
早川書房 2025.05.27読了
家族というものはそれぞれに形がある。周りからどう見られるとしても真実はその家族にしかわかり得ない。いや、本人たち(当事者)も、本人だからこそ分かり合えないものもある。母と子の関係が作品の重要なテーマであるこの小説。「母親の定義を決める要素はなにか。生物学的要素か、愛か」この問いかけに対して私たちは何を思うのか。
期待していなかったこともあってか、かなりおもしろく読めた。強く感情を揺さぶられ、頁を捲る手が止まらなくて、どこを読んでいても飽きる・だらけるということがなく変わらぬスピードで読める。重たい問題を取り扱っているのに、構成や展開が素晴らしく、こういう大事なテーマはやはり小説にすると良いんだなと感じる。寝る間も惜しんで読むとはまさにこういう本のこと。扱うテーマは違うけど本に夢中になれたという意味で『ひとりの双子』を読んだときの感覚に近い気がする。
リチャードソン家が火事になった。厳格な母親エレナが作った完璧な家庭がみるみるうちに炎に包まれる。誰かが各部屋にそっと火をともしたようなのだ。さては反抗的な末娘イジーの仕業なのか?イジーはどこに行ってしまったのか?そっと火をともしたから「密やかな」なのか?大きく燃やして崩壊するほどでもなく、密かにじわりと火をくべる。小さな火が大きくなるように、心の中にくすぶった思いもどんどん大きくなったのだろうか。どうしてリチャードソン家が炎により壊されなければならなかったのかが過去に遡って語られていく。
シェイカー・ハイツというのがなかなか興味深い住宅地である。小説の中で構想された街だと思いきや、オハイオ州に実在するらしい(著者がそこの出身)。元々はシェイカー教徒が作った高級住宅街。全てのものは完璧に管理されており秩序だらけの計画都市という印象。こんな窮屈な場所にいたら、そりゃ、イジーは飛びたしたくなるわな。
このシェイカー・ハイツのなかでも上位層で管理的立場にいるのがリチャードソン家である。弁護士の父、マスコミ関係の母エレナ、長男トリップ、長女レキシ―、次男ムーディ、次女イジーの6人家族で裕福に暮らしていた。まさに理想の家庭(に見える)。ある日リチャードソン家が所有する賃貸家屋に、ミアとパール母娘が住むことになった。芸術家であるミアは各地を旅するように転々とし自由に生きる。まるで正反対の2つの家族が交わったらどうなるのか。
リチャードソン夫人(母エレナ)のことを、最初は憎らしいとかこんな母親にはなりたくないと思っていた。けど、明かされる真実や彼女の思いを目にすると嫌いになれない自分もいる。仕方なしにこうなってしまったのよ、彼女も知らないうちに。
イジーは母親に反抗し、母親は娘を押さえ込もうとし、やがてなぜ二人がそのような関係性になったのかだれにも思い出せなくなった。気付いたときには、それがリチャードソン家の日常になっていた。(126頁)
エレナの親友リンダの養子縁組騒動をきっかけにして、エレナはミアとパール母娘のことを調べるようになる。ミアには壮絶な過去があった。いやもう、苦しい。どの人物にも共感できるところがあるから一概に悪者とは言えない。それにしてもこのストーリーテリングはさすが。ぐいぐい来て最後は解き放たれる。その後どうなったのかが気になる終わり方だから消化不足のところもあるけど、その余韻もまた楽しめる。
著者セレステ・イングさんは中国系アメリカ人女性。彼女の第2作目の小説が本作である。1作目の『秘密にしていたこと』も邦訳されているので読みたいと思う。訳者の井上里さんはたまに目にするが彼女の訳した小説で既読は2冊あった。なかなかおもしろい作品に携わっている印象。訳が良いから多くの人に読まれるという理由もあるのだろう。