
『たのしい保育園』滝口悠生 ★
河出書房新社 2025.05.18読了
またしても滝口悠生さんの書くものの虜になった。久しぶりの新刊で、もちろん読むのを楽しみにしていたけど、やはり最高の読み心地で幸せ。心がぎゅうっとなる優しい物語だ。
ももちゃんが0歳児から3歳を過ぎたくらいまでの保育園に通った記録が、ももちゃんのお父さんを中心にして大人の視点で語られている。あくまでも保育園に通う園児たちが主役だから、保護者たちの名前は固有名詞ではなく「ももちゃんのお父さん」「ももちゃんのお母さん」「ふいちゃんのお父さん」みたいになる。保育園の先生は下の名前で表されている。
ひとつひとつの場面が、子どもたちの行動と声、表情がこぼれ落ちないように信じ難いほど細かく表されている。それを見ているわけでもないのに読み手は保育園でみんなと一緒にいるみたいに感じる。子育てを経験した人には懐かしさと共感が生まれると思うし、子供がいない人でも、親になるってこういうことなんだ、自分の親もこんな気持ちだったんだと感動する。おそらく滝口さん自身の体験を元にしている(滝口さんの小説はだいたい私小説に近い)。大人になったももちゃん(滝口さんのお子さん)がこの本を読んだら両親や保育園の先生、見守る方たちの愛情に涙するに違いない。こんな素敵なプレゼントは他にないだろうな。
「お母さんがよかったー」とももちゃんが泣き喚いてしまい、ももちゃんが暴れて上下逆さまになり父親と組体操の体勢みたいになっている時、近所に住む富士見さんが通りがかる。2人の姿を微笑ましく思いながら、自分には子供がいないことを感じ入る。後悔があるわけではないけれど、あるのかもしれない。「経験したことのないこと、たぶんもう経験できないこと、長く生きれば生きるほど、しなかったことは減るかと思いきや不思議と増えていくもので(12頁)」という文章を読んで、「ほんとそれ」と納得した。歳をとればとるほどそうなんよ。なんで?生きれば生きるほど人間ができ得る選択肢がたくさんあると知るからなのかなぁ。
「ロッテの高沢」と名付けられた章では、現役時代活躍した高沢選手が63歳になって初めて保育士の資格を取り、本気でやりたかったことを始めたとあった。私の知り合いにも、子供が好きで保育士の資格を既に持っている人がいて、しかし彼は保育士は中年男性では無理だ(現実問題厳しい)とずっと諦めている。でも子供が好きなのは本気なのだからいつか叶えて欲しい。
ももちゃんの父親は保育士の湯美さんに、迂遠な話し方をする。もっと簡潔に話して!と思う人もいるだろうが、湯美さんはこれが悪いわけではなくむしろ微笑ましく思っている。遠くから話せば話すほど、言葉は多く話は長くなる。もっと相手と話したいと思っているということ。現代はなんでも簡素化効率化を重視したがるから人間関係も希薄になるんだ。滝口さんの小説自体が迂遠なものである。もっと仲良く読者と話したいという気持ちがある文章。だから心地良いのかもしれない。
実はこの本を読み始めた日は、三軒茶屋の書店で滝口悠生さんと小山田浩子さんのトークイベントがあった。前日に、まだチケットが余っているとの情報を目にしていたのだが、前日は野球観戦(ナイター)で帰宅が遅くなるしイベントは午前中からだったので体力的にパスしてしまった。大大大好きなお2人のトークイベントなんてこの機会を逃したらもうないかもな~と思うが次回を期待しようっと。