
『修道院覚書 バルタザールとブリムンダ』ジョゼ・サラマーゴ 木下眞穂/訳
河出書房新社 2025.09.07読了
なかなか懐妊の兆しを見せない王妃マリア・アナのことを憂いていたポルトガルのジョアン国王だったが、ある時アントニオ修道士から「マフラの村に修道院を建立させれば、神はお世継ぎをお与えになりましょう」と告げられる。タイトルにある「修道院」がもう出てくるのか。副題に2人の名前があるといつもヘッセの『知と愛』を思い出す。そう、ナルチスとゴルトムント。確かゴルトムントは修道院を脱出したと記憶にある。なんか久しぶりにヘッセというかドイツ文学を読みたくなったな。
バルタザールは戦争により片腕を失った男性。ブリムンダは不思議な色の瞳を持つ女性で数奇な力を秘めている。2人は運命に導かれて出会い添い遂げる。あまりにも深く、あまりにも自由に愛し合った2人の一途な愛が胸に沁みる。実は王侯貴族たちの生活は淡々とそして性生活はあまりにも淫らだから、普通の人々のほうが真摯なのだ。
2人の愛の物語もさることながら、飛行船制作をめぐるストーリーがまた作品に潤いをもたらす。ロウレンソ神父の信念を貫いた夢への熱意に興奮する。飯嶋和一著『始祖鳥記』やマギー・シプステッド著『グレート・サークル』を思い出した。
そもそもマフラ宮殿(世界遺産らしい!)と修道院は18世紀に実際に建てられたもので、バルトロメウ・ロウレンソ神父も航空技術学で実在の人物らしい。あとは音楽家のスカルラッティも。サラマーゴは、この史実にバルタザールとブリムンダという男女を中心に据えて幻想的な美しい世界を作り上げた。壮大な夢見心地に胸躍らせて楽しみながら、時おり挟まれる神の声のようなサラマーゴの語りに現実に引き戻される(これが良い意味でスパイスになる)。
サラマーゴの小説が新訳で出たと知り嬉しかった。現在刊行されて手に入る本はだいたい読んでいるけどこれは読んだことなかった。訳者は木下眞穂さん。2年ほど前に、横浜にある書店(その名もサラマーゴの小説名である『象の旅』)で開催されたイベントで彼女のトークを聴き、その後も食事会に参加させていただいたから勝手に親近感がある。とても魅力的な方だったなぁ。
ちょうどこの本を読み始めた日に、ポルトガル・リスボンのケーブルカー脱線事故のニュースが飛び込んできてびっくりした。ポルトガルの小説を読む機会すらめったにないのに、まさかのタイミングで驚いた。ニュースで流れるリスボンの美しい景色に心奪われながら、事故で亡くなった方には追悼の念を込める。