
『らんたん』柚木麻子 ★
新潮社[新潮文庫] 2025.09.20読了
柚木麻子さんといえば、世界中で小説『BUTTER』が売れている。あれはおもしろかったもんな~。久しぶりだとは思っていたが、このブログを始めてから柚木麻子さんの作品を1冊も読んでいなかったのに驚いた。この作品は史実を元にした小説だが、柚木さんは物語を作るのが本当に上手だ。文章のリズムは余裕を持って息継ぎをする感じ(つまり普通の呼吸ってことで、それだけ自然な感じなのだ)。夢中になって読み、純粋に読書の喜びを感じられた。
女性教育学者河合道(かわいみち)とその教え子である渡辺ゆりが、女性がひとりの人間として生きるために、女性の生き方の筋道を立てた。キリスト系の恵泉女学園を設立させたのがこの河井道である。「恵む泉になって世を潤していく人間を育てる」学校を作るために奔走した彼女らの生き様がここには書かれている。
柚木さんはその恵泉女学園の卒業生だという。自分が学んだ学校の歴史や精神を深く知り、偉大な先駆者のことを小説にする。なんと素晴らしいことだろう。きっと河合道先生も大喜びだろう。本の最後に寄せられた柚木さんの謝辞のなかに「恩師一色義子先生」とある。え!ゆりの娘さんに習っていたんだ!と小説を読み終えたあとの感激はひとしおで込み上げてくるものがある。
一色乕児(とらじ)が渡辺ゆりにプロポーズする場面から始まる。ゆりの結婚の条件は「シスターフッドの関係にある河井道先生とこれまで通りの仲を維持し生涯を共にする。家族のように一緒に住む」ということであった。えええっ!?そんなのあり?そしてそれを理解してくれる旦那さんなんているの?と目を疑ったが、そこはさすがの乕児だ。まずは道がどんな人なのか、ゆりと道は今までどのように歩んできたのかを知ることから始まる。ここから道の物語が幼少期に遡って幕を開ける。
道が初めて日本を離れてカナダ・バンクーバーの地に着いた日、夜ホテルから外を眺めて新渡戸先生と話すシーンが印象的だった。なんだかここに大事なことがぎゅぎゅっと詰まっているようで作品を象徴する場面だ。提灯と街灯の違い、日本人女性の美点と汚点が語られ、これから待ち受ける希望と苦難と喜びを想像させる。
朝ドラに登場するような人物が続々と出てくるとは聞いていたが、加えて歴史上の重要人物もわんさか出てくる。師匠の新渡戸稲造をはじめとして、有島武郎、野口英世、太宰治、平塚らいてう、白州次郎など、もう数えきれない。これは教科書を読んでいるか、はたまた近代史のヒストリー映像を観ているような。
徳富蘆花がこんなにも嫌われ者というか女性を蔑視していたとは。「不如帰(ほととぎす)」事件で道が乗り込む場面はスカッとする。そして神近市子!葉山の日影茶屋でアナーキストの大杉栄を刺した事件。伊藤野枝に関する本を一時期むさぼるように読んだから記憶に深く残っている。
次の朝ドラに登場する小泉八雲(ラフカディア・ハーン)も登場する。道やゆりはこんなにも多くの著名人と関わっていたとは。まぁ、国や文化、教育の仕組みを変える人ならば交じり合うのは必然なのだろう。道に幻影として有島武郎がたびたび現れるのだが、道にとってはある意味かなり重要な人物であって、ひょっとすると惹かれる部分もあったのではないかしら。
ゆりがアメリカに向かう船上で、道からもらった手紙を読むシーンにはあたたかいものが込み上げ(しかも後に逆パターンの手紙もあってそこが泣きそうになる)、ゆりの娘・義子が産まれた時の道のかわいがりようを読むと、もう夫婦や家族以上に家族なんだよなと感じる。
シスターフッドとは、本当の姉妹ではないけれど魂が結びついた女性同士の関係を指す(65頁)。
シスターフッド小説と聞いて思い浮かべる作品とはちょっと違って、アメリカの「シェア」の精神を元にしている。分け合える、分かち合うことの大切さを「らんたん」の光を灯すことに捉える。そしてその灯は教育をも指すのだ。
これを朝ドラにして欲しいという声があるようだが、日曜夜の大河ドラマにしても良いんじゃないかな。すでに文庫本自体分厚くて濃ゆいから読むのにかなり時間がかかったが、この内容ならば本当はもっと頁をさいて上中下巻になってもおかしくない。