
『春のこわいもの』川上未映子
新潮社[新潮文庫] 2025.04.09読了
去年の春先に、村上春樹さんと川上未映子さんの朗読イベントに行った。敬愛するお2人に生で会えて感動したなぁ。その時川上さんが朗読してくださったのが、この短編集の最初にある『青かける青』だ。今でも川上さんの声と語りが耳にこだまして、あの時の静謐な空気感がまざまざと蘇る。今回は文章を目で追って読んだけれど(厳密には再読とは呼ばないのかな?)、耳で聴いたよりもぞくぞくとした怖さがあった。
圧倒的なインフルエンサーであるモエシャンの面接を受けに行き、側近チャンリイにこき下ろされる『あなたの鼻がもう少し高ければ』では、ルッキズムと整形にまつわる自分と他人の受け止め方を考えさせられた。 「芋ブス」なんて言われたらどんなに耐性あっても傷つくよな…って思う。ただの「ブス」よりも「芋」がつくだけでもっとブス増しになる。田舎丸出しみたいな。
各々の短編は別個の作品なのだけれど、繋がりがあるようにも思う。『ブルー・インク』はもしかしたら『青かける青』のスピンオフ的なものじゃないかしら。青つながりだし、なんとなくデザイン科の「彼女」が、病院の女性に似ている気がするのだ。「僕」が無くしてしまった手紙というのは、もしかすると『青かける青』そのものだったのでは?どうだろう?だってそもそもあれは書簡の形を取って書かれていたし。文庫だけど解説もついていないからわからない。解説がないのはサリンジャーや村上春樹さん的だ。
タイトルの『春のこわいもの』という作品があるわけではない。コロナ禍の日常にひそむ実態のない怖さが潜む。『娘について』では親友だった見砂(みさご)やその母が不気味なのもあるけれど、なお一層怖いのは語り手の「わたし」だと感じてぞくぞくしっぱなしだった。
いっときコロナ禍を扱う小説が書店に溢れていて「またかよ」って飽きていた時期がある。コロナが悪いわけでも作者が悪いわけでもなんでもないのに、読書界隈でもコロナの文字が踊るように現れていて、見ていて息がつまりそうだったことを覚えている。しかしその頃のことが今では嘘のように忘れ去られつつあり、意外ともう昔のこと、みたいになっているのがこわい。得体の知れない、振り払いたくても振り払えないいや~なものがこの本にはある。春って希望に満ちた明るいイメージだけど、そこに怖さもあるんやね。