
『結婚の奴』能町みね子
文藝春秋[文春文庫] 2025.06.24読了
結婚の「奴」ってなんだろう?奴とつけるということは、結婚のせいでなんか嫌な目にあったのだろうか。いやいや、そういうわけではなかった。そもそも能町さんは「結婚」という共有され過ぎた言葉を、世間で使われがちな意味合いとは違うやり方で、いってみれば結婚プロジェクトを進めたのだ。
以前交通新聞社が刊行した『鉄道小説』というアンソロジー本の中に能町みね子さんの短編小説があったから、これもてっきり小説かと思っていた。この本は、ほぼ現実にあったことを多少誇張して伝えているエッセイのようなものだ。もはや語りを聴いているように心地良くするすると読める。
なんてなんて、なんとなんと、魅力的な文章を書くのだろう。のっけから引き摺り込まれる。そして文章がおもしろいだけではなくて、わかりみがものすごく強かった。こういう気持ちの人ってたぶん世の中には結構いるはず。それをこんなにも素直に同調している自分がいる。私自身はこんな風に思っていないはずなのに、もしかしたら心の奥底ではこれが欲していたことなんじゃないかって。そもそも能町さんが男性から女性への性転換者であることを知らなかった。
恋愛の面倒な過程をすっとばして誰かと共同生活をしたいという思い。よく男性からは、身体の関係になるまでのあれやこれやの細かいやり取りが面倒、なんて聞くけれど。能町さんはそういうわけではない。性行為が目的ではなく共同生活をして生活向上をしたいという。同居人ではなく、それよりも深いつながり。結婚ってなんなのか、を深く考えさせられた。
こんな関係を本当に実行したんだ、すごいな。これはお互いがもちろん好印象であるという前提があるが、加えて尊敬できる相手だった、そしてお互いの趣味嗜好考え方が一致しかつある意味で大雑把であることが重要で。いやまぁ、こんなにも自分にぴったりの相手が見つかったことが奇跡な気がする。いや、そうでもないのか?普通に恋人同士がやがて結婚するみたいに、こういうのが当たり前というか選択肢のひとつになる日が来るのかしら。
結婚生活(仮)の初日から始まり、この夫(仮)とどういう風に結婚することになったのかが書かれている。いつのまにか能町さんの過去の恋愛話、そしえ雨宮まみさんとの関係性にまで話が膨らむ。軽い口調で語られるけど、結構深い話をしている。あけすけで素直な能町さんをみていると、この人は信じられるなと思う。
能町さんの、この粋な文章がしごくまっとうに思えて突き刺さる。自然と何かが起きるなんて、運命なんてないって言い切る潔さ。
運命なんてないんだよ、自分で引き寄せた必然に偶然が混ざってこうなっただけ(43頁)