとき、元劇団員たちがヒカリとの思い出や想いをつづる手記がこの『ヒカリ文集』である。
これは恋愛小説になるのだろうなぁ。ファム・ファタールものとも言えるけど、劇団内に歪な関係はなく、振られた人たちも比較的穏やかであり、昔も今もこうして語り合えるという不思議な関係性。みんなヒカリのことを今でも好きだ。
ヒカリは言う。
原因は私にあるんでしょう。人としてどこか壊れている自覚はあります。
悲しそうな人とつき合って、相手が幸せそうな顔を見せるようになると「もういい」って、自分の役目は終わったって気になるんですよ。(199頁)
男女問わず愛し合ったヒカリではあるが、読んでいると女性視点のパートの方が迫真に迫るものがある。それは著者が女性だからということもあるのだろうか。中山可穂さんの『白い薔薇の淵まで』を思い出した。あんなに官能的ではないけどね。
劇団が舞台ということもあって戯曲が身近なものとなっており、実際にひとりのパートは戯曲である。私はどうも戯曲が苦手で、というよりも読むことはできるが良さを理解できなくて、シェイクスピアも三島由紀夫の戯曲もちゃんと読んではいない。ただでさえ会話が多い文章は好きでないのに…。でも良さは確実にあるのだろうし、戯曲をどうやって読むのか知りたい。
小説を読んだときに感じるものは自分の年齢によっても異なる(変わる)というのはその通りだと思うが、作者が何歳のときにその作品を書いたのかということも最近気になっている。現在60代後半の松浦さんがこの小説を書いたのは6年前(文芸誌「群像」に2019何から2021年にかけて掲載された)なので60歳前後だろう。その時点で大学生のことをこれだけ瑞々しく、今あったことのように書けるのはどうしてだろう。