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『アメリカひじき・火垂るの墓』野坂昭如|毎年8月だけでも全ての人間が思いを馳せなくてはならない

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アメリカひじき・火垂るの墓野坂昭如

新潮社[新潮文庫] 2025.08.20読了

 

戦記念日に、金曜ロードショーで地上波では7年ぶりに『火垂るの墓』が放映されていた。スタジオジブリの名作である。映画が有名過ぎて、原作が話題になることはほとんどないが、野坂昭如さんは火垂るの墓アメリカひじき』の2作品で直木賞を受賞している。2作品で受賞したのも珍しいし、私としては直木賞ではなく芥川賞のほうがあっているように思う。原作を読むのは初めてだった。この本にはその2作を含む全6作の短編が収められている。文庫本の背表紙にも奥付にも、ちゃんと『アメリカひじき・火垂るの墓』とあるからこの本の正式名称だろうに、本のジャケットはジブリ映画の『火垂るの墓』のタイトルのみ。これで売り出そうってんだからジブリ映画の影響は相当なものなんだろう。

 

特の文体が読みにくいと言われている火垂るの墓の原作だが、リズム感とともにとても味わい深く、乾いた文体がなお一層の戦果の過酷さ、なすすべもないどうしようもなさを連想させる。これが読めないと夏目漱石なんてとても無理じゃなかろうか。「キイキ痛い」など、関西独特の古い言葉がそのまま使われており、それもこの作品たらしめている凄みだと思う。

もちろん嫌がらせをする親戚の小母さんは憎い。しかし彼女が悪いとどうして言えようか。彼女は決して心優しい人ではないかもしれないが、特別悪い人ではないと思う。だって、戦争のせいで誰もが飢えから逃れたくて必死になっているんだから。親戚の子を実の子よりないがしろにするのは普通のことだろう。清太だって盗みを働いたではないか。人間の飢えから逃れるための最後の力がなくなると、もう死に近づくしかないという摂理に改めて胸が苦しくなった。

 

アメリカひじき』という作品のことは知らなくて、「ひじき」というのが何のことか(あの海藻のひじきではないよな、という程度)わからなかった。ここでいうひじきというのは紅茶だ。戦時下にアメリカ兵が持っていた紅茶の葉っぱを見てひじきだと思って食べたというのだ。

戦禍の辛い内容ではなく、アメリカ人に対するコンプレックスや複雑な思いを吐露した中年男性の話。昔確かに日本人はアメリカ人に殺されて憎しみを抱いていたはずなのに、数十年経ってアメリカ人の知人を招いた時にどうしてだか「おもてなしをしたい」と思う気持ちになったこの不思議。日本人の「おもてなし」に精神は備わったものなのだろうか。野坂さんらしいエロティシズムが感じられるが、嫌らしさは全くなかった。

 

の4つの短編も全て戦争をテーマにした作品だ。特に『死児を育てる』はキツかった。戦時下に妹を死なせてしまったことへの贖罪の気持ちから、実の子どもを殺してしまうという話である。

 

年8月になると(もう9月に入ったが)、広島長崎の追悼イベント、終戦記念日には天皇陛下らの犠牲者追悼式典などニュースでも多く取り上げられる。だから日本にいれば必ずそれを思い出す、いや経験していない立場からすると、思う・考えることしか出来ないが、その時間だけでも全ての人間が思いを馳せなくてはならない大切な時間であると思う。




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