
『ニュークリア・エイジ』ティム・オブライエン 村上春樹/訳
文藝春秋[文春文庫] 2025.06.13読了
表紙のイラストに描かれた男性が何を掘っているのかって、それはもうシェルターを作るためだ。1995年のアメリカ・現代パートで、ウィリアムは妻ボビと娘メリンダから「いかれてる」「翔んでる」と言われ離婚されそうになりながらも穴を掘ることをやめない。穴のほうが「掘るのだ」と叫んでいる。
冒頭で筆者は「重要なのは実際にそこで起こった物事ではない。起こったかもしれないこと、またある場合には、起こるべきであったこと、それが重要なのだ」と述べている。最初は意味がわからなかった。結果がすべてじゃないの?と。しかし読み終えてみると腑に落ちた。
この作品では「想像力」がキーワードになっている。ウィリアムは自分が頭がおかしいのか悩む時があったが、想像力によって乗り越えた。
僕は微笑んでいた。想像力。僕は再びそのコツをつかんだのだ。(436頁)
どんなものごとにも「想像力」がなくては前に進めない。実際に起きたことを全否定するのはちょっと違うけれど、人間が何かを想像することから物事はスタートし未来は開けてくる。
東西冷戦やベトナム戦争を体験した1960年代頃のアメリカ。政治やアメリカ文化があますところなく表現されている。この時代を生き抜いた、頭の中が他の人とはちょっと違うウィリアムの生き様。ところどころおもしろいところはあるのだが、逆につまらないというかひたすら字面を追うだけのシーンもあって、なんとも不思議な作品だった。
読んでいて、村上春樹さんの作品かと勘違いしてしまうところがところどころにあった。もちろん村上さんが訳しているから、文体や言葉づかいは村上さんのものになってしまうということはあるのだろうが、ウィリアムが大学時代にサラと邂逅し、同志となり愛を育む過程なんてまさに村上文学そのまんま。オブライエンが描く女性が村上さんの物語に登場しそうなのだ。
今年の3月にティム・オブライエンさんの新作『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』が刊行された。そろそろ読まないとな~と、積み本を整理していたら、随分前からそのままになっていたこの本が見つかった。全く異なる作品だけど、せっかくだから過去に書かれた作品から読むことにしたのだ。